北海道警の裏金づくりを追及する北海道新聞(以下「道新」)の取り組みをテーマにした本。
◆所感
おそらくもっとも自浄能力のない組織の1つである警察の不正を、どのように解明していったかが描かれる。道新の仕事は、政治家、官庁、検察といった不死身の機関に関する不正を追及する際にも参考になると思われる。
疑惑に対する言い逃れ、内部での口裏合わせ、改ざん、書類の破棄など、役所や政治家の行動はどこでも同じである。
警察の悪事をだれも追及できないのであれば、国民は犯罪集団に支配されているということになる。国民という群衆がこのような特権階級を是正するには、民主主義的手段を通じてしかない。
民主主義の前提とは、国民が正しい情報にアクセスし、判断が可能ということである。
報道の役割について改めて確認できる本である。
ただし、本書の続編『真実』(高田昌幸)では、道新上層部が再び警察と癒着し現場の記者を切り捨てた結果が書かれている。
警察の裏金・裏帳簿は有名である。
自〇隊には、広く普及している裏金作成行為はなかった。
ただし、働く上では、パワハラ・セクハラのもみ消しや、政治家の身代わりになるための尻拭い行為、OBを通じた防衛企業との癒着・名ばかり競争入札等に必然的に関与させられる。
警察も自〇隊も、大目的は社会における正義や公正の追求という理念があるはずだが、勤務時間中にはそうした高尚なコンセプトよりも、倫理的に汚い作業に加担する率のほうがはるかに高いと思われる。
自〇隊員として北海道で働いていたときは、周りと同じように自分も北海道新聞を購読していた。
また、本書で出てくる興部(おこっぺ)も、出身の隊員がおり身近な場所である。
導入
道警から内部文書が流出し、捜査報償費と称して、架空の人間に協力報酬を支払ったことにし、それを裏金に回していた疑惑が生じた。
テレビ朝日系「ザ・スクープ」や北海道新聞の報道に対し、道警は文書の真偽が確認できないとして無視を貫いた。
1
道新が取材を続けるうちに次の事実が明らかになった。
警察による捜査報償費、捜査費(国費)、旅費の横領は北海道のみならず全国規模で行われていた。各警察署の会計課が架空の領収書等を作成し、その金は副署長や本部の各課次長が管理する。書類の偽造には、会計課に保管された大量の印鑑や電話帳が使われる。
裏金は主に署長の交際費に用いられ、署長が異動する際には残った裏金が現金で手渡される。署長は交際費や飲食費に使うほか、単純に押領することもある。
一昔前は署長を何回か務めると家が建つといわれたという。
また各警察署の警備課、刑事課などは、本部に裏金を上納し、その金は最終的に警察庁の各課に吸い上げられる。会計監査や検査に際しては、都道府県警本部や警察庁から指導や手引きが示される。
裏金作成の根本原因は、署長の交際費が少なく、祝儀や会合費を賄えないことにある、とあるOBは証言した。一方、捜査費が現場の捜査員のために使われていないことは問題だとも言った。
新任の高橋はるみ知事は当初、県警との関係を重視し、疑惑解明に消極的だったため県民の反感を買い、軌道修正を余儀なくされた。
裏金問題は90年代後半以降全国で問題になっていたが、警察・裁判所はこれを黙殺する等して切り抜けていた。
2
一連の裏金書類については、監査のときも「捜査上の秘密を守る」、「協力者を保護する」ことを理由に、氏名欄を伏せて受検していた。このため、支払先の人物が存在するか、本当に金を渡したのかを確認することはできていなかった。
報道が進んでも道警は無視を決め込んでいたが、現場の捜査員やOB、一部の幹部からはタレコミが相次いだ。当時の県警本部長からも「ぼくもこれで終わりかな」と本音が漏れたという。
領収書に書かれた捜査協力者が存在しない、実体がないとう問題について、道警は「捜査上の秘密を守る」、「偽名を書くこともある」と見解を二転三転させた。
道監査委員による意見陳述でも、捜査上の秘密を守ることを盾に協力を拒否した。
3
高知県警に関する似たような疑惑を追っていた高知新聞は、他に追随する報道もなく単独で記事を発表していた。その間、大手通信社や新聞社はこの疑惑を黙殺した。
道新にたれこみを行う道警職員たちは皆、公安(警備)の尾行や犯人捜しにおびえていた。
道警は道新に対し、他の捜査情報を教えないようにしたり、「アカの手先になったのか」と罵ったりした。北海道新聞を家宅捜索するといううわさも出た。
道監査は協力を得られず、不正は認められないという結論しか出せなかった。並行して、報償費に名前を使われた住民による訴訟が始まった。
これまでの警察不正関連訴訟では、警察側は内部文書の存在を無視する一方、裁判では敗訴しても控訴せず、「協力者保護のために認諾したのであって、不正はない」と談話を発表してきた。
オンブズマン連絡会議幹事の清水弁護士いわく:
「裏金をつくらないと成り立たない組織なのでしょう。裏金をつくって上層部が握る。まるで旧ソ連社会の末期です。旧ソ連は崩壊したけれど、日本の警察はそのまま続いていて、もはや自浄作用はないでしょう」
「ほんとうは国会で追及すべき問題なのですが、だれもない。……政治家は警察にいろんな弱みを握られているからです。さらに問題なのは公安委員会。座っているだけのおひなさまで、機能していません……いまは実務が法律を歪めている。それが実態です」
その後、元旭川署長のOB2名が、不正はなかったが迷惑をかけたくないという理由で現金を返納した。
4
元旭川方面本部長原田宏二が、実名で記者会見を行い、裏金作りが組織的に行われていたことを告白した。元幹部による実名告発に、北海道警のみならず警察庁もパニックとなった。
私は、この問題が出てから、本部長が議会で質問に顔をそむける姿をテレビで見てとても正視できませんでした。総務部長は、かつて、ともに仕事をした仲間ですが、立場上かれが世間の常識では通用しないであろう答弁をしているのを聞き、気の毒で、先輩として申し訳なく思いました。
原田氏の告発により、警察ではあらゆる予算が偽造書類によってプールされ、自由に流用されることが明らかになった。
5
道警や警察庁が形だけの対応策でやり過ごそうとしていたところ、道新は弟子屈署の裏帳簿データを入手した。データは、出納簿、架空のでっち上げ事件一覧を示す捜査費設定書、そして報償費設定書からなっていた。
いずれも主として会計検査院の検査や道監査委員の監査に備えるためだったという。外部の検査・監査にたいして、しどろもどろにならないため、検査や監査の前には「設定書」をひもといて、架空の支出ストーリーを各担当者が頭に叩き込むわけだ。
データから、表向きの会計文書がすべて虚偽であること、捜査費・捜査報償費はいったんすべて裏金になること、幹部にヤミ手当が支給されていることが明らかになった。
その後、裏帳簿告発者である弟子屈署元次長斎藤氏自らが名乗り出て住民監査請求を行った。
6
裏金問題が全国規模となり、国会でも追及されたため、全国各地で不正を認める警察署が続出した。北海道警も、一部不正を認める方向に動き出した。
しかし北海道議会の追及はかわされ、百条委員会も設置されなかった。選挙を控えていた共産党以外の政党は、警察が怖かったのではないか。
7
疑惑が噴出するにも関わらず道警は幕引きを図り、不正は告発者のみが行ったということにし、組織としての責任はないと結論付けた。
身を挺して疑惑を証言したOBに対し、すべての責任を押し付けて幕引きをはかろうとする上層部……。責任は下へ下へと押し付けていく姿勢を、キャリア組2人が、ふたたび鮮明にしたのである。これが警察の体質というものだろうか。
道警の理屈は、協力者保護のために領収書の受取人は公開せず、また部外の調査もいれないというものだった。
「そもそも捜査協力者自体が架空で支出書類はほとんどが偽造というのは、道警内部では周知のこと。末端職員ですらわかる話をいつまで『調査』するのか」
道議会のあまりの無策、無力にたいし、読者からは「これで道議のみなさんは次の選挙で安心して違反ができますね」といった皮肉たっぷりの声が届いた。
この時期、新たに明らかになった「裏金運用要領」の抜粋。
「捜査費を使用する捜査員のなかには、その経理に疑問をもつ者もあり、これらの職員がときとして内部告発となって現れることが考えられることを常に念頭に置く必要がある」
「近時は合理的な思考と率直な平等観念の強い職員が多くなってきており、将来の警察の団結と結束に重大な支障を生じる危険があることを認識する」
「会計職員として不適格と認められる者は英断をもって排除する」
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長い間警察の不正が見過ごされてきた原因として、警察組織の閉鎖性と、報道機関の癒着があげられている。
稲葉事件ににた「やらせ摘発」の問題は全国で起きていた。
もっとも金がかかる銃器捜査で必要な金を現場にまわさず、幹部が懐に入れる。それが実態です。裏金問題の典型です。
稲葉捜査員は自腹を切って協力者をつなぎとめ、やがてやらせ摘発や覚せい剤取引などを通じて資金をまかなうようになった。
一方、道監査委員の特別監査対応のため、架空文書のさらなる改ざんが警察内で行われていた。
「そもそも会計文書の内容自体が架空なのに、それを再度、正しいものだとみせかけるための作業だ。ばからしい」
監査請求担当弁護士の言葉。
「警察は本来、国民の市民生活、国民の生活を守るための組織にもかかわらず、多くの人は、警察はわけのわからないところだ、警察の疑惑なんて追及していると身が危ないよと忠告する、そういう意識が少なくとも私のまわりにあるということに驚いた」
続いて道警は、監査に備えて大量の会計書類を「故意ではなく認識不足で」破棄した。
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その後、警察庁・キャリアの尻尾切り方針で多くの署長が監査にどうこたえるか悩んだが、興部署の署長が首つり屍体で発見された。