うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『地政学』奥山真司

 副題は「アメリカの世界戦略地図」。

 もとはインターネットにあげられていたようで、文体は軽い。

 本書ではまず地政学の起源と戦前の趨勢をなぞったあと、冷戦期と現代における地政学の影響を論ずる。

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 十九世紀、ドイツのラッツェルが「生存圏」(リーベンスラウム)という概念を提唱する。彼は国家を有機体であるとし、この有機体は国家維持のためにやがて膨張しなければならないと考えた。社会ダーウィニズムに影響を受けたラッツェルの地政学帝国主義イデオロギーとして用いられた。スウェーデンのチェーレンが唱えた「アウタルキー」も、ドイツや日本などさまざまな国で用いられた。

 現在の地政学の基礎を築いたのが、イギリスのマッキンダーである。彼はイギリスの貴族たちのつくったクラブで自説を発表したが、これが有名な「ハートランド」理論や、シーパワー、ランドパワーの概念である。

 マッキンダー地政学をそのままドイツに適用したのがハウスホーファーである。もっともナチスと彼は程なく分離したようで、ハウスホーファーは自説をスターリンに報告していたことがわかった。

 アメリカの占領時、ハウスホーファーは戦犯容疑で捕らえられるが、アメリカは彼から地政学のなんたるかを聞き出そうと腐心した。

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 アメリカはウィルソンの時代から地政学の影響が垣間見える。ウィルソンは国際連盟を組織する一方で、アメリカ大陸にたびたび軍事介入を繰り返していた。

 第二次世界大戦終結直後、米外務省に勤めていたジョージ・ケナンが、ミスターXの名で「フォーリン・アフェアーズ」誌にいくつかの論文を投稿する。この中のソ連脅威論が大きな反響を巻き起こし、アメリカの外交政策に影響を与えることになった。

 ケナンは、ソ連は異質であり、強姦魔であり、膨張する、とその危険性を強調し、封じ込めcontainmentが不可欠であると主張した。ケナンはこの封じ込め政策を、政治・経済的な意味で用いたのだが、政府はこれを軍事力行使と誤解し、その後のベトナム戦争などを引き起こす遠因となる。

 一方で、ソ連の東欧支配に対抗するために西側諸国をつくる必要があると説き、マーシャル国務長官がこの考えを採用し「マーシャル・プラン」をたてる。これにより西欧は多額の支援金を受け取り、日本も経済復興に力を注ぐことになったのだ。

 ケナンの論文には各所に地政学の用語や概念が見られるが、彼が地政学に通暁していたことは疑いないという。

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 地政学を批判的に検討するのが「批判地政学」であり、現在大変大きな流れをもっている。「冷戦cold war」という言葉を生んだジャーナリスト、ウォルター・リップマンは、ケナンの論文を批判した。

 また、国内のプロパガンダを研究するのも地政学の重要な一分野である。映画や雑誌、テレビなどが対象とされ、いかに世論がつくられ、総意が形成されてきたかということを検証するのだ。

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 冷戦期に活躍した学者・政治家には、キッシンジャーやコーヘン、グレイ、ニッツェなどがいる。

 この時代に生まれた潮流として着目すべきはネオコンである。第二次大戦終結後、フックをはじめとする反共主義者が力をもつと、タカ派民主党が彼ら反共主義者を用いて外交をおこなった。この中には『ロシア革命史』を書いたリチャード・パイプスも含まれている。

 ハト派であるカーター政権の不遇時代を経て、レーガンのもとに反共主義者キリスト教右派、親イスラエル派が終結する。ここには闇の王子パールや、アーヴィング・クリストル、ウォルフォウィッツなどなだたるネオコンが名を連ねており、ブッシュ親子の政治思想もレーガン政権を引き継ぐものである、

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 アメリカの冷戦勝利後に現れたのは、『歴史の終わり』のフランシス・フクヤマや『文明の衝突』のサミュエル・ハンチントンである。彼らはみなネオコン人脈の人間であり、アメリカでは保守派に属する。両者とも政府の外交政策にかかわっているが、ここから右翼・保守派でなければ戦略家が務まらないという公式を著者は導き出している。いかに自国の繁栄を達成するかを考えるのが戦略なのだから当然だという。

 兵器やメディアのハイテク化からはヴィリリオの時政学が、冷戦が終わってみると一人勝ちしていた日本を見たアメリカ人からは、経済を重要視する一派があらわれた。他方、湾岸戦争イラク戦争をめぐる石油利権の存在は、自国の生存圏を守るという古典的地政学がなお健在であることを示している。

 カーター政権の頭脳として活躍したブレジンスキーもまた、キッシンジャーに近い人物である。

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 最近流行の環境やジェンダーにまつわる地政学などをなぞった後、著者が日本の今後を地政学的に分析して本書は終わる。著者の結論は、日本の選択肢は日米同盟か軍事独立か日中同盟かの三つしかない、ということである。これは地政学を学ばなくてもわかることではなかろうか。

 

地政学―アメリカの世界戦略地図

地政学―アメリカの世界戦略地図