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The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『未完のファシズム』片山杜秀 その1 ――日本軍の精神主義の起源

 

 本書の特徴は、日本軍(主に陸軍)が精神主義に傾倒し暴走した原因を第1次世界大戦によるものと分析した点にある。従来の、日露戦争で驕りが生じ、昭和恐慌期に過激化したという定説に異議を唱える。

 近代史、軍事史にそこまで詳しくないわたしのような読者も理解できるよう、柔らかい調子で書かれている。

 

 日本軍の現実離れした精神主義については、その程度や経緯について一ノ瀬俊也など他の研究者もテーマにしている。

 色々な研究やデータを確認するのがいいのではないかと考える。

 

 ◆所見

 当初、総力戦・物量戦を正しく認識していた陸軍が、なぜ神がかった精神主義に走ったかを、主に軍人や思想家の著作から検証する。

 重要なのは、精神主義の提唱者のほとんどが、第一次大戦や総力戦の知見を有するものだったということである。

 本書によれば、かれらは日本が「弱敵相手の限定的な戦争」しか戦えないことを認識していた。しかし、軍人としての立場がそうした弱腰を表明することを許さなかった。

 結果として、アメリカなどの強国に対しても、精神主義を強調することになってしまったという。

 

 本書では言及されていないが、ここにはもうひとつ日本の失敗がある。それは敵情報を正しく知ることができなかったことである。

・中国もまた、短期戦で勝てる弱敵ではなく、持久戦に持ち込まれた。

満州国設立は日本の生産力を高めるのでなく、中ソとの対立を深め、逆に国の地位を危険にさらした。

 

 ファシズム体制とされていた日本が、逆に国家統合ができず分裂していたという指摘は納得できる。陸海軍・内閣・宮中相互の対立は、日本に独裁者がおらず、全体主義が達成されていなかったことを示す。

 ヒトラー政権もまた組織対立が深刻で中世的と分析されているが、国家を破滅に導く政治体制は様々である。

 

 

  ***

 1 WW1

 日本は第1次世界大戦を対岸の火事としてしか認識しなかった。さらに、軍需景気により成金気分に陥り、必要な教訓を収集しなかった。

 徳富蘇峰によれば、日本が学び損ねたのは、国家総動員主義、総力戦体制である。英米自由主義も、ドイツ流国家主義も、いずれも総力戦体制の一種に過ぎない。

 ここで徳富が掲げているデモクラシーは、一君万民型の、全体主義に近い概念である。

 

 

 2 青島戦役

 1914年開戦とともに日英同盟に基づき日本はドイツ根拠地である山東半島・青島を攻撃した。担当したのは独立第十八師団(約3万人)である。

 青島要塞は1週間で陥落したが、そこで神尾陸軍中将が行った作戦は近代戦のものだった。

 

 ――歩兵突撃の時代は既に終わった、今後はひたすら火力の時代で、どれだけ砲弾を撃ち込めるか、大砲の数と性能と砲弾の補給量が勝負を決めるという、時流の先を行く認識が、日本陸軍にはきちんとあったのです。

 

 青島では新式の兵器……擲弾銃、榴弾砲カノン砲、航空機などが使われた。

 日本陸軍日露戦争で白兵突撃を敢行したが、それは物量や生産力が不足していたからで、本来兵器や砲弾があればそれを使おうとしていたのである。

 よって、青島の戦いが示すように、陸軍は初めから精神主義偏重だったわけではない。

 

 

 3 参謀本部の観察

 物量戦の時代を参謀本部は認識しており、戦後の宇垣軍縮も、歩兵を減らし兵器を近代化するものだった。
 フランスは第1次世界大戦当初、「超肉弾主義」に毒されており、塹壕も掘らずにひたすら行進することをよしとしていた。

 参謀本部は大戦直後に次のような冷静な観察報告を出している。

 

・大戦当初、英仏は非合理的な白兵突撃主義を採用していた。

日露戦争の白兵突撃は特殊事例に過ぎず、基本は火力と生産力、物量である。

・今後の戦争は歩兵突撃ではなく、科学力、生産力で決まるだろう。

 

 

 4 タンネンベルク信仰

 ところが、生産力・物量戦に対する認識が広まると同時に、タンネンベルク信仰――少数兵力の精神力をもって大軍を包囲殲滅する――が陸軍の中に広まっていく。

 タンネンベルクの戦いとは、ヒンデンブルク率いるドイツ軍が多勢のロシア帝国軍を破った戦いである。


 ――歴史の趨勢が物量戦であることは明々白々。しかし日本の生産力が仮想敵国の諸列強になかなか追いつきそうにない。このギャップから生じる軋みこそ、第1次世界大戦終結直後から日本陸軍を繰り返し悩ませてきたアポリアであり、現実主義をいつのまにか精神主義に反転させてしまう契機ともなったのです。

 

 陸軍は物量戦の現実に対応できないため精神主義に頼るしかなかった。

 

 [つづく]

 

 

参考:

 

the-cosmological-fort.hatenablog.com

 

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