3
ユダヤ教と同じように、キリスト教初期には様々な思想が林立していた。キリスト教は同時代の哲学から多くの要素を吸収した。
・イエスの存命中、またパウロの時代までは、イエスを神と同一とする考えは存在していなかった。
・イエスはファリサイ派のヨハネの弟子だった。かれの言行資料の多くは、パウロ以後の諸教会において編集されたものである。
・かれは神癒者であり、「人からしてもらいたいと思うことは、人に対してもしなさい」という格言をもとに律法を教えていた。
かれは、異教徒であっても「霊」を受けられると信じていた。
・イエスが神的な者だったという教義、すなわち「受肉」というキリスト教的信仰の発展は、4世紀になって確立した。
・イエスの神格化は、ユダヤ教やイスラームだけでなく、他宗教でも見られた現象である。仏教では、衆生の苦しみを背負う菩薩が生み出され、ヒンドゥー教ではシヴァとヴィシュヌへの崇拝がおこった。
「バクティ」(崇敬、信愛)は、宗教を人間化し、より多くの人に信仰を身近にするものだった。
聖パウロは、「イエスがこの世界に対する神の主要な啓示者として、律法に取って替わったと信じた」。
キリスト教は、特に異教徒やディアスポラたちの間で広まった。しかし、紀元後70年以降、ユダヤ教との対立が激しくなると、キリスト教の地位は貶められていった。
キリスト教は、奴隷や下層階級に支持される危険な熱狂だった。それは新しく、邪悪なものだった。
・異教徒たちは、人生の意味の説明や、霊感を与えるイデオロギーや、倫理的動機付けを求めるときは哲学に向かった。かれらに言わせればキリスト教は野蛮な宗教であり、その神は人間に干渉を続ける残忍で原始的な神だった。
・新プラトン主義は、宇宙の根源たる「一なるもの」を理解することで、魂を解放することを目指した。
・グノーシス主義は、次のように世界を認識する。認知不可能である「至高の神性Godhead」から、神を含む一切が流出し(アイオーン)ていると考えた。こうして充満(プレローマ)の世界が生まれたが、何かの間違いが闖入し、世界を堕落させ、このような悪の世界が生まれた。
あるいは、物質世界を創造したのは、神に嫉妬した「デミウルゴス」(創造者)とされた。
――グノーシス主義者は、神的な閃光を自分自身の中に見出すことができるし、自らの内側にある神的要素に目覚めることもできるのだ。
・マルキオン、クレメンス、オリゲネス(去勢した人物)はグノーシス主義的キリスト教を唱えた。そこでは神は、中東の残酷な神ではなく、静謐で、超人間的な、無感動な姿をとった。それは、ギリシア哲学における神の姿そのものである。
・サベリウスは、三位一体説の創始者である。
・3世紀のプロティノス……究極的実在である「一者」から、知性と魂が流出する。
――人間が絶対的なるものを思惟するとき、ひじょうに似たような考えや経験を持つように思われる。リアリティーに直面するときに感じる臨在感、エクスタシー、畏怖の念――それが涅槃、一者、ブラフマン、あるいは神と呼ばれようと――は自然であり、人間によって無限に希求される心と認識の状態であるように思われる。
・3世紀、グノーシス主義やアフリカの過激な宗派は追放され、中道のキリスト教が確立しつつあった。それは女性に対しても求心力があり、また多人種的、普遍的、国際的であり、組織化されていた。
312年、コンスタンティヌス大帝がキリスト教徒となり、ローマにおいてキリスト教は勝利したが、やがて問題を抱えるようになった。
――すぐれて逆境の宗教であったキリスト教は、繁栄のなかでは最良のものにはけっしてなったことがないのだ。
4
キリスト教において正統の教義がどのように確立したか。
4世紀、神のロゴス(言葉)であるイエスが、神なのか被造物なのかをめぐって、アタナシウスとアリウスは論争した(325年のニカイア公会議)。結果、神が無から世界を創造し、またイエス・キリストが創造主と同一であることが決められた。
西欧キリスト教は口数の多い宗教となり、ギリシア正教は沈黙的な傾向を持った。
東方の3人の博士は、神の本質が、3つのペルソナ……父、子、精霊となって顕現すると主張した。三位一体説は正教会では今でも広く普及している。
――三位一体のドグマのまさに理解不可能性そのものが、われわれを神の神秘に直面させるのであり、われわれが神を理解しようなどと望んではならないことを思い出させるのだ……。
一方、西洋キリスト教に最大の影響を与えたのはアウグスティヌスである。かれの神学は、没落しつつあるローマの暗い雰囲気を色濃く反映していた。
その負の特徴……人間を欠陥品として低く見ること、特に女性を性欲の権化として蔑視すること。
ギリシア的受肉観は、キリスト教を東洋の伝統に近づけた。一方、西洋(ラテン)のイエス認識はより特殊な傾向を持った。
三位一体説は、神の人格主義を超越するために必要とされた。それは、偶像崇拝の危険性を中性化する試みととらえることもできる。
イスラームは、ギリシア的三位一体に馴染みのない中東及び北アフリカで爆発的に広がった。
[つづく]
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