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聖書の写本が作られていく歴史を説明する。
素人書記の時代から、ローマ帝国の国教化により、専門的な書記の利用と施設の整備が進められた。4世紀から15世紀、活版印刷が発明されるまでの時代の写本を「ビザンティン写本」と呼ぶ。
比較的正確だが、かれらプロ書記が参考にしたのは、初期キリスト教時代のでたらめ文献だった。このため内容はばらばらである。
この時代の写本はすべてギリシア語で書かれた。
4世紀末、教皇の命によりヒエロニムスがラテン語版を製作した。これは「ウルガタ」と呼ばれ、ギリシア語写本の2倍以上の写本が現存する。
1514年、スペインのヒメネス枢機卿はグーテンベルクの印刷技術を使い、ギリシア語の『コンプルトゥム版多国語対照聖書』を出版した。
エラスムスはほぼ同時期にギリシア語新約聖書を刊行した。かれは手近でかき集めた(信頼性の低い)写本で活字を組み、欠落した部分は「ウルガタ」のラテン語を自分でギリシア語訳して組み合わせた。かれ自らが「でっちあげた」と称する版は、その後の「欽定訳聖書」の底本となった。
エラスムス版には、「姦通の女」、『マルコ』の最後の節、「ヨハネ断章」といった、ギリシア語版の最良のものには含まれていない部分が含まれている。
エラスムス版を基に作られたギリシア語聖書は「公認本文Textus Receptus」(TR)と名付けられ、名前負けした粗悪なテキストとして普及した。
18世紀以降、聖書の真正性に対する疑いが持ち上がり、テキストの信頼性を検討する潮流が生まれた。ジョン・ミルは現存する資料の中に3万カ所の異文を発見し、教会の論争を生んだ。
改ざんの種類……偶然(ミス)によるもの、意図的なもの
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改ざんを見抜く方法:
・より理解困難な文のほうが信頼性が高い(写字生は、よりわかりやすく、簡単な構造に修正する傾向がある)。
・写本の家系図をつくり、オリジナルに近づいていく方法。
・ヴェットシュタインは、聖書において、「イエスを神と呼んでいる箇所」がほとんど無いことを発見した。
・普及している文が、すなわち信頼性が高いというわけではない。
・ティッシェンドルフは写本探しの旅の過程で、偶然、『シナイ写本』を入手した。最も信頼性の高い写本の1つである。
・ウェストコットとホートの業績……本文批評の基礎となった。
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改ざん発見法とその用例
・外的証拠……年代、地理的分布、信頼性の高い写本
・内的証拠……単語、文法上の特徴、わかりにくい文ほど改ざんされていない可能性が高い
以下、具体的な発見例を説明する。
・『マルコによる福音書』のイエスは、自信に満ちた人物で、自分を信じない人間に対していつも怒りをあらわにしている。改ざん者は、福音書から怒りを削除した。
――すると、ここに出てくるイエスという人は、ステンドグラスに描かれているような柔和でナヨナヨとした良き羊飼いなどではないということを認めざるを得ないだろう。『マルコ』の冒頭に描かれるイエスは、肉体的にもカリスマ的にも強靭な、権威ある人物であり、向かうところ敵無しである。
・『ルカによる福音書』のイエスは、殉教に合っても常に平静を保つ姿を描く。この福音書は、より古い『マルコ』から、怒りの感情を削除した。しかし、後世の人間が、弟子の裏切りに際して苦悩し嘆くイエスを書き加えた。
・『ヘブライ人への手紙』では、イエスが「神から離れて死んだ」とするところを「神の恩寵によって死んだ」と改ざんした。これは誤解を恐れてだろうが、聖書の最良の版では、神の恩寵はこれから来るものであってイエスの時代に既得権益となったものではない。
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初期キリスト教において、原始正統派は神学的理由から聖書の改ざんを行った。同時に、他の宗派も自分たちの教義とつじつまが合うように改ざんを行った。
・イエスは神ではなく単なる人だとする説
・イエスは人ではなく、神そのものだとする説
・旧約と新約の神は別であるという説
・グノーシス派(物質世界は災厄によって生まれた、キリストはイエスが洗礼したときに宿り、死ぬときにイエスを見捨てて離れた)。
原始正統派は、イエスと神が一体であることをその教義とする。このため、福音書においてイエスが苦悩する場面を意図的に挿入し、また、イエスが死んだときの「神から離れて死んだ」という文言を「神の恩寵によって死んだ」と書き換え、普及させた。
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本章では、社会的な理由により改変された項目を検討する。
・パウロのオリジナルの文書では、男女は平等であり、女性の使徒も存在した。しかし、時代が下るにつれて女性の地位は下げられていき、女性を取り上げる箇所も、書物から徐々に削減されていった。
・イエスはユダヤ人である。しかし、ユダヤ教はキリスト教を蔑視し迫害したため、2世紀ごろまでには、キリスト教にとってユダヤ教とユダヤ人は天敵の扱いとなっていた。
書記たちは、イエスが磔刑の際にユダヤ人を赦した、と解釈されてしまう箇所を削除した。
・異教徒との戦いについて。
当初、キリスト教は違法ではなかった。「地下墓地での潜伏」や「秘密の魚のシンボル」等は伝説である。
もっとも、権力ではなく、群衆からは迫害されていた。
――つまりキリスト教が迫害されたのは、かれらが健全な社会にとって有害だとみなされたからだ。なぜならかれらは社会を防衛している神々を崇拝せず、反社会的な共同生活をしてるのだから。
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- 作者: バート・D.アーマン,Bart D. Ehrman,松田和也
- 出版社/メーカー: 柏書房
- 発売日: 2006/05/01
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