うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ふしぎな部落問題』角岡伸彦

 『はじめての部落問題』の著者による続編。

 部落問題の矛盾点や、メディアによる偏見や誤情報の拡散、近年の新しい事象(ネットでの情報氾濫など)にも触れている。

 同時に部落解放運動の新しい形も紹介しており、現状を知る助けとなる。

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 近年の部落問題は、部落解放運動が抱える矛盾から生まれている。

 部落解放運動は、部落民部落民であることを前提にした運動だった。例えば障害者差別反対運動であっても、障害者を健常者にすることが目的ではなく、障害者であることを前提にかれらに対する差別を撤廃することが目的である。

 

 ――部落解放運動は、部落民としての解放を志向しながら、「どこ」と「だれ」を暴く差別に対して抗議運動を続けてきた。……部落民としての解放を目指しながら、部落民からの解放の道を歩まざるを得なかった。

 

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 1 歴史

 部落民の特殊性は、身体的・民族的差異がなく、差別の歴史によってのみ存在する点にある。

 1871年の賤民廃止令以後も、差別意識は強く残り、またかれらを指す言葉も残った……新民、新平民、特殊部落など。

 賤民廃止に反対して西日本の農村では一揆がおこった。岡山では農民が特殊部落を襲撃し18人を殺害し焼き討ちする事件があった。

 1922年、全国水平社が設立された(同年、日本共産党も創設された)。水平社の理念は自らの出自を明確にし、「えた」であることに誇りを持ち、集団で対抗するというものだった。

 その実際の闘争とは、差別語を発した人間のもとに集団で押しかけ謝罪状を要求するというもので、各地で騒乱に発展した。

 戦後は部落解放同盟として再編成された。

 国の同和行政は、住宅事情、インフラや教育の立ち遅れた被差別部落を公共事業によって改善するものであり、2002年までにのべ15兆円が投入された。

 同和行政は、同和地区、被差別部落を公式に認定したため(拒否した部落もあった)、後に問題を残すことになった。

 この時期、学校では生徒が部落民宣言を行い、身近な存在として向きあうという教育方針がとられた(この方針は90年代に廃止された)。

 著者は、インターネットの勃興により、戦前(内務省)や戦後の政府調査資料が掘り返され、部落地名総監が出回っている現状を嘆く。

 部落民であることを本人が誇るのはいいが、それを第三者が暴き立てるのには問題がある。

 現在でも差別は残っており、インターネットは誤解や偏見の温床となっていると指摘する。

 

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 2 メディアと出自

 橋下徹の出自をめぐり、ライターや記者がこぞって偏見と事実誤認に満ちた記事を掲載した事件について。

 2012年、『週刊朝日』誌上に掲載された佐野眞一の「ハシシタ・奴の本性」は被差別部落に対する偏見に満ちており、会社役員が辞職する筆禍事件となった。

 佐野は、ある人物・犯罪者の人格や行為が、家系や血統からくるものだと考える傾向を持っていた。

 橋下徹は父親が被差別部落出身であるために出自に関して共産党系ライターの一ノ宮氏に様々な記事を書かれ(本人は東京出身だが八尾出身と誤認された)、また同和行政をめぐって共産党および解放同盟自体からも批判を受けた。

 実際は、橋下が同和地区に住んだことはなく、また暴力団員の父親とはほとんど一緒に暮らしたことがない。

 事実誤認の記事は、その後森功氏、上原善広氏が検証せずに引用した。

 上原氏は著者と対談したときに間違いを指摘され激怒し、対談掲載を拒否したという。

 

 ――出自や血脈は所与のもので、変更することはできないのだから、それをあしざまに書くのは、陰湿ないじめである。

 

 取材対象の出自に触れることは重要だが、その取材や推論が杜撰であれば非難は免れない。また、出自を暴くことは本人やその親族に悪影響を及ぼすことが必ずある。

 部落民であることを否定的な血脈として捉えるのは当人たちも同様である。

 

 ――しかし私は橋下氏に問いたい。では、日本で最も血脈主義が貫徹されている天皇制はどうなんですか? と。私が言いたいのは、日本社会では、よくも悪くも血脈が大きな意味を持ち、だからこそ天皇制と部落差別が残ったのではないか、ということである。

 ――意識するしないにかかわらず、私たちは血縁信仰の中で生きているのである。

 

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 3 映画「にくのひと」をめぐる問題

 加古川市の食肉センターを舞台にしたドキュメンタリーは、解放同盟の一部の反対により上映中止となった。

 かれらの反対理由は、賤称語の使用や住所の明示だった。

 本来、水平社は、部落民であることを宣言し差別と闘うという理念のもと結成されたが、一部の解放同盟職員は、こうした明示に反対していた。

 差別からの解放を訴える一方で、出自を隠そうとする動きもある。

 

 ――けっきょくは、部落であることを知られたくない、屠畜場の存在を隠しておきたいというコンプレックスが、上映阻止の動機ではないのか――。

 

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 4 被差別部落の未来

 1部 勃興期

 大阪府箕面市北芝地区における同和対策事業をたどる。同体事業を進めるためには各地域の受け皿組織が必要であるため、地元有力者や自治会役員が組織のトップについた。

 この組織トップがあまり熱心でなかったり、「寝た子を起こすな」主義者である場合、事業に支障が出ることがあった。

 奨学金説明会で部落民であることを知らされた高校生の話。

 

 ――はあ? と思って。ぼくはそれまで部落民と障害者と朝鮮人は嫌いやったんです。差別する側、差別者だったんです。

 

 当初差別に無関心だった部落民が、差別に直面し問題に向き合うようになる例をあげる。

 当時、同和対策事業により住宅・道路などが改善され、また多数の部落民が市職員になった。このため周辺住民からの妬みの対象となった。

 行政にすべてを依存する問題は解放同盟においても取り上げられた。子供の学力は低く、高校・社会人になってすぐにつまづく例が多くなった。

 

 ――部落解放運動をやってたら公務員になれるって、そんなんでほんまにええんかな、ちょっと違ううんちゃうかって、80年代後半くらいに思い始めました。

 

 ――解放運動がさほどの努力を必要とせず、安定した公務員に就ける道をつけたとすれば、自立を促すどころか行政依存を深めただけではないか――。

 

 以後、井上氏らによる、行政に頼らない同体事業の紹介が続く。

 

 2部 転換期

 差別をなくし部落を残すという方針のもと、北芝地区では、若者や他県出身者などを巻き込んだ町おこしが行われている。

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 ――部落差別は、なくさなければならない。しかし、その営為は、必ず部落を残すことを伴う。要はどんな部落を残すかが重要であろう。

 

ふしぎな部落問題 (ちくま新書)

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