うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『Yugoslavia: Death of a Nation』Laura Silber その1 ――ユーゴスラヴィア紛争について

 ◆所感

 ユーゴスラヴィア内戦を、連邦解体からボスニア紛争終結までたどる。紛争の概要や経緯をよく理解することができた。

 内戦の非常に大雑把な経緯は以下のとおりである。

 

ユーゴスラヴィア連邦のうち、最大国であるセルビアミロシェヴィッチの指導の下他の加盟国に対する統制を強化していく。

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・経済的に発展していたスロベニア、強力な民族主義の根付くクロアチアセルビアに反旗を翻す。

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 クロアチア領内にいたセルビア人が叛乱を起こす。セルビア本国は、ほぼセルビア人の軍となったJNA(ユーゴ人民軍)を使い、領土確保・拡大を目指す。

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 セルビア人、クロアチア人、ボスニア人がほぼ同じ割合で居住していたボスニアでは、ボスニア人大統領イゼトベゴビッチが独立を宣言した後、各民族による領土争奪戦が始まる。セルビア人はユーゴ(≒セルビア)への編入を、クロアチア人はクロアチア本国への編入を目指した。

 この過程で、領土を確定させるために異民族の追放と殺戮が行われた。三民族の中では、背後に国家をもたないボスニア人が劣勢に立たされ、また犠牲者が多かった。

 

 

 

 導入より……

・本書はユーゴスラヴィアが死に至った経緯をたどる。

ユーゴスラヴィアは、歴史的な宿命や必然により解体したのではなく、特定の勢力によって意図的に破壊させられた。

 すなわち、平和的な体制移行から何も得られない人間たちが、合理的・計画的に戦争を遂行した。

・中心となるテーマの1つは、ミロシェヴィッチSlobodan Milosevecと、最大の分離主義者Secessionistとなったセルビア人である。

ミロシェヴィッチユーゴスラヴィア人民軍(JNA)Yugoslav People's Armyを掌握したことで、独立は流血を意味することとなった。

スロヴェニアミラン・クーチャン大統領Milan Kucan、クロアチアのフラニョ・トゥジマン大統領Franjo Tudjmanは、セルビアの挑戦を受けた。ボスニアのイゼトベゴビッチ大統領Alija Izetbegovicは状況をコントロールすることができなかった。

・国際社会がいかにして介入に失敗したかについても検討する。

 

  ***

 1 充電

ミロシェヴィッチの台頭

 セルビア共産党ミロシェヴィッチは、ナショナリズムを利用し権力を掌握した。

 1974年に改正されたユーゴ連邦憲法は、地方分権を強化する内容で、コソヴォKosovo(アルバニア人が多数派)とヴォイヴォディナVojvodina(マジャール人等が混在)に自治権を付与するものだった。セルビア民族主義者はこの憲法に不満を抱いていた。

 セルビアは連邦内で最大の国だったが、他の共和国や自治州と平等の扱いを受けていた。「戦争に勝ち、平和において負けた」という不満が、セルビアナショナリズムの根底に存在した。

 共産党幹部のミロシェヴィッチは、コソヴォ自治州におけるセルビア人のナショナリズムを利用し、権力闘争を行った。

 1987年、ミロシェヴィッチコソヴォ・ポリエKosovo Poljeを訪問し、コソヴォセルビア人から熱狂的な歓迎を受けた。

 かれはコソヴォ民族主義者や、ベオグラード・テレビ局を利用し、親友のスタンボリッチ大統領Stambolicを失脚させた。かれはコソヴォの独立宣言に対抗して、直接統治を開始した。

 メディアコントロールと大衆の扇動がかれの政治手法だった。

 

スロヴェニアの春

 スロヴェニアは西側との関係が深く、政治的・経済的に開放されていた。ミロシェヴィッチの下でナショナリズムをむき出しにするセルビアに対し、スロヴェニアは警戒を強めた。
 JNA(ユーゴスラヴィア人民軍)は活動家やジャーナリストを監視し、取り締まった。

 JNAは、外敵と、内部の裏切り者を排除することを目的としていた。将校団は社会から隔離された環境で育成され、秘密主義的だった。JNAは共産党統治の中核であり、スロヴェニア人はJNAへの反感を強めていった。

 この頃、ユーゴ国防省のマムラ提督Branko Mamulaが徴募兵を使役し自分のための城を建てている事実が、雑誌ムラディナMladinaによって暴露された。

 1988年、ジャーナリストのヤネス・ヤンシャJanes Jansa逮捕と裁判をきっかけに、スロヴェニア人の独立運動が加速した。

 

・反官僚革命anti-breaucratic revolution

 群衆を扇動し、政敵を失脚させたミロシェヴィッチ手法について。

 ミロシェヴィッチはヴォイヴォディナ、コソヴォセルビア民族主義者を扇動し、自治州の政治家(コソヴォアルバニア代表アジム・ヴラシAzim Vllasiら)を失脚させ、自身の手下であるセルビア人を置いた。また、モンテネグロではセルビア人との統合を唱える派閥を権力につけた。

 こうしてかれは、8つの共和国及び自治州のうち、半分の票を手に入れた。

 1989年の改正憲法自治州の権限を大幅に縮小させ、ベオグラードBelgradeに集中させるものだった。

 

スロヴェニアの反発

 アンテ・マルコヴィッチMarkovic大統領の経済政策は顧みられず、各共和国は民族主義と殺戮を選択した。

 自治州に対する弾圧を受けて、従来、セルビアとは友好的だったスロヴェニアで、大規模な反セルビアデモが発生した。スロヴェニアは自国の憲法改正によりユーゴスラヴィアおよびセルビアの統制を離れようとした。

 ミロシェヴィッチはJNAに軍事介入を求めたが、国防相ヴェリコ・カディイェヴィッチKadijevicはこれを拒否した。

 ユーゴ共産党会議において、スロヴェニア代表クーチャンらは、セルビアに反発し退場した。クロアチア共産党幹部もこれを擁護した。

 

クロアチアの夜明け

 ナチス時代のクロアチア独立国(NDH)以降、クロアチア民族主義は厳しく禁じられていた。当該国はナチス・ドイツの衛星国家としてユーゴ国内を占領し、民族主義団体ウスタシャの指揮の下、セルビア人・ユダヤ人を虐殺したからである。

 元JNA将軍のトゥジマンは、民族主義者に転身し数回投獄されたという経歴を持つ。

 国外のクロアチア民族主義者は、ユーゴスラヴィアの敵として取り締まりを受けた。セルビア民兵指導者アルカンArkan(Zeljko Raznatovic)は、元々、秘密警察の協力者として亡命クロアチア人や反体制派を暗殺していた。

 トゥジマンは民族主義者や国外亡命者と連絡を取り、クロアチア独立運動を開始した。

 1990年、トゥジマン率いるHDZ(クロアチア民主同盟)が選挙で大勝した。JNAやベオグラードの圧力は、このナショナリズム政党の追い風となった。

 5月、トゥジマンはクロアチア初代大統領となった。クロアチア市松模様(Sahovnica, Checkerboard)が掲げられた。

 

 2 発火

・クニンの反乱

 クロアチアのクライナ地方にはセルビア人が居住していた。かれらはオーストリアハンガリー時代に、オスマン帝国の防波堤として植民された人びとの子孫だった。

 ミラン・バビッチMilan Babicは、NDH時代、クロアチア民兵組織ウスタシャUstaseが自分たちを虐殺した記憶を呼び起こした。

 新生クロアチアは、クロアチア民族のための国家となり、憲法からはセルビア人ら少数民族は排除されていた。セルビア人はこれに危機感を抱いた。

 かれは当時のセルビア人政党であるSDS(Serbian Democratic Party)の指導者ラシュコヴィッチRaskovicを退け、クライナ・セルビアナショナリズムを扇動した。

 セルビア自治体であるクニンKuninで1990年8月、バビッチはクロアチア人排除を決行し、クロアチア警察を阻止した。同時に、クライナ・セルビア共和国Republika Srpska Krajinaの成立を宣言した。

 セルビアとJNAは、この動きを支持した。

 

スロヴェニアクロアチア武装

 JNAは、両国のTO(Territorrial Defense, 地域防衛隊)を武装解除した。2つの国はこの動きに反発し、スロヴェニアでは、国防省ヤネス・ヤンサが国外からの武器調達を開始した。クロアチアでは警察を軍事化するとともに、警察・軍事部門での非セルビア化de-Serbianizationを行った。

 クロアチア防相マリティン・シュペゲリMartin Spegeljは警察を国家防衛隊National Guardに編成し、JNAの武器庫と兵舎を制圧するようトゥジマンに要請したが、この過激な提案は退けられた。

 シュペゲリらの動向を監視するため、人民軍の防諜局(KOS Counter Intelligence Service)はシュペゲリの友人ヤガール大佐Colonel Jagarを利用し盗聴と盗撮を行った。

 

 連邦幹部会Federal Presidencyでは、ミロシェヴィッチ一派のヨヴィッチJovicが、クロアチア代表のメシッチMecicに詰め寄っていた。JNAは、クロアチアに対し準軍事組織を武装解除するよう要請していたが、クロアチアは拒否した。

 ミロシェヴィッチは、各国の独立は許したとしても、セルビア人居住区域は制圧しなければならないと考えていた。

 [つづく]

 

Yugoslavia: Death of a Nation

Yugoslavia: Death of a Nation

  • 作者: Laura Silber,Allan Little
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