◆メモ
ナグ・ハマディ写本の中に収蔵されるトマス福音書を解説する。福音書成立の背景は、細かい本文批評に基づくもので素人には覚えにくい。
本書の特長は、グノーシス主義の特徴を明確に示し、福音書の言葉を逐次註解していく点にある。
カトリック成立の過程で異端とされ、追放された思想には、現代においてはより受け入れやすい要素(男女の平等、内的自己の探求を重視)も多い。
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1部 トマス福音書の背景
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ナグ・ハマディ写本は1945年、エジプトの農夫に発見されたが、この文書群が広く学者に公開されるようになるまで、40年を要した。
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トマス福音書成立時代の教父たちは、これを偽書、マニ教が採用した書として非難していた。
しかし、実際にはマニ教徒による偽作ではない。最終編集者はおそらくグノーシス主義者だったとされる。
3
トマス福音書の起源は、20世紀初頭にエジプト中部で発見されたオクシリンコス・パピルス(OP)を参考にたどることができる。
トマス福音書の起源は、その大本はエデッサのシリア語トマス福音書であり、これが分岐してそれぞれOP、コプト語トマス福音書すなわちナグ・ハマディ文書になった。
4
外典との関係について。
トマス福音書は、シリアのエデッサ教会(正統派のアンティオキアと対照的な地)、ユダヤ人キリスト教的要素(禁欲主義、肉体軽視)等との関連がみられる。
……トマス福音書所収のかなり多くのイエス語録は、その1つ1つをとれば、「グノーシス」的にしか解釈できないものでは決してない。それらは「ユダヤ人キリスト教」的にも、「正統」的にも、あるいはさらにユダヤ教的にも解釈可能なのである。
また、トマス福音書はグノーシスのいずれの宗派に属するとも特定されていない。
主な神話論の痕跡は以下のとおり。
・天地は消え去る。
・至高者「父」と真実の「母」が命の根拠
・神(創造神)への消極的評価、否定の対象
・イエスは父から出た者であり、すべての上にある光
・人間は光の子だが、現実には肉体のなかにあり、光・魂・本来的自己を認識していない
・事故を認識した者にとって「父の国」は現臨している。
・はじめあるところにおわりがある
父と神は別物であり、人は父から生まれたが、神(創造神)のつくった天地と肉体の中で支配されている。
トマス福音書はナハシュ派等の異端、外典にも広範な影響を与えている。
5
前提:マタイとルカは、イエスの行動についてはマルコ福音書を、言葉についてはQ(イエスの言葉資料、現存せず)を参考に編纂された。
トマス福音書は、Qだけでなく、Q以外の伝承も取り入れている。
各福音書の語句とトマス福音書の語句とを参照した結果、トマス福音書は、共観福音書(ヨハネを除く正典福音書。共通の内容が多いため共観表がつくられた)に対して2次的ではない。
すなわち、共観福音書から生まれたものではなく別系統から来たものということがわかる。
著者はトマス福音書が、シリア語あるいはギリシア語のユダヤ人キリスト教出自伝承を採用したものだと想定する。
トマス福音書の編集者はおそらくヨハネ福音書を知らなかったとおもわれるが、両者の言葉は様々な点で類似している。両者とも、キリスト教外部からだけでなく内部でも孤立していたためだろう。
その結果、かれらは、「この世」を否定的に超えて、「内面への旅」に出立する。
ただし、ヨハネのイエスは言葉を守る者が救われるとしたのに対し、トマスのイエスは言葉を知ること・解釈することが救いなのだとしている。
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グノーシス主義との関連について。
歴史上「正統」が定められたのは、451年「カルケドン信条」が採択されてからである。この信条と「ニカイア公会議信条」が教義の基準となった。
・キリストにおける神性と人性の並存
・父・子・精霊の三位一体
グノーシス派が異端とされた論拠はこれらの信条ではなく、「使徒信条(世界教会信条)」である。
実際には、正統派確立の動きは2世紀から始まっていたが、こうした古カトリシズム時代の、最古最大の異端がグノーシス派である。
・グノーシス派は聖文書(正典)を無制限に拡大したため、正統派はこれを抑制しなければならなかった。
・グノーシス主義はキリスト教以前にも様々な地域で存在した。この思想枠組をキリスト教に適合させたものがキリスト教グノーシス派である。
・その本質は以下のとおり示される。
それは、端的にいえば、人間の本来的自己と、宇宙を否定的に超えた究極的存在(至高者)とが、本質的に同一であるという「認識」(グノーシス)である。
よって、人間の現存在……この世や肉体を生んだ宇宙の形成者(デミウルゴス、創造神)は否定される。
これが「反宇宙的・本来的自己の認識」と呼ばれる主題である。
・グノーシス派の背景にある神話論は次のとおり。はじめ至高者(父、霊)があった。かれは女性的属性(思い、知恵、魂)と対をなし、かれらの子とともに三位一体をなしていた。やがて女性的属性は中間世界で「支配者たち(またはアルコンテス)」を生んだ。その長デミウルゴスは自らを万物の主と誇示し中間界と下界を支配した。人間はこのため自己の本質を忘れ無知の虜となっている。そこで至高者は「子」を啓示者としてつかわし、人間を目覚めさせた。
・グノーシス派の教えは、正統派教会と対立した:現世権威(教会)の否定、女性的要素の重視、だれでも解釈ができ無限に宗派が増大
・グノーシス派の旧約に対する解釈は次のとおり。
創世記:デミウルゴスの行為として否定的評価
律法:デミウルゴスの決め事として否定する派と肯定する派あり
予言者:デミウルゴスの力とする派がある。デミウルゴス自身も、自らの上にいる至高者を知らぬ傲慢な存在とされる。
しかし、全体としては旧約に対する評価は一様でない。
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2部 イエス語録
トマス福音書においては、相対立するユダヤ人キリスト教とグノーシス主義とが並立している。ユダヤ教は創造神(デミウルゴス)と律法を絶対視するがグノーシスはそうではない。しかし、両者とも禁欲主義を重んじる。
・ディディス・ユダ・トマス……ディディス、トマスともに(イエスの)双子の意味。
・ユダヤ教では生後8日目に割礼するため、それ以前の新生児は人間以下である。福音書では老人が生後7日目の赤子に学ぶ。
・ユダヤ教の三大善行である断食・祈り・施しは黙殺され、倫理規範……「嘘をついてはならない」、「自身が憎むことをしてはならない」が説かれる。
・語録の多くは他の福音書と重複するが、グノーシス主義的な編集をされている。他の文献には見られない文言を「アグラファ」という。
・グノーシス派において人間の原初の形は男女両性であり、また子供の状態を言う。
・より純粋にグノーシス的思想を伝える、アグラファの抜粋……
イエスが言った、「単独なる者、選ばれた者は幸いである。なぜなら、あなたがたは御国を見出すであろうから。なぜなら、あなたがそこにから来ているのなら、再びそこに行くであろうから」
イエスが言った、「この世を知った者は、屍を見出した。そして、屍を見出した者に、この世はふさわしくない」
イエスが言った、「すべてを知っていて、自己に欠けている者は、すべてのところに欠けている」
彼が言った、「主よ、泉のまわりには多くの人びとがおりますが、泉の中にはだれもおりません」
イエスが言った、「私に近い者は火に近い。そして、私から遠い者は御国から遠い」
イエスが言った、「1つの身体によりかかっている身体はみじめである。そして、この両方によりかかっている魂はみじめである」
イエスが言った、「父と母を知るであろう者は、娼婦の子と呼ばれるであろう」
イエスが言った、「私の口から飲む者は私のようになるであろう。そして、私もまたその者になるであろう。そして、隠されていたものがその者に現れるであろう」
イエスが言った、「この世を見出し、裕福になった者は、この世を棄てるように」
イエスが言った、「天は巻き上げられるであろう。そして地もまた、あなたがたの前で。そして、生ける者から生きる者は死を見ないであろう」。――イエスは言っていないか、「自己自身を見出す者に、この世はふさわしくない」と。
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3部 トマス福音書のイエス
・神(創造神、デミウルゴス)は相対化される。
・キリスト教の伝統と敬虔、またユダヤ教の慣習も批判の対象となる。
・子供はより原始の状態に近いものとして評価される。また女性はやがて男性と一体化する存在として平等の扱いを受ける。
・イエスの教えは、この世のものである富や肉体に酔いしれずに覚知すること、本来の事故を求めることにある。
・人間は本来、光すなわち至高者からやってきた光の子らである。またイエスと父のいる場所は光であると同時に命である。
・トマス福音書では、天国、神の国とはいわず、父の国、御国という言葉を使う。意味も異なり、御国は客観的な、特定の領域ではなく、人間の自己の本質に内在するものである。
・単独者とは、性(恥)と肉体を脱出し、裸の状態にある原初的な者をいい、かれは両性具有者であり統合者である。単独者の出自と目標が御国である。
・トマス福音書では、愛は兄弟(同胞)に対する者に限定されるが、宣教を否定するものではない。
◆参考
the-cosmological-fort.hatenablog.com
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