うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『蚤と爆弾』吉村昭 ――731部隊と石井四郎

 軍医中将石井四郎と731部隊をもとにつくられたフィクション。

 

 京都帝大出身の曽根次郎は、陸軍で勤務する。しかし、軍医の世界は東京帝大派閥が幅を利かせており、出世は望めなかった。かれは「人を救う」という医者としての信条よりも、自分の能力を発揮し活躍する道を選んだ。

 

 著者は、曽根は医者である以上に軍人だった、とコメントする。軍人である以上、兵器に善悪の区別はない。銃弾は問題ないが、生物兵器は問題である、という倫理が、曽根には理解できなかった。

 

 曽根次郎は、濾水器の開発などで名を挙げたあと、細菌兵器の開発を軍中央に訴え、専門機関の設立を担当した。

 満州に巨大な実験場が作られ、そこではおぞましい作業が行われた。

・捕虜やスパイを利用した人体実験

・凍傷実験

・鼠と蚤を媒介に利用したペスト菌兵器の開発

・陶器製爆弾による細菌散布

風船爆弾による細菌散布の試み

 

 ソ連の参戦を控え、細菌兵器を本格利用しようと曽根は試みた。しかし、すでに関東軍の大部分は太平洋戦線に引き抜かれ弱体化しており、兵器運用は不可能だった。

 731部隊は施設破壊と証拠焼却、捕虜殺害を行った後、民間人に紛れて帰国した。

 

  ***
 731部隊と石井四郎の歴史を淡々となぞっている。後半は、戦争と降伏までの概略も挿入される。また、帝銀事件とのかかわりも描かれるが、事件の経緯を書き写す以上の展開はない。

 米軍との取引により訴追を免れた曽根は、安楽に死ぬ。

 本作はフィクションであり、歴史的事実かどうかは判然としない。物語としてみれば、淡泊な印象を受ける。

 

新装版 蚤と爆弾 (文春文庫)

新装版 蚤と爆弾 (文春文庫)