うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『陸軍特攻振武寮』林えいだい

 生きて還ってきた陸軍特攻隊員を隔離収容し、精神攻撃を加える施設「振武寮」に関する本。

 

 ◆所感

 

 敗戦が近づくにつれて、陳腐化し、単なる消耗品化していった特攻隊員たちの体験に焦点を当てる。

 巷で有名な倉澤少佐の振る舞いが具体的に書かれている。

 著者は生前の倉澤少佐からうまく証言を引き出している。こうして本書で再現されたのはあまりにも醜悪な特攻隊制度の姿である。

 この人物がパワハラや恫喝・激高を繰り返したのは、墜落による負傷で脳に損傷を受けたためだろうか。

 本書によれば、かれは同僚に「この配置が嫌だから転属したい」と弱音を吐いてもいたという。他にも、いいことを言っているが、実際にやったことは少佐の発言からはかけ離れている。

 こうした人物を野放しにした根本的な原因は、非合理的な特攻作戦にある。

 

 

  ***

 1944年12月、本土決戦に備えて第6航空軍が創設され、菅原道大陸軍中将が司令官となった。

 1944年12月8日編成の第20振武隊が特攻隊第1号となった。

 しかし機体が旧式・劣悪であること、整備員が不足していることから、故障により引き返す特攻隊員が続出した。これはフィリピン特攻作戦では考えられなかった事態だった。

 第6航空群司令部編成参謀の倉澤少佐は、代替え機受領に来た特攻隊員を厳しく追及した。

 帰還して意欲をなくした特攻隊員たちを隔離し、軍神イメージを保持するため、倉澤少佐は福岡高等女学校の校舎を「振武寮」として、特攻隊員を収容した。

 

 ――……怒った今井少尉が、第6航空軍司令部を標的にして自爆する計画を立てたほど、振武寮の収容生活は悲惨なものであった。

 

  ***
 1

 学徒動員により工場で働くことになった女学生たちは、航空機の修理に熟練工並みの能力を要求された。指導者は精神論で女学生たちを罵倒したが、修理はまともにはできなかった。

 

 ――ラジオから流れてくる軍艦マーチから始まる大本営発表は、勇ましい戦果ばかりを報道した。この戦争は日本が勝つのではないか、と錯覚を起こすほどである。しかし、飛行機のエンジンは何台も運び込まれるが、現実には部品不足で修理ができない。どの工場も開店休業の状態で、資材や部品が納入されるのを待った。

 

 山口の小月飛行場は、知覧や万世への中継基地となった。本土や中国、朝鮮から、特攻機が押し寄せ混乱に陥った。

 一式戦闘機隼が損耗したため、旧式の九七式や九九式が練習場から引っ張り出され、特攻機として使われた。

 

 2

 1943年9月に学生徴兵猶予令が廃止され、神宮外苑で壮行会が開催され、学生がいっせいに徴兵検査を受けた。

 学生たちは職業軍人と異なり体制に批判的な面があった。しかし、不足していた飛行士の養成に学生は適役だった。

 特別操縦見習士官に採用された学生たちは、日本や台湾、中国の各地で訓練を受けた。劣悪機体のため事故が多く、訓練中にも多数が事故死した。

 

 

 3

 

 ――軍司令官(菅原道大)は、お前たちばかりを犠牲にはしない、最後の一機で自分と参謀も突入するといったが、結局、隊員たちが戦果を上げることで自分の胸の勲章が増えるだけであった。

 

 沖縄作戦の特攻編成を担当し、振武寮の運営を行った倉澤清忠少佐へのインタビュー。

 

 ――……いつ報復されるかわからないと、夜も安心して寝ることもできなかった。八十歳までは自己防衛のために、ピストルに実弾を込めて持ち歩き、家では軍刀を手放さなかったんです。

 

 倉澤は陸士卒業後航空将校となり、爆撃機操縦手としてノモンハンで勤務後、陸大に行った。繰り上げ卒業後、特攻作戦研究部署で勤務中、墜落して負傷した。

 回復後の1944年末、創設された靖部隊(第6航空軍の通称)の作戦・編成参謀に抜擢された。

 若手の参謀として、各航空隊から飛行機と操縦手を集めるという汚れ役を任された。

 

 ――特攻隊は命をかけて出撃しようとしているのに、一方送り出す側の軍司令官はフグ料理に酒と、倉澤参謀は立場の違いとはいえ心の底から怒りを覚えたという。口に出すことはできないが、この戦争は日本が負けると思いながら、山荘を後にした。

 

 これは倉澤少佐本人の回想だが、様々な証言は倉澤少佐の実際の行動を浮き彫りにしている。

 

 特攻希望調査……「特殊任務を熱望する、希望する、希望しない」。

 訓練中、あるいは沖縄に向かう途中にも九七式は頻繁に事故を起こした。陸軍の250kg爆弾は、艦艇攻撃用の鉄鋼爆弾ではないため、その効果にも疑問があった。

 特攻を命じられた操縦手は髪と爪を切って家族に送った。

 特攻機を修理しながら知覧に到着した隊員は、田中参謀に役立たず、不忠者とののしられた。

 

 4

 機体の不備で不時着する者、帰還する者が相次ぎ、参謀たちは頭を抱えた。一度、帰還した者はほぼ確実に次も戻ってきた。

 爆弾を積んだため低速でしか飛行できず、グラマン戦闘機に狙い撃ちされることが多かった。

 一部の将校は部下とともに出撃し、自分だけ整備不良を理由に戻ってきた。

 沖縄の主要な飛行場が米軍に占拠され、徳之島前進基地も使えなくなった。このため、特攻機が飛行不能となった場合、着陸する場所がなかった。

 知覧の戦闘指揮所では、今津大佐が「とにかく突入すること」のみを要求した。

 

 ――敵がどこにおるのかさえ分からないほど情報をつかんでいないのに、何を攻撃目標に行けばいいんだ……

 

 本隊からはぐれて喜界島に着陸した朝鮮人特攻隊員の日記について。

 

 5

 

 ――「貴様たち、何で帰ってきた! 卑怯者のお前たちに与える飛行機なんかはない」

 

 著者に当時の出来事について質問された倉澤は次のように回答した。

 

 ――「かれらはいまになっていろいろ倉澤を批判しているが、そんなに命が惜しかったら最初から特操志願をしなけりゃいいんだ。特幹だって同じことだよ。日本の軍隊というところは、天皇のため国のために命を惜しまず死ぬこと、その覚悟はあったはずだ。それを今さら倉澤が悪いというのは、筋違いもはなはだしい」

 

 振武寮には、妻が心中騒ぎを起こした山下少尉ほか、生きて還ってきた特攻隊員たちが収容された。

 倉澤少佐は酒気帯びでやってくると竹刀を振り回し、生還者を罵倒した。かれは生還者に対し、軍人勅諭の写経を科した。

 

 ――「特攻隊の性格からして、死んでいるはずの人間が、途中で帰ってきたとうわさが立つと軍神に傷がつく……とにかく人目につかない場所に彼らをおかなくてはならなかった」

 

 ――引き返した理由はさまざまだが、私自身が現場を見ていないから、かれらの言い分をまず信用しないことにした。……編成参謀としては、正直いって特攻隊員は出撃した以上、全員が体当たりして死ぬことを前提に作戦を立てた。出撃していろんな理由をつけて帰ってくるのは、正直なところ死にたくないからだよ。

 

 民間人の計らいにより、振武寮でお茶会の慰問が行われることになった。この会で若い女性が呼ばれ、戦後特攻隊員と結婚した者もいた。

 特攻生還者の中野少尉は、司令部で待っていた倉澤少佐に「おう、卑怯者が帰ったか」といわれて頭に血が上り、少佐を殴り倒した。中野少尉はその後原隊復帰となった。

 

 フィリピン特攻に比べて、沖縄作戦では帰還率が増大した。本部は心理技師に原因を調査させ、そもそも三分の一の隊員が希望していなかった点、特攻隊員の心情を無視し体当たりさえさせればいいと指導部が考えていた点を指摘した。

 しかし方針が変わるでもなく、振武寮での精神指導・嫌がらせは続いた。

 

 6

 1945年6月に沖縄が陥落し、第6航空軍は役目を終えた。本土決戦の際は全航空要員を特攻させることがひそかに決まっていたため、振武隊の役目は終わった。

 倉澤は振武寮を解散させ、収容者を原隊復帰させた。

 特攻隊生き残りは各地の部隊で拒否され、たらい回しにされた。

 

 

 

王様とその手下

 ◆感想――ブッシュ政権に関する本を読んで

 司法や行政から反対が出るにも関わらず強引な法解釈を行う、行政府の権限を際限なく拡大していく、多くの活動や意思決定手続きを非公開にし、国民の眼から隠してしまう……こういった手法は似非民主主義国における権力者の常とう手段である。

 

 このような政治家に加担する小狡い官僚・公務員たちには倫理が欠落している。

 

策謀家チェイニー 副大統領が創った「ブッシュのアメリカ」 (朝日選書)

策謀家チェイニー 副大統領が創った「ブッシュのアメリカ」 (朝日選書)

 

 

 

 ◆ブッシュ政権時代の大規模国内監視

 スノーデンの内部告発によって問題になる国内大規模監視は、ブッシュ政権時代に開始された。しかし、当時から官庁ではその合法性が問題になっていた。

 チェイニー副大統領は自分の目的に都合の良い顧問弁護士らを登用し、令状なしのアメリカ国民監視(通信メタデータ傍受等)を実行した。

 

 司法省の反対を無視して、違法な監視活動が行われていることに対し、ジェームズ・コーミー司法副長官やロバート・ムラーFBI長官その他司法省首脳部は、一斉辞職を計画した。

 司法長官ジョン・アシュクロフトはブッシュ政権当時からの閣僚であり、1期目はブッシュ政権を全面支援していたが、FISA(外国情報監視法)を無視した、令状なしの違法な監視を続けるチェイニーとそのスタッフたちに激怒していた。

 

 コーミーとムラーは、大統領と直接面会したときに問題を伝えている。

 ムラーは当時からボーイスカウト海兵隊出身の頑固な人物として知られていた。

 一方、チェイニーに与して法をねじまげようとしたのが、目端の利く官僚タイプであるNSA長官マイケル・ヘイデンである。

 

 ムラーはブッシュ大統領に対し次のように言った。

 

 ――これは法の支配の問題なんです。そして、その答えは司法省にある。ムラーは大統領にそう告げた。司法省が刑法違反だと断定する作戦に、FBIは参加できない。参加しろと命令されるなら、自分は謹んで辞めましょう。

 

 ジェームズ・コーミー、ロバート・ムラーともに、トランプ政権のロシア疑惑捜査を担当した人物である。

 かれらはブッシュ政権時代から、行政府の暴走に歯止めをかけようと努めていた。

 

The Mueller Report

The Mueller Report

 
A Higher Loyalty: Truth, Lies, and Leadership

A Higher Loyalty: Truth, Lies, and Leadership

 

 

 

 ◆出口がない

 イラクアフガニスタンから抜け出せなくなった米軍について、元国防長官ゲーツの本を読んでいて感じたは以下のとおり。

 いったん起こした戦争からは簡単に抜け出せない。もしイラクやアフガンから即時撤退すれば、テロリストの勢力は攻撃前より大きくなる。そして(アメリカの)敵国イランの影響力も増大する。

 中国やアメリカを侵略した日本が、戦争から逃げられなくなったのと同じである。

 いったん攻撃を行えば、程々のところでやめよう、という都合のいい選択は不可能である。

Duty: Memoirs of a Secretary at War (English Edition)

Duty: Memoirs of a Secretary at War (English Edition)

 

 

 

 ◆官製ヘイト、あれこれ

 日本に帰ったら嫌というほど人種差別発言を聞かされるに違いないのでいまから憂鬱である。

 敵意を煽れば支持率やビュー数が稼げるのではないか。

 

 いまは、運よく白人がマイノリティの州にいるためそこまでひどい差別発言は聞かないが。

 逆に白人の子供がネイティブハワイアンにいじめられる話はよく聞く。

 子供の世界はどこでもいじめがあるので、フィットネス・ジムや道場には大抵「いじめ対策」教室・講習がある。いじめや差別の間違いを訴える前に、まず自分が生き延びなければならないからである。

 富裕層の中国人の子たちがコンドミニアムの植え込みやプールを便所替わりに使うということで嫌われる話を住民から聞いた。こうしたマナー面での苦言は、現実に根差しており、まだ納得のいくものである。生活習慣や風習の違いが不和を起こすのは当たり前のことで、それをどう乗り越えるかが問題である。

 人を人種や職業、宗教だけで判断しない人間になるように心がけたい。

 滞在中の国の悪い部分を持ち帰らないようにしたい。

 

 聖書の都合の良い文言だけを抜き取る非キリスト教徒の引用:

 

 ――学者とパリサイ人とはモーセの座をしむ。さればすべてその言うところは守りて行え、されどそのしわざにはならうな、かれらは言うのみにて行わぬなり。
 ――すべてそのしわざは人に見られんためにするなり。

(マタイ伝福音書