◆所感
副題は、地球規模覇権へのアメリカの探求。
合衆国の歴史が暴力と独善に彩られている様を、細かい事実や報道を元に浮き彫りにしていく。
要点は、合衆国の掲げる理念――民主主義や自由、人権――といったものがまやかしにすぎず、さらに、その非道行為が建国以来行われてきたことを強調することにある。
非常に辛辣かつ皮肉を含んだ調子で書かれているが、あらゆる国家、権力が暴力と圧政の歴史を持っていることを認識しなければならない。
チョムスキーは合衆国が掲げる価値観……自由、人権、民主主義に対しては肯定的である。
かれが強烈に非難するのは、建国以来繰り返されてきた、経済的利益・権益のための侵略行為や国家テロ、国家テロの支援である。
合衆国の社会思想と侵略主義は表裏一体である。
報道で取り上げられ世論を沸騰させる欧米諸国でのテロだけでなく、その陰で行われている「我々の側」によるテロ・人権侵害、暴力に注目しなければならない。
***
1 優先と予測
暴走する合衆国と、世論操作について。
2001年以降、ブッシュ政権の合衆国は世界の中のもっとも深刻な脅威となった。
ある評者によれば、「いま、世界の超大国は2つある。合衆国と国際世論である」という。
民主主義と自由を阻むものは国家権力である。暴力的な国家は直接的な弾圧を行うが、民主社会においてはより巧妙な手段が用いられる。その共通の目的は、「大きな獣(アレクサンダー・ハミルトンの言葉)」を檻に閉じ込めておくことである。
一般国民をコントロールすることは、17世紀の英国における近代国家発生以降の重要課題だった。
ウィルソン大統領とその支援者ウォルター・リップマンは、優れた知性の持ち主が正しい方向に国民を導くために、かれら「獣」を適切な位置に押さえつけておくことが重要だと考えた。これはレーニンの理想と同一である。
ウィルソンは公共情報委員会(Committee on Public Information)を設置し、戦時プロパガンダを流すことで国民を戦争に向けて鞭打つことに成功した。
ジェイムズ・マディソン(第4代大統領)もまた寡頭政治を評価し、愚かな世論を権力から遠ざけることの重要性を説いた。
政府基盤維持のための世論操作という概念は、デイヴィッド・ヒュームまでたどることができ、かつ、自由な社会においてより不可欠となる。
プロパガンダ……世論や大衆の精神を操作するための新しい技術。世論を作成すること。
レーガン―ブッシュ政権はこの路線の究極形態である。レーガンの公共外交局(Office of Public Diplomacy)は、中米における合衆国のテロ行為を世間に肯定させるために活動した。ある高官はその作戦に言及し「敵地にいる国民に影響を与えるため」と言った。
国内の「敵」にはプロパガンダ作戦を行う一方、国外の敵にはより直接的な手段を使う……テロの戦い:虐殺、拷問、野蛮。
中米は、国民を脅かすテロリスト――それは治安部隊なのだが――によって恐怖と恐慌が支配するようになった。
――ホワイトハウスの一部の人間たちは、アステカの神を信仰しているのだろうか……中米人の血を捧げることによって。
国際世論、公正と自由は常に危機にさらされている。
***
2 帝国大戦略(Imperial Grand Strategy)
2002年にブッシュ政権が公表した国家安全保障戦略(National Security Strategy)を批判する。
その内容:
・国際法および国際機関は無価値である。
・合衆国は、その軍事力をもって、意志のままに予防戦争(Preventive War)を実行する。これは先制攻撃(Preemptive War)とは異なる。先制攻撃は国連憲章でも認められている。
予防戦争はほとんど戦争犯罪である:想像上のもしくは捏造された脅威に対して軍事力を行使すること。
9.11後に合衆国が国際社会から集めた共感は、その傲慢と軍国主義に対する憎悪に変貌していた。
大戦略は合衆国の権力、地位、特権を妨害するいかなる要素も無効化する(ディーン・アチソン)。
こうした独善主義の起源は第2次世界大戦の初期に遡る。合衆国は何物にも邪魔されない力を追求した。
政治は大企業が社会に落とす影に過ぎないとジョン・デューイは言った。冷戦を通じて、軍事力を背景にした経済権益の拡張が進められた。
新しい国際法においては、大国が新しい規範を創り出す。
例えば予防戦争の標的は次のような特徴を持つ。
・実質的に無防備である。
・介入するに足る程度に重要である。
・究極の悪あるいは差し迫った脅威と規定されなければならない。
合衆国の古いパートナー、サダム・フセインは「不服従」という大罪を犯したために大悪党のレッテルを貼られ殺害された例である。
大国が規範を作るという例は、1990年代の「人道的介入」でもみられる。著者によればこれは形を変えた砲艦外交(Gunboat Diplomacy)である。
強者によってつくられた規範の例……第2次大戦後の裁判、イスラエルの標的暗殺作戦、オシラク原発爆撃、クメール・ルージュの虐殺(ベトナムによるカンボジア侵攻の際、アメリカはポルポト派を支援した)。
新たな大戦略に基づき、合衆国国内でも恣意的な投獄と無期限拘留が可能になった。グアンタナモ基地に無数のイラク市民が投獄された。
国益とは、アダム・スミスの定義によれば……政策決定者の特殊利益のことをいう。
国連は超大国がその意志を行使するためのツールである。合衆国に追従した国はその報酬を受け取った。
こうした動きに対し、一部の歴史学者や政治学者……ハンチントン、ケネス・ウォルツ、ロバート・ジャービスなどは、合衆国こそがならず者超大国であり、核によってのみ抑止されると指摘した。
国際世論にとって、ブッシュの合衆国はフセインをはるかに上回る国際社会の脅威となった。
ウィルソン流理想主義――われわれは善良であり高貴である、よって我々の軍事介入は正義である――が、大戦略の根底にある。
その起源はさらに古く、J.S.ミルは人道的介入を掲げイギリスのインド征服を正当化している。
ウィルソン流理想主義の実例……ウィルソンによるフィリピン侵略、フランスのアルジェリア征服、フセインのクウェート侵攻、大日本帝国、スターリンの拡張政策、ヒトラーのチェコスロバキア併合、ナポレオン、イギリスの植民地政策。
これらすべての根底にあるのは、他国の力、富、資源を奪うという単一の目的である。
歴史上ほぼすべての侵略において知識人は権力に協力してきた。
***
3 新しい啓蒙時代
千年紀の終わりにいたり、ついに「原理と価値」、利他主義(altruism)と道徳的熱意(moral fervor)に基づく、新しい啓蒙の時代が始まった。
実際には、20世紀は暴力とテロに彩られている。
合衆国による軍事支援規模ランキングでは、コロンビア、トルコ、イスラエル、エジプトが上位にあるが、それぞれが国内少数派や少数民族に対して虐殺や拷問といった国家テロを行っている。
インドネシアによる東ティモール弾圧を、米英は過去数十年間にわたって支援してきた。国際世論の反発に押されて、合衆国が手を引いたとき、ついに暴力は終わった。
コソヴォ空爆は国連決議のないまま行われたが、著者によれば、事実関係に疑惑がある。空爆前により多くの犯罪を行っていたのはKLA(コソヴォ解放軍)だった。
アンドリュー・ベイスヴィッチ(Andrew Bacevich)によれば、コソヴォ空爆はアルバニア系住民の救出ではなく、NATOと合衆国の威信を示すために行われたという。
――2度にわたって自分たちに反抗したセルビアを痛い目にあわせなければならなかった。
英国、トニー・ブレア政権の政策補佐官は、秩序・自由・公正の原則をもたらすために、19世紀に匹敵する規模の植民地化が必要だと述べた。
政治学者ロバート・ジャービスによれば、新たなる啓蒙国家(西側諸国)は、後進諸国に対して武力、予防攻撃、欺瞞を用いなければならないのだという。
子供をしつける……啓蒙国家の心性は、古くは共和主義を警戒したメッテルニヒやロシア皇帝に始まる。
合衆国の国益増大のための暴力抑圧政策……モンロー主義、ウィルソン理想主義、タフト大統領、ジョン・フォスター・ダレスとアイゼンハワー。
ウィルソンはフィリピンをしつけに従わなければならない子供と評した。
しつけのための介入……キューバ、ハイチ、イラン、中南米諸国。
――新ナショナリズムの哲学は、より広い富の分配と大衆の生活水準向上を政策に据える……ラテンアメリカ諸国は、国の資源開発の第一受益者はその国の人びとであるべきだと考えている……それは受け入れられるものではなかった。第一受益者は合衆国の投資家たちでなければならず、ラテンアメリカはその提供機能を果たすに過ぎない。
冷戦における共産主義の脅威とは経済構造の変化だった。一方、英米、実業界、多くのエリートたちはファシズムに好意的だった。
合衆国の求めるものは一貫して、合衆国が自由に経済を独占できる権益の確保である。
[つづく]
Hegemony or Survival (The American Empire Project)
- 作者:Noam Chomsky
- 出版社/メーカー: Holt Paperbacks
- 発売日: 2004/09/01
- メディア: ペーパーバック