うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『北欧神話』コラム ――単なるメモ

 北欧神話を子供にもわかりやすくまとめたもの。

 オーディン、ローキ、トール、フレイといった有名な神だけでなく、小人、巨人等様々な種族が登場する。

 

 ――神さまたちが、計略をつかって城壁をつくってもらったこと、約束をやぶったこと、アースガルドで正しくないことがおこなわれたことを、オージンは悲しく思っていたのでした。

 

 巨人は神々と対立する種族だが、完全に悪人というわけではない。ローキは神と巨人の合いの子であり、いたずらをくりかえすが最後には神を怒らせて殺される。

 神も、相手をだましたり、宝に目がくらんだりと世俗的である。小人にも残虐な者がいる。

 神々はいたずらや、攻撃されたことをよく覚えており、仕返しの機会をうかがっている。

 神々のたそがれにおいて、神と巨人、魔物とがお互いに殺し合い、生き残ったものたちが新しい世界をつくっていく。

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 ヨツンヘイム……巨人の住む国

 ニブルヘイム……世界の最下層にある氷の国

 ムスペルヘイム……灼熱の国

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 ローキと魔女アンゲルボダとの子供……フェンリルヨルムンガンド、ヘラ。

 

 ――3ばんめは、生きているすべてのものの命をうばうのを願いごとにしていて、それもある姿をしてやってきたのですが、アースガルドの神々は、その姿をみて、ぞっとするほど恐ろしくなりました。というのは、それは女のすがたをしていたのですが、半身は生きた女の姿で、あとの半身は死骸だったからです。

 

 

『犯罪と刑罰』ベッカリーア ――現代の刑法思想につながる1764年の本

 本書は、「公共の福祉を保護する責任をおった人びとに、刑法体系の欠陥を指摘」するものである。

 著者は啓示(神)や自然法(道徳)について言及せず、あくまで社会契約、つまり政治的(社会的)正義について論評する。

 この説明は、出版当時(1764年)、教会や王権から強烈な非難にさらされたために加えられた。

 

 

 ◆所見

 刑罰は原則として、自然人としての人間に属するものであり、社会契約を侵害する犯罪に限って科されるべきである。

 宗教と刑罰との分離、拷問や死刑の廃止、罪刑法定主義、「国家すなわち家族」観(パターナリズム)の否定など、今読んでも説得力のある主張が多い。

 一方、市民の完全な武装解除は、犯罪者を助長させるだけとして否定する。

 

 

  ***

 1 序論

 社会は不平等や、一部の者による搾取で成り立っているが、刑罰もまた誤った慣習がそのまま残されてきた分野である。

 

 ……とどまるところを知らない権力の濫用をおさえ、権力者たちが自己の権利のように思って犯してきたあのあまりにもひんぱんな凶悪な暴力行為をやめさせようとする者はあまりにもすくない。

 

 

 2 刑罰の起源と刑罰権の基礎

 刑罰は、公共の福祉、つまり、各人が差し出した自由の供託を保護するためにある。その必要限度を超える刑罰は不正である。

 

 

 3 結論

・主権者すなわち立法者の定めた法律だけが刑罰を規定できる(罪刑法定主義)。

・法律は全成員に適用され、その判断は司法官がおこなう(三権分立)。

・残虐な刑罰は、それが不必要であるから不正である。

 

 

 4 法律解釈

 法律を解釈する権限は、刑事裁判官ではなく、主権者にある。

 裁判官が法を恣意的に解釈運用することは許されない。

 この章は、当時のフランスで裁判官が不正を多く働いていた事実を反映している。

 

 文字通り施行される刑法があれば、国民は自分の不法行為からくるまずい結果を正確に知り、それを避けることができる。これは国民を犯罪から遠ざけるために有用なことである。

 

 また、このことから国民が自由と独立の精神をかちとることもたしかだ。かれらはもう支配者の気まぐれのまみまにただ盲目的に服従する弱さを徳と呼ぶような連中のドレイではない。

 

 

 5 法律のあいまいさ

 わかりやすい語で書かれた、あいまいさのない成文法が不可欠であり、さらに印刷等で国民に広く普及させるべきである。

 

 

 6 未決拘留

 拘留は法律に則って行われるべきであり、正当な理由なく未決拘留するべきでない。また、被告と服役囚を同じように扱うことは、まだ罪の確定していない被告の尊厳を傷つける行為である。

 

 

 7 証拠と裁判形式

・確実な証拠に基づくこと

陪審員は一般市民、同じ階級の者(階級的差別・憎悪を懸念して)

・裁判は公開であるべき

 

 

 8 証人

 刑を受けた者や女性であっても、証人となる資格がある。

 疑わしきは被告人の利益に従う。

 

 

 9 密告

 密告は国民のあいだに猜疑心を呼び起こし、不誠実にする。

 ここでの密告は、無実の罪を言い立てて相手を陥れることを示すようだ。

 

 

 10 誘導尋問

 拷問は最悪な形態の誘導尋問である。

 

 

 11 宣誓

 宣誓は実際的な効果がない。

 

 あらゆる時代の歴史はわれわれに教えている。このとうとい天のたまものほど濫用されているものはないことを。

 

 

 12 拷問

 拷問は野蛮な行為である。当時の拷問は、自白や共犯者発見、余罪引き出しといった目的のほか、「なんといったらいいか、わけのわからない形而上学的、宗教的な理由によって、「汚辱をきよめるため」」という目的も有していた。

 拷問は刑の確定していない者に苦痛を与える一種の刑罰である。

 拷問の無意味さは、神明裁判とそう変わらない。

 

 拷問の責め苦にあっている被告に、自白しない自由がないことは、その昔の被告が、炎や煮え湯の痕跡を詐欺的手段によらず避けることができなかったのと同じである。

 

 拷問は、だから、しばしば、弱い無実の者にとっては断罪の確実な手段であり、頑丈な悪党にとっては無罪放免の手段である。

 

 共犯者を自白させるために拷問することは、真実の発見にはつながらない。

 

 たしかなことは、みずからを(虚偽)告発する人間は、いっそうたやすく他人を(虚偽)告発するにちがいないということだ。

 

 さいごに、軍隊の法律は拷問を認めていない。軍隊というものは、ほとんどの部分が国民のくずで編成されているのだから、もし拷問が認められてよいものなら、こういうところでこそ認められてよさそうだが。……人殺しに慣れ、血に親しんでいるこれらの人びとが、平和な国家の立法者に、より人道的に人を裁くという手本を示すとは!

 

 

 13 訴訟期間および時効

 罪の程度に応じて訴訟期間と時効は調節されるべきである。

 

 

 14 未遂・共犯・共犯密告者に対する刑罰免除について

 司法取引には効果がある。

 ベッカリーアは、たとえ犯罪者であろうと司法であろうと、相手を裏切ることを嫌う。

 共犯者を挙げれば罪を減じようと提案した後で厳罰を科すことは、国として許されない卑怯な行為である。

 

 

 15 刑罰の緩和

 刑罰が残虐であればあるだけ、犯罪者は刑罰を逃れようと新しい犯罪をおかす。

 残酷な刑罰は、犯罪予防という刑罰の目的に対し有害である。

 第1に、どれだけ刑を残酷にしても、犯罪の凶暴化を防ぐことはできない。

 第2に、極端に残虐な刑罰は専制者の残虐行為としかみなされず、安定した制度として維持されない。

 

 

 16 死刑

 死刑の正当性を問う。

 法律は、各個人の意思の総体である。しかし、死刑はいかなる権利にも基づかないものである。

 一般予防の観点からは、死刑より終身刑のほうが持続的な効果がある。

 

 

 17 追放刑と財産没収刑

 追放刑は認めるが、同時に財産没収することは、その者を必ず犯罪に向かわせる結果となる。

 

 

 18 汚辱刑

 

 

 19 科刑はなるべく迅速に、公開の上で

 拘留それ自体が苦痛であるため、判決までに長期間かけることは被告に対する権利の侵害である。

 

 

 20 刑罰の確実さ、恩赦

 刑罰は確実であるべきである。刑罰から逃げられる希望があれば、抑止効果はなくなる。

 対して、恩赦は不要である。

 刑罰が不必要に残酷だから、君主の寛大さや恩赦が美徳とされてしまうのである。

 

 ……法律は情に左右されない厳正なものでなくてはならず、法律の執行者は曲げられない厳格な態度をもたなければならない。これに反し、立法者は寛大で人道的でなければならない。

 

 

 21 庇護権

 領主や教会の庇護権は、社会における法律の力を逸脱したものであるから廃止すべきである。

 国同士の犯罪者の引き渡しについては、いずれより人道的な刑法が普及したときに考えられるかもしれないとする。

 

 

 22 賞金首

 賞金首は、政府と国の弱さ、力不足の現れである。国民は犯罪者を狩るために武器をとり、裏切りや不信がはびこる。

 国民は犯罪者の首を求めて他国の領土に踏み入り、これが領土の侵犯となる。

 

 

 23 刑罰と犯罪のつり合い

 犯罪と刑罰は釣り合っていなければならない。

 

 

 24 犯罪の尺度

 犯罪の重さを図る尺度は、意思ではなく結果であるべきである。また身分を反映すべきでない。神に対する罪は、魂の悪の問題であるから、人間がこれを罰するというのは誤りである。

 

 

 25 犯罪の区分

 

 およそ市民各自は法律に違反しないことならどんなことでもしてよいのであって、かれが気遣わねばならないことは、その行為じたいから結果するかもしれない何らかの不都合以外にない。……私は徳といったが、これはあらゆる強迫観念に屈しない男らしい徳である。人びとはこの徳によって、あのなんにでもすぐ迎合する人びとの徳――つまり、先の知れない不安定な生存に甘んじることのできる気弱な引っ込み思案、を軽蔑することができるようになるのだ。

 

 

 26 大逆罪

 訳注より……アンシャン・レジームにおいては、不敬罪も大逆罪と混同され、極刑が適用されていた。24章で述べたように、著者は宗教的な罪を刑罰の体系から外すべきと考えている。

 

 

 27 私人の安全を侵す罪

 たとえ身分制があり貴族と平民があろうとも、法の前では平等であるべきである。刑罰はそれが社会に与えた影響によって量定されるべきである。

 

 

 28 名誉棄損

 名誉という観念はあいまいだが、世論が大きな力を持つ社会では重要視される。しかし、政治的自由の達成された社会では、名誉観念は解消され、法律は市民を適切に保護する。

 

 

 29 決闘

 決闘を防止するには、剣を抜いたほうを罰することである。

 

 

 30 ぬすみ

 ぬすみの大半は極貧者がおこなう。ぬすみの犯人に財産刑を科せば、その家族は窮してさらにぬすみを増やす結果になるだろう。ぬすみに適した刑罰は懲役である。

 窃盗と、暴力行為を伴う強盗はまったく別種の犯罪として扱うべきである。

 

 

 31 密輸入

 密輸入は市民からは汚辱ととらえられにくい。

 

 すべて感覚をもつ存在は、その認識できる害悪に対してしか関心を持たない……。

 

 密輸入業者に対しては、国庫に貢献させるための労役が必要である。

 

 

 32 破産者

・債権者を守る必要がある。

・詐欺的破産者と善意の破産者を分けること。

 

 人の心の中では、侵害される恐怖のほうが、侵害する意欲よりつねに優勢である。だから人びとは、その第一印象のままにきびしい法律を好む。じつはその法律の支配を受けるのは彼ら自身なのだから、おだやかな法律のほうがかれらにとって有利なのに……。

 

 

 33 公安

 公安業務……治安維持や危険思想の取り締まりが、専制主義にっとて都合のいい道具になりえる。

 

 ほんとうの専制主義はまず世論を支配することからはじめ、世論を動かせるようになると、専制主義のもっともおそれている勇気のある魂を弾圧することにかかる。

 

 

 34 社会的無為

 ここでの無為者は貧しいニートではなく、慈善活動や社会改良運動などを全く行わない資産家を指している。

 

 

 35 自殺、国外逃亡

 アンシャン・レジームでは、自殺は重罪であり、屍体に対し刑罰が加えられた。また、国外逃亡は、「軍事上産業上の人的資源が、国王の許可なくして国外に移住する行為」とされ、不敬罪(極刑)を科せられた。著者はこの双方に反対する。

 

 人は生まれ落ちたときからの印象によっておのずからその祖国に執着するものなのだ。それなのに、その人びとを国内にひきとめるために、恐怖させるという手段しかもたない政府を人はなんと考えるだろう?

 

 とはいえっても真の幸福の基礎は安全と自由なのであって、この2つのないところでのぜいたくの快楽は、民衆のごきげんとりとしての専制のどうぐでしかない。

 

 

 36 証明困難な犯罪

 姦通、男色、嬰児殺等。

 

 

 37 特殊な犯罪

 異端の迫害を否定する。

 

 一国の国民の宗教上の見解を完全に統一するためには、人びとの精神に弾圧を加えて、権力の圧迫の前に屈せずにはいられないようにしなければならないが、このような暴挙は、われわれ兄弟に対する愛と寛容をすすめるあのわれわれのもっとも尊んでいる理性と権威(訳注:聖書のこと)に反し、また権力というものは人間のたましいをいつわりと卑劣におとしいれる以外のなにものでもないことをあきらかにするだろう。

 

 

 38 有効性についての誤解

 武器所持禁止の規則は、平和な市民を無力にし、犯罪者を武装させるだけに過ぎない。

 

 

 39 家族の精神について

 本書では、家族の精神とは、家長への隷従と、縁故主義である。

 家族という身近な共同体からの類推に基づいて国家を形成した場合、国家は巨大な家族となり、家長が独裁をとる奴隷たちの国となる。一方、自由人からなる国では平等と自由が重視される。

 

 ……すべての人間が市民である共和国においては、家族内の従属関係は権力の結果ではなく、契約の結果である。

 

 家族の精神は服従と恐怖であり、公共的なモラルは勇気と自由の精神である。家内的モラルとは幸福な生活を少数の人間にだけ分け与え、公共のモラルは幸福をあらゆる階級に分配しようとする。

 

 こうして、ざんにんな専制主義のもとでは身近な者同士の友愛のきずなはよりかたいものとなる。

 

 

 40 国庫の精神

 

 

 41 犯罪予防

・明瞭な法律

法の下の平等

・司法・裁判所の独立

 

 

 42 結論

 

 刑罰が国民の一人に対する暴力行為にならないためには、それは本質的に公然、迅速、かつ必要なものでなければならず、与えられた一定の事情のもとで適用することができる刑罰のうちでもっとも軽くなければならず、また犯罪に比例した、法律によってはっきり規定されているものでなければならない。

 

 

 おわり

 

 

大村はまの本と教師

 

 

 有名な国語教師だった大村はまの本を読んだ。

 教育という仕事の厳しさ、過酷さを説く一方、もはや現代では環境や労働法の上から実践が難しいのではという提言も多々ある。

 

 

 子供を教育するというのは非常におそろしい・難しい仕事だと自分は感じる。

 わたしが教育に関わったといえば、昔、家庭教師として中学生に勉強を教えたのと、自〇隊の教育隊区隊長として新隊員を教育した(しばいた)ことくらいである。

 しかし、子供や、未成年の人格形成や脳に大きな影響を行使するというのは大変な責任を持つ仕事である。

 

 一方で、ホーフスタッターの本を読むと、教師というものは時代と地域によってはならず者に近い職業だったらしい。

 

一方、アメリカでは教師とは低賃金の代名詞だった。

 ――たとえばミシガン市は教員に、ゴミ収集員より安い年間四〇〇ドルしか払っていないという記事。

 教師は収入を補うために休暇中にバイトをやっていた。生徒は彼らに同情し、教師にはなるまいと考える。

 「教師の存在は、図らずも知的生活がまったく魅力のないものであるかのような印象をあたえる結果になっている」。

 一七七六年のベルファストとコークから来た船の広告……「学校の先生、牛肉、豚肉、じゃがいもなどの各種アイルランド製日用品」。教師がお尋ね者になり、不具者が採用された。

 「不適格者のほうがずっと目立っていたため、教職に対する悪しきイメージが定着してしまった」。

 「刑務所に入らない程度の道徳心をもった若者なら、楽々と教師の資格を得ることができる」。

 「地域社会は教育とはならず者をひきつける商売であるという結論をくだしがち」だった。

the-cosmological-fort.hatenablog.com

 

 

 

『弾左衛門と江戸の被差別民』浦本誉至史 ――被差別民統治の歴史

 

 本書は近世江戸の被差別民社会を考察する。

ja.wikipedia.org

 

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 1 弾左衛門のはじまり

 長吏は関西では「かわた」と呼ばれる皮革業等に従事した被差別民である。かれらは当時の差別語である「えた」と呼ばれることを嫌った。

 後北条氏の滅亡とともに江戸にやってきた徳川幕府は、武器製造の要である長吏を統治するために、新たな支配者として弾左衛門を置いた。

 弾左衛門は正式には穢多頭弾左衛門といい、江戸町奉行の支配をうけた。各被差別民を支配し、刑場業務、歌舞伎などの興行(江戸中期まで)、市中警備、金融業で強い力を持った。

 また筬(機織り機の部品)、灯心、皮革製品の専売で利益を得た。

 弾左衛門後北条氏時代に長吏をたばねていた太郎左衛門に代わって幕府から地位を得たが、支配体制を確立させたのは1725年頃、六代目集村(たねむら)の頃である。

 

 

 2 弾左衛門体制の確立にむけて

 弾左衛門は自らの権益拡大のために度々訴訟争いをおこなった。

 享保非人出入とは、享保の時代に、非人勢力との間で行われた勢力争いをさす。

 浅草非人頭車善七は、非人の増大に伴って弾左衛門からの独立を目指し訴訟した。六代集村は車善七との主導権争いに勝利し、逆に非人を自身の勢力下におさめるとともに、車善七の死後、非人頭7人を逮捕させ、3人を処刑させた。

 その後、弾左衛門による被差別民支配の正統性を確立するため、『弾左衛門由緒書』を作成し、幕府に提出した。

 歌舞伎については、逆に訴訟に敗れ権益を手放すことになった。

 非人を勢力に従えた後も、増大する野非人の問題は残った。野非人は飢饉や失業で江戸にやってきたものが主であり、数を減らすのは困難だった。

 

 

 3 被差別民の町、浅草新町

 浅草新町は幕府によって定められた非人の町であり、町民からは穢多村といわれた。

 長吏、猿飼は新町に住まなければならなかったが、非人は江戸一円に散在していた。

 

 長吏の仕事……――刑吏、町の警備、斃牛馬の処理、革製品や履物、灯心の製造販売、被差別民自治機関職員

 

 雪駄をはじめとする革製品は江戸でとくに愛好された。また長吏は斃牛馬解体や刑場業務から、医学知識も備えており、杉田玄白らの『解体新書』制作に寄与した。

 猿飼……猿回し、猿舞は馬の守り神としての猿による健康祈願として、武士にとっては不可欠の要素だった。

 

 

 4 江戸の非人たち

 非人の分類……抱非人と野非人(無宿)

 非人頭(浅草、深川、品川、代々木)―小屋頭―抱非人という組織系統。

 

 非人は清掃、溜(病院刑務所、病院施設)の管理、刑吏の補佐等に従事したが、最大の仕事は物乞いだった。物乞いは乞胸にも認められていた。

 無宿者や犯罪を犯したものは非人にされて非人頭の指揮下に入ることが多かった。

 抱非人が逃げ出すことを「欠落」かけおちといった。

 

 ……「何らかの世話が必要だが、それをする者がいない」人が、抱非人に編入されている。

 

 社会保障のない江戸時代には、野非人が増大し、百万都市江戸において1万人が野非人という時期もあった。非人という身分制度が、こうした行き場のない貧民を管理する役割を担っていた。

 松平定信の非人政策については、現実を無視しイデオロギーを重視したものとして、著者は否定的である。

 

 

 5 大道芸を生業とした乞胸と願人

 乞胸(ごうむね)は、身分が町人であり職業が被差別であるというユニークな存在、近世的被差別民である。

 願人(がんにん)は鞍馬寺に属する僧侶でありながら、乞胸と同じく大道芸を生業とする住民だった。

 松平定信水野忠邦は、儒教的世界観に基づき身分の固定化を命題としたが、実際には身分は流動的であった。

 

 

 6 弾左衛門体制

 弾左衛門体制は集村の時代に最盛期を迎えたが、その後は幕府の不安定化に影響を受けた。

 幕府は弾左衛門に権力が集中しないよう、その権限を抑制しようと試みた。

 経済状況が悪化するにつれて、弾左衛門の独占体制に不満を持つ農民や町民が現れた。

 また、「鼻緒騒動」では農民と非人との対立が起こったが、幕府は農民に有利な裁定を下した。

 弾左衛門自身の権勢が弱まり、弾左衛門役所の機構は強化されていった。

 

 

 7 自主的開放を求めて

 明治維新の際は、最後の弾左衛門集保が、身分解放を求めて旧幕府に加勢した。新政府が勝利すると、今度はかれらに対し身分の解放と、既得権益の保持を訴えた。

 貧民の溢れていた江戸を統治するために、当初、明治政府は弾左衛門の支配体制を認めざるを得なかった。

 しかし新政府は、弾左衛門体制や被差別民は近代国家にそぐわないとして、1871年、解放令を発し、同時に弾左衛門の特権をすべてはく奪した。

 13代弾左衛門である弾直樹は皮革製造業に乗り出すが失敗した。

 

 弾左衛門を中心とした近世被差別民の自治社会は、これから目指す近代国家日本には、存続を許されないものだったのだ。やがて国家は、……歴史の主役の1人であった被差別民を、あたかも「周辺の民」へと押しやり始める。