6 ディレンマと覇権
イラク戦争を支持したヨーロッパ8ヶ国は、ただ「イエス・サー」と叫んだわけではなく、EUに加盟したいという思惑もあった。
合衆国は地球規模の覇権を保持すべきとの方針を継続してきたが、戦後、欧州やアジア地域の復興によりその影響力は相対的に低下した。
合衆国のための地域の役割分担
・東南アジア……天然資源供給源
・中東……エネルギー供給基地
・極東……日本のエネルギーをコントロールすることで地域秩序を制御する。
極東パイプラインが完成すれば、アジア経済ブロックとして統合してしまうだろう。
――北朝鮮は悪の枢軸のなかでもっとも危険かつ醜悪な構成員だが標的リストのなかでは最下位にある。
その理由……防衛手段がある(韓国に向けられた砲口)、貧しく資源に乏しい。
北朝鮮に対しイラン型の圧力をかければ武装化はさらに進み指導者の求心力も高まるだろう。逆に、著者によれば、犠牲者である国民に対し支援が行えれば、内部からの変化を期待できる。
サンフランシスコ条約の不当性……調印したのは植民地とパキスタンとスリランカのみだった。日本ファシズムの最大の犠牲者である中国・韓国・台湾は会議に参加さえしなかった。
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7 憎しみの巨釜(Cauldron of Animosities)
危険地帯である中東における最大の脅威は、元合衆国戦略軍(STRATCOM)司令官バトラー将軍によれば、イスラエルの核兵器である。
合衆国の軍事基地になる道を選んでから、イスラエルはNATO諸国のどこよりも強力な兵器を有する国となった。また、親分と同じく軍需産業が栄え、所得格差も拡大している。
――合衆国・イスラエル・トルコの軍事同盟は、中東では時折「悪の枢軸」と評される。ブッシュのスピーチライターが定義する「悪の枢軸」――20年以上対立する2国(イラン、イラク)と、非ムスリム国でどこからも嫌われているので加えられただろう1国(北朝鮮)からなる――よりは存在するメリットがあると思われる。
イスラエルの侵略政策と、インティファーダをめぐるIDFの戦争犯罪、和平案を反故にするシャロン政権を批判する。
イスラエル政治は軍に掌握されており和平案は常に妨害される。
合衆国は第2次世界大戦後、イスラエル、イラン、トルコを前進基地としてきた。やがてイランに代わってイラクが新しい子分となった。
パレスチナ人への迫害行為はこれまで欧米から完全に無視されてきた。シャロンはイスラエルの若者たちは、軍の任務が防衛だけでなく、無実の人びとを抹殺することも含むということを思い知った。しかし、モシェ・ダヤンはパレスチナ自治区の住民に対し、次のように言っていた。
――われわれには解決策はない、おまえたちは犬のように生きるか、どこへでも行けばいい、そうすればプロセスは進むだろう。
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8 テロリズムと正義:役に立つ公理(truism)
テロリズムと正戦論(Justice War Theory)を考える上で、次の公理を活用すべきである。
・行為はそれに伴う結果の予測に基づいて評価されるべきである。
・公理は普遍的に適用されるべきである。ただし、結果が良かったことが道徳性を担保するわけではない。
著者の主張では正戦論のほとんどは成り立たない。
テロの定義はあいまいである。
1982年以降、レーガンは対テロ戦争を唱えたが、問題は「対テロ」(CounterTerrorism)や「対反乱」(Counterinsurgency)の中身が、合衆国の定義する「テロ」と全く同一だったことである。
また、侵略の対象……ベトナム人やイラク人も「テロリスト」となる。
9.11によって、テロの標的はキューバ、ニカラグア、コロンビア、レバノン、エルサルバドル、パレスチナだけでなく、超大国も含まれることが明白になった。
多くのエリートや知識人たちは、米英の行う戦争を正戦論によって正当化してきた。しかし、検証するとほぼすべての合衆国の戦争は違法でありあるものは戦争犯罪である。
アフガニスタン侵攻……テロリストの容疑が確定していない段階での都市爆撃は戦争犯罪である。対キューバ工作員がいるだろうという憶測でマイアミやNYを爆撃してもいいのだろうか。
合衆国が中米で行った国家テロやテロリスト支援のほとんどは、「宣戦布告」がなく、「正当な理由」もない。
オックスフォード大のとある教授は、「9.11は社会とその価値観に深刻な打撃を与えたために武力行使も容認される」と主張した。
キューバ、ニカラグア、スーダンは社会と価値観に対する深刻な打撃を日々受けてきたが、それは報復には値しないということだろうか。
――このような行為(スーダンの工場施設爆撃)は、ヘーゲル主義的な世界観……アフリカ人は単なる物体でしかなく、その生命には価値がない、という理屈によってのみ成り立つ。
W・ブッシュは「なぜかれらはわたしたちを恨むのか?」と言ったが、正確にはかれらは合衆国の政策を恨んでいるのである。
自分たちがテロ国家を支援していることに目をつぶり、「文明の衝突」論――野蛮なイスラムは必然的に進歩的な西側を敵視する――に責任転嫁しようとしている。
人権侵害を続けるイスラエルへの支援、またイラクへの侵攻、各地での独裁政権の支援は、テロリズムの温床になるだけである。
イスラエル情報機関の歴代の長たちは、パレスチナ人の尊厳と自治を認めなければ、終わりなき戦いが続くだろうと指摘する。
合衆国の戦争指導者たちは、イラク侵攻がテロを呼び起こすことを自覚しているようだ。それでも、かれらは特殊権益のために、自国民や他国民を犠牲にして侵略を選んだ。
合衆国が誇る価値観……自由や民主主義、人権に魅力を感じるアラブ人はたくさんいる。
かれらは合衆国政府が、自分たちの自由や民主主義、人権を抑圧しようとすることに反対するのである。
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9 つかの間の悪夢?
合衆国の一国主義と核開発競争の脅威を批判する。
・ソ連の譲歩と合衆国の拒絶
スターリンは死の直前、中立化を条件にドイツ統合を容認すると提案した。しかし西側からは真剣に受け取られなかった。
フルシチョフは軍拡競争に勝ち目がないのを悟り、相互の軍縮を唱えた。これも合衆国によって拒否された。
近年の研究により、どちらも真剣な提案だったことがわかっている。
・合衆国の核開発
合衆国はウィルソン流理想主義――合衆国は神に選ばれた歴史の前衛であり、永遠に覇権国家であるべきである――に基づき、第2次大戦後、一貫して軍拡を進めている。
核開発、宇宙の軍事利用、ミサイル防衛、「ならず者国家」への圧力は、いずれも他国の核開発を助長するものである。
ミサイル防衛は一見防御的だが、国際社会において「防御」、「自衛」は常に注意深く検討するべきである。相手の核兵器を無力化することで、核保有国は優位に立とうとしている。
・条約の無視、国際社会の軽視
ブッシュ政権の外交……国連無視、NPT条約の拒否、生物兵器および化学兵器禁止条約の拒否、京都議定書からの撤退。
しかし、チョムスキーは前向きな兆候として、人権を重んじる価値観が普及してきたことをあげる。
分析哲学者バートランド・ラッセルのことば……
――……進化は、ネロ、チンギス・ハン、そしてヒトラーを生み出すまでに至った。しかしこれは一時的な悪夢にすぎないとわたしは信じる。間もなく、地球は再び生命のない状態となり、平和を取り戻すに違いない。
本書の表題である覇権と生存……
超大国は目先の覇権にとらわれて、長期的な目的であるわたしたち人類の生き残り(生存)を無視しているように見える。
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参考文献
Andrew Bacevich
Kenneth Waltz
John Ikenberry
Robert Jervis
Raymond Garthoff
Ahmed Rashid
Hegemony or Survival (The American Empire Project)
- 作者:Noam Chomsky
- 出版社/メーカー: Holt Paperbacks
- 発売日: 2004/09/01
- メディア: ペーパーバック