◆所感
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争における情報戦を検討する本。
戦争における情報戦(Information Warfare)とは、国際社会の世論への働きかけ、メディアに自分たちの正当性を理解させることを通じて、戦況を有利にするものである(実際には定義はもっと広い)。
ボスニア紛争は単純な侵略者と防衛者との戦いではない。
しかし開戦経緯、個々の戦争犯罪の規模や数でいえば、やはりミロシェビッチ、セルビア勢力(カラジッチ、ムラディッチ、各民兵指揮官、戦争犯罪者)の責任は重い。
本書はボスニア側の宣伝戦についてのみ書かれており、ユーゴ紛争や内戦の具体的な経緯や戦況について知ることはできない。
この本だけを読めば「どっちもどっち」、「みんな悪い、だからみんな悪くない」、「日本も情報戦に負けただけだ」というような感想になると思われる。
私の考えでは紛争に大きな責任を負っているのはユーゴスラヴィア指導者のミロシェビッチやトゥジマン大統領、イゼトベゴビッチほか各地域の軍事指導者たちである。
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ボスニアの外務大臣ハリス・シライジッチは、ユーゴ・セルビアとの戦争に向けて、国際社会からの支援を得る必要があった。
かれは合衆国ベーカー国務長官の助言を参考に、PR会社ルーダー・フィン社との契約を結ぶ。
ルーダー・フィン社のジム・ハーフは、ボスニア紛争をメディアや国際社会に伝え、世論をボスニア有利に導き、セルビアを「ならず者」に仕立てることに成功した。
ボスニアの支払い状況が悪く、契約は戦争初期に打ち切られた。
しかし、ボスニアは合衆国、国連、NATOの支援を引き出すことに成功し、国連はユーゴスラヴィアを追放した。
ルーダー・フィン社も、ボスニアPRによって賞を受賞し、受注増加となった。
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・ボスニア紛争は当初国際社会から見向きもされていなかった。PR会社は、はじめに、ボスニアに関する基礎知識の普及に努めた。
・テレビ向けの受け答えや言葉遣い、「民族浄化(Ethnic Cleansing)」、「強制収容所(Concentration Camp)」といった用語の活用が重要である。
・ボスニア大統領イゼトベゴヴィッチに「イスラム主義者」の嫌疑がかかったときは、大統領の演説に「多民族国家(Multi Ethnic State)」の理想を混ぜることで炎上を回避した。
実際には、政権や軍はほぼボスニア人によって占められていた。
・敵(セルビア、ユーゴスラヴィア)に対し、先手を打って味方を増やす。ミロシェヴィッチ側がメディア戦略を実行しようとしたときには、既にセルビアは「放射能」(Radioactive)的な存在になっており、イメージ悪化を恐れて誰も近づこうとしなかった。
ミロシェヴィッチからユーゴスラヴィア大統領に指名された米実業家パニッチは、セルビアの「悪党」イメージを返上しようとするが、失敗した。
・湾岸戦争におけるマイラ事件のような、デマや捏造によるイメージ操作は、道徳的に問題がある。
しかし、自分たちの正当性を訴え、目的を達成する手段として、宣伝戦は重要な役割を果たす。
・実際には、ボスニア紛争は内戦であり、少数規模とはいえ、クロアチア人、モスレム人もそれぞれ戦争犯罪を行っていた。
・ボスニア、セルビア双方が、国際世論を引き込むために自国民を犠牲にしていた。サラエボ市民は人質になり、また軍は、病院の横に砲撃陣地を建てた。
・世論操作を行う勢力がいる場合、中立的な発言は攻撃を受ける可能性がある。サラエボ空港警備を担当した国連カナダ軍指揮官は、「自分は強制収容所については知らない」と発言したために、マスコミから攻撃されキャリアをつぶされた。
・「敵」のイメージ……テロリスト、虐殺者、レイプ魔
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ジム・ハーフのようなPR会社は、国際機関や、合衆国の政治家、官僚等とのコネクションを持っており、またメディアをうまく扱う術に長けている。
また合衆国では、役人は民間企業と役所を行き来することが多く、競争の厳しい環境で能力を磨いている。
キャリアを通じて省内にとどまりつづける日本の外務省は、こうした情報戦・PR戦において完全に立ち遅れている。
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◆参考
the-cosmological-fort.hatenablog.com
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