アメリカ民主主義の実態について批判的に検討する。
テーマはロビイスト、政治献金、利益誘導、そうした金権政治に抵抗する市民の活動である。
自由民主主義の価値観と制度に立脚していても、権力や金に由来する、不正や金権政治を防止するのは非常に困難であることがわかる。
このような実情を無視した無条件肯定は危険でもある。
米国の現状と取り組みから、有用な点を取り込み、地道な改良を積み上げていくことが重要なのではないか。
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1 ロビイスト・スキャンダル
2008年のエイブラモフ事件を参考に、アメリカ政治における金とロビイストの問題を考える。
ロビイストとは、「政府や議会に働きかけをおこないその見返りに顧客から報酬を受け取る」仕事である。議会への登録をすれば自由に活動できる。ロビー活動の権利は米国憲法修正第1条(請願)で保障されている。
ロビイストの多くは政治家や官僚と知り合いであり、政策立案過程に介入することで多額の報酬を受け取る。
共和党系ロビイストのエイブラモフ、スカンロン、宗教右派ラルフ・リード、ブッシュ政権の減税ブレインであるグローバー・ノーキストらは、インディアン・カジノをめぐって各部落に活動提案をもちかけ高額のコンサルタント料を搾取した。
具体的には、複数のインディアン・カジノを天秤にかけ、「競合相手が潰しにきているのでそれを阻止しよう」と相談料をせしめたというものである。
――カジノで潤ったインディアンにきわめて過大な請求書を送り付け、そのカネをAICやCCSなどのトンネル組織に振り込ませる。そして、スカンロンとエイブラモフは膨大な資金を手に入れた。政治家との関係を見せつけながら部族を信用させる一方、かれらの期待する仕事はあまりしていない。米国でもこういう行為は「詐欺」と呼ばれる。
・米国は議員立法の国であり、連邦議会における審議の流れは複雑である。下院、上院それぞれで法案が提出され、一本化されなければならない。
・法案審議の差配を決める院内総務、各分野の審議を司る委員会は絶大な権力を持つ。
・ロビイストは一人で何万ドルに及ぶ献金リストを背負っている。
・ロビイストの数はおよそ1万6千人で、議員から転身したロビイスト(revolving door)も多い。ロビイストは、政権への人材供給源でもある。
・関連する職業に、PR会社(広告代理店に類似)やコンサルタントがある。コンサルタントはロビー活動こそできないが、コネを活用し顧客から報酬を得る。
・レーガン政権以降、「小さな政府」、規制緩和が唱えられたが、むしろ細かい規制の残存や新設により、ロビー活動は増大している。そのなかの不正であるエイブラモフ事件は氷山の一角である。
2 アメリカ政治はなぜ金権化するのか
PAC(Political Action Committee)は政治献金で中心的な役割を果たす団体である。企業からの直接献金が禁止されているため、こうした団体を通じて献金を行う。
――……企業や団体が自分たちの業務に関係のある政治家たちに献金を繰り返すという現実は、米政界では日常の光景だ。
PACの献金上限は5000ドルだが、下院選挙では通常100万ドルが必要とされる。
献金は、参加型民主主義の手段でもあり、政策をカネで買う行為でもある。商工会議所など企業利益の推進者は共和党候補へ、労組は民主党候補へ献金する場合が多い。
その政治家を支援するかどうか判断するには、過去の投票履歴を参照し、自分たちの利益になるかどうかを確認する。
米議会は日本と異なり党議拘束がないため、各議員が各法案に賛成反対を表明する。
――議会で民主党議員がつねに保護主義的な言説に傾きがちなのは、万一かれらが自由貿易政策に賛成した場合、投票履歴という通信簿に「×」がつき、労組系PACからの政治献金を失う可能性があることも大きな要因だ。労組からの政治献金は保護主義の源泉にもなっている。
同僚議員の選挙資金を集める受け皿は「リーダーシップPAC」と呼ばれ、党内での出世に不可欠となっている。
・インターネット献金など、手段の多様化がおこった。
・バンドラー、ファンドレイザー……多人数献金の取りまとめ人(一人あたりの献金額には限度があるため)
・2008年の大統領選では過去最高の選挙資金が投入された。オバマは庶民派のアピールを行ったが、「大口のファンドレイザーの多くは、政府や議会の動向に敏感な企業や業界のメンバーであり、実態はあまり(ロビイストと)変わらないもの」だった。
・強制献金や名義貸し献金は禁止されているが摘発例は後を絶たない。
・選挙費用の3割超はテレビCMなど広告費、三割が管理費、残りがダイレクトメールや世論調査などの選挙運動費用である。
・テレビCMでのネガティブキャンペーンや、法律上選挙運動とは関係ないが、対立候補を貶めるCMを可能にする「ソフトマネー」の存在。
選挙支出に上限を設けるのは、表現の自由たる政治的意思表明を制限するため違憲である(1976年)。
オバマ陣営への献金者の93パーセントは小口である。しかし残りの7パーセントが、全献金額の75パーセント超を占めており、かれらはオバマ政権で政府高官や在外公館の大使になる。
公的助成制度は崩壊しており、大統領選はいかにカネを集めるかのゲームになっている。
「公営選挙論」を唱えるグループもいるが少数派である。政治家と国民は、選挙は資金で決まると考えている。
3 利益誘導が仕事?
「イヤマーク」ear markについて。
元は税taxを目的税化するear markという意味がある。
毎年の予算案に、地元への資金還元を挿入する。内容はノーチェックであるため、利益誘導・資金還流の1つとして貴重な財源となっている。
上院、下院ともに、議員の仕事は地元に資金を持ってくるのが仕事だと考える国民は多い。
イヤマークは歳出案の本案ではなく委員会報告と会議報告に挿入される。これを選定するのは委員会を務める議員たちである。
利益誘導の請願者……公共事業、教育機関への助成、公園の補修、自治体、警察、消防。
内容がノーチェックであるため、国立公園センター補修が国防予算で賄われることもある。
イヤマークを行うために仲介するのがロビイストである。ロビイストは政治献金で議員と結びつく。
中にはイヤマークが政治家やその家族・友人の利益や栄典に結びついていることもあり問題になる。
――……本来なら選挙民のために活用されるはずのイヤマークが、政治家の金銭的利得の対象になることは事実上容認された。……税金が政治家の資産価値アップのために使われている。同じような腐敗がはびこる開発独裁の国々の慣行を、米国は批判できるのだろうか。
イヤマークは米国政治の本質だが、それは民主主義の基盤を揺るがすことにもつながる。
――……もし有権者が「イヤマークをつけてくれたから」という理由で一票を投じれば、小選挙区制の米国では現職が勝つことになる。
イヤマークが再選に直結するため、激戦区では多額のイヤマークが配分される。これは税金を選挙資金としてばらまくともとらえられる。
――イヤマークのばらまきは議会構成の固定化の一要因になっているだけでなく、不正に結びつきやすく、イヤマークを支配する権力者は腐敗しやすいという一例だろう。
4 改革に向けて
イヤマーク廃止に対する反論として、憲法における議会の権利を根拠としたものがある。支出はすべて歳出法案によって定められるべきである。したがってイヤマークの廃止は、予算の使途を議会から引き離し、官僚や政府に委譲することである。
ロビー活動のしぶとさ……破綻した企業が公的資金を注入されながらロビー活動を行う。経営難のビッグ3は歳出削減ではなく公的救済を求めてロビー活動を行った。
――「企業死すともロビー活動は死なず」
原則非公開のイヤマーク無駄遣いを監視するため、いくつかの市民団体が活動している。
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米国の民主主義の現状から考える統治の問題とは……
憲法上の権利と、「やりたい放題」との境目はどこか。
第4代大統領ジェイムズ・マディソンは次のように言った。
――人間が考察し人間が行う統治が完全であることはありえないので不完全さの最も小さい統治が最良の統治であることに留意するべきである……
人間社会の原動力は権力欲と金銭への執着である。