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『中国共産党 支配者たちの秘密の世界』マクレガー ――中国の政治システムについて入門

 

 

フィナンシャル・タイムズの記者が中国共産党を分析する。本書は中国政府に対する楽観的な見方に疑問を呈している。

2010年に出版されたが今でもためにはなると思われる。

一時期、中国関連の本を色々と読んだがそれらも2000年代かそれ以前のものであり気が付けば時間がたったことに気が付いた。

 

 

中国は社会主義市場経済により発展したが、ロバート・サービスの評価基準を適用すれば、依然として強力な共産主義体制であることがわかる。

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すなわち、国家運営は共産党によって掌握されており、軍と公安があらゆる反体制的活動の芽をつむシステムである。共産党はこのような本質を努めて隠蔽し、資本主義国であるかのように装っている。

2000年代に入り、中国市場の潜在的な力が明らかになり、経済危機で西側諸国が苦境に陥ると、中国の態度は豹変した。

 

 

1 党と国家

中国を支配する9人の政治局常務委員は、皆エンジニア出身で、本業の傍ら党員政治家として出世してきた。出自は、貧乏出身だったり特権階級出身だったり様々である。

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常務委員や総書記選出のプロセスは不透明であり、個人個人が交渉や闘争を行う。

毛沢東鄧小平江沢民といった、パーソナリティや武勇伝をオープンにする指導者と異なり、胡錦涛は極力自分の個人情報を表に出さず、過去も公開させなかった。

これは、中国共産党が変容し、かつてのような独裁タイプが生き残れないようになっているからである。胡錦涛は、政治的な後ろ盾がないため慎重に出世競争を生き延びてきた。

 

中国共産党におけるエリートは、党の要職や党機関紙編集長、国有企業の社長など300名であり、かれらが国政を支配している。少数のエリートが支配するというレーニン主義の基本がいまも貫かれている。

政治局常務委員の任務は、通常の内閣とは異なる。かれらの任務は、党の支配強化と、中国の威信の強化である。

党は、あらゆる行政機関・軍を支配し、行政機関への人事権を握っている。

胡錦涛は、共産党総書記であると同時に、ランクの低い国家主席(行政職)を兼務している。

 

行政機関の役人たちは、党の内部組織の指示に従って政策を実行している。

かつてソ連研究(クレムリノロジー)が盛んで、ソ連社会がよく研究されていたのに対し、中国への関心は文化歴史・言語が主だった。中国の政治システムに関する研究は立ち遅れている。

近年の中国共産党は、自由主義的・民主主義的な用語を取り入れるようになり、経済発展の影に隠れるよう努めてきた。

 

党は法体系の外にあり、また法制度の隅々まで入り込んでいる。

法曹は、党、政府、国民、法律の順に忠誠を誓う。中国の裁判官トップ、最高人民法院院長は、安徽省の公安庁長官である。ところが、この最高人民法院院長よりも上の立場の人間がいる。かれは中央政治局常務委員の一人であり、党の中央政法委員会書記である。かれは政府の肩書を持たないが、中国の警察・法律・司法を管理監督している。

なぜこのような専制的な党が、経済発展と支配を達成できたのか?

 

それを可能にしたのは、この30年間共産党を率いたトップたちの才能といえる。かれらは古い共産主義のスタイルである独裁的な政権と政治制度を維持しながら、精神的支柱であったはずのイデオロギーという拘束衣を脱ぎ去ったのだ。同じ時期、党が一般国民の日常生活への干渉から手を引いたことも、中国社会に解放感を与えた。

 

党員は農民や労働者から富裕層や経済エリートに移行していき、共産党員であることは優秀な学生・ビジネスマンの証であると考えられるようになった。

党は、独裁や暴力的な弾圧はもはや通用しないと考えており、より巧妙に反体制派を抑圧するようになった。

イデオロギーを捨てた党は、正統性付与のために孔子や過去の皇帝といった文化的遺産を利用する。

党の現在の地位は、経済的な成功によるところが大きい。

 

 

2 党とビジネス

1989年の天安門事件による国際的な孤立の後、中国は岐路に立たされていた。陳元を代表とする新保守派は、共産党のコントロール化で市場経済を促進しようとする政策を打ち立てた。

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天安門事件後、鄧小平は政治部門を強化し、政治的な反体制派が生じないような監視統制システムを確立した。

 

経済に関しては規制を緩め、政治に関しては厳しく管理

 

朱鎔基は、国有企業のうち主要なものは国家で管理し、小規模なもの、効率の悪い者は海外に株式を売り出し、民間経営に任せ合理化を追求した。

この時はすでに金融業界や法規制の地方分権が進んでおり、中央政府がすぐに統制できる状態ではなかった。

90年代初頭の国有会社株式上場の際問題になったのは、党が影から企業活動を統制していることだった。しかし、やがて経営者と党との均衡に変化が生じた。いくつかの国有エネルギー会社(チャイナルコやシノペック等)は、国益や外交よりも、会社の利益を優先し、党が経営問題に極力関わらないことを望んだ。

 

シノペックは巨大国有企業でありながら党や政府からの評判が悪かった。この会社は、国内で石油を売ると安値で損をするため、意図的に工場を操業停止し、中国南部を石油不足に陥らせ、価格を釣り上げた。

 

 

3 党と人事

共産党織部は、党や政府の重要ポストの任命権を持っている。また党組織は極力人目に触れないように運営されている。

要職をめぐる舞台裏での抗争――コネ、高位高官による後ろ盾等――が中国政治の本質である。腐敗も多く、地方では党書記や組織部長が政府の役職を売って利益を稼いでいる。  

また、国有企業では、縁故主義ではなく能力主義を実現するため、若手をまず地方や問題を抱えた地域に送り、そこでの活動や学んだことを確認する。党の組織部は国有企業のトップに対する人事権を持っているが、地方の行政レベルに対する統制は困難が伴う。

地方政府は、許認可権を通じて地方企業を牛耳っており、中央政府の目も届かない。また、地方の党組織部は、官職を売買することで汚職を蔓延させている。その極端な例が黒竜江省である。

賄賂を受け取らない役職者は信用されず、部下たちは、賄賂を受け取ってくれる別の人間のために働くようになる。

 

腐敗なくして成功無しという考えは中国では普遍的なものである。

 

党と地方政府に汚職が蔓延する一方、国有企業にも問題が生じている。党での出世は賄賂やコネで決まるため、出世が望めない役人は自己利益の増大にのみ精を出すようになる。

国有企業の中堅幹部たちは、党の規制にしたがって出世を目指すよりも、ストックオプションを現金化することで利益を得ようとする。

企業が真に資本主義的になった場合、党の統制がきかなくなる。このことを党は懸念している。

 

 

4 党と軍隊

1989年の天安門事件は党と軍との関係に重要な亀裂を生じさせた。デモ隊に対する鎮圧命令を拒否した将官や部隊が複数存在した。党は、事件終息後、不服従の軍人や部隊を処分し、10万人以上の監視組織を設置した。

中国では、軍は党に忠誠を誓うことが求められ、中立的な軍というのは悪しき存在である。

軍が近代化するにつれて、優秀な人材を軍に集めるために、党は熱心に教育しなければならなくなった。しかし、軍は精強になると、党の意志を超えて強硬主義や好戦的な傾向を持ちつつある。

江沢民は当初、軍を掌握するために台湾強硬策をとった。

 

中国と台湾との関係は非常に複雑である。台湾は民主化するまで、中国と非常に似た政治体制だった。しかしいまは、国民党は共産党のような支配力をもっていない。

中国と台湾は経済、人員の面で密接に交流してきたが、強硬派は台湾を武力制圧すべきと主張してきた。実際には、江沢民時代には中国人民解放軍にそのような能力は備わっていなかった。

胡錦涛は、台湾問題に関して先延ばし政策をとった。台湾が完全独立しない限り、中国と台湾の関係が現状のままであることはほとんど問題にならない。「1つの中国」言説を徹底するのは、国内の軍や強硬派を抑え込むためである。

 

建国当初、軍は自ら事業や労働を行い、とくに石油開発は人民軍のある部隊が担当となった。改革開放が進むにつれて、軍を軍事に専念させるよう政策が移行し、現在は非常に近代的な軍になった。

 


5 党と腐敗

共産党が腐敗を根絶できないのは、その一党支配システムそのものに原因がある。

中央政府には中央政府規制委員会、各地方政府にその支部があり、腐敗や汚職を取り締まる機能を持つが、党員を取り締まるには、その党員の上級部署の許可が必要である。

このため、地方では腐敗はトップの意向で隠蔽される。また、規制委員会よりも強い権限をもつ中央政治局のメンバーが摘発されることは絶対にない。

上海は歴史的な商業都市のイメージとは異なり、共産中国の中では党と政府の主導で開発が進んできた。上海の建設ラッシュは、ほとんどが上海市や党、国有企業の推進によるものである。このため、汚職や腐敗がはびこり、その頂点には江沢民がいた。

江沢民が総書記を退いて胡錦涛が指揮を執った後も、江沢民は上海の手下たちに対し影響力を行使した。上海閥の腐敗取り締まりが始まったが、江沢民は訴追を逃れた。

共産党は腐敗を通じてその支配力を強化している。摘発され処刑されるのは、末端の人間に過ぎない。

 

6 党と地方

2008年の北京五輪開催直前、三鹿ミルクという大企業が毒入りミルク問題を隠蔽しようとした。これは、企業と地方政府によって被害や事件を隠蔽しよう等決定だった。

ところが三鹿と提携するニュージーランドの企業が自国政府に訴えたため、毒入りミルク問題が中国の中央政府に通報され、中央政府は企業と地方政府の担当者を処罰した。

中国では地方分権が経済成長の原動力となっており、同時に中央政府の統制が難しくなっている。

各地方は、お互いにライバル企業のように競い合い開発・拡大を進めている。

 

 

7 党と資本主義

中国共産党が経済発展に成功した鍵は、社会主義市場経済の問題を解決したことである。

 

党は、民間企業が国家に利益をもたらす限り、資本主義経済の基準からしても、とても尋常とは思われないほど企業を支援することになったのである。

 

党にとっての真の問題は、国内外の民間部門が政治的な対抗勢力になるかもしれないという脅威だった。

 

活発な民間経済だけが共産主義体制の破綻を防ぐということに、鄧小平がいち早く気づいたことは中国にとって幸運だった(その他の社会主義国家のほとんどはこのことに気づかず崩壊の道を進んでいった)

 

企業についての中国の法律は複雑であり、国有企業、国営企業、民間企業、有限会社等様々な区分が存在する。

直販企業……アムウェイなどのマルチ商法が中国で普及したが、当時迫害されていた法輪功の信徒が生計を立てるためにいっせいに会員になり、党・公安は問題視した。

民間企業や外資企業をコントロールするため、党は労働組合や監視機関を各企業に設置した。

 

 

8 党と歴史

毛沢東による大躍進運動と、3、4千万人の餓死者は、中国では現在でも抹殺された歴史である。

新華社通信の記者として党の監視役として勤務してきた楊氏は、天安門事件に失望し『墓碑』という大飢饉に関する報告書を出版した。本土では発禁になり、香港ではベストセラーになった。

楊氏は、中国国内にいるが、社会的に黙殺されている。

 

義和団事件は、外国勢力に対する反乱運動だが、義和団が外国人や外国人とかかわりのある中国人を虐殺した事実は、共産党によって公表を禁じられている。共産党は、党の成立以前の歴史もコントロールしている。

 

毛沢東はあまりに巨大であり、嘘で塗り固めるのは困難だった。このため鄧小平時代の「功績7割、罪業3割」が最終的評価として定着した。毛沢東を、4000万人を虐殺した20世紀の独裁者として否定することは、中国共産党の正統性自体を否定することになるだろう。

大躍進にともなう大量死は、天安門事件以上に党にとってタブーである。

 

しかし、反体制派やジャーナリストが容赦なく虐殺された過去と違い、共産党は以前よりも注意深く言論を封殺するようになってきている。

古参の革命家によれば、即刻拷問処刑が前より少なくなっただけで、それも進歩であるという。

 

 

参考:過去の本メモ

 

the-cosmological-fort.hatenablog.com

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