著者の2003年時点での認識は2点である。
・アメリカの力の低下
・ロシアの協調
9.11以後、アメリカは求心力を低下させた。イラク戦争における仏独、トルコの不服従はその証拠である。
根本的原因は、アメリカが対外政策のための経済的・財政的手段をもはや持たないことにある。
経済制裁や報復の最初の被害者は合衆国自身である。
日本がドイツと違いアメリカからの独立を指向しない理由は地政学的な孤立である。
ロシア、日本、ドイツ、イギリスの外交的自由の確立が、帝国の時代を終わらせ、より確実な平和を保障すると著者は主張する。
イラク戦争は、アメリカによる演劇的小規模軍事行動だが、アメリカの長期的な先行き……衰退に歯止めをかけることはないだろう。
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◆メモ
納得のいく点もあるが、家族形態から国家の形態や未来を推測する方法(トッドの本業)や、ロシアに対する楽観的な見方、日本に対する過大評価等、同意できない箇所もある。
・農村的家族形態がその国の政治制度を規定するという考え
・ロシアが協調的になるという予測。ヨーロッパと連帯し、アメリカの暴走を相殺する役割を担うのではないか、という見通しが描かれる。
・教育と人口抑制が個人主義・民主主義につながる。
・アメリカは小国相手にしか戦争ができない。また、アメリカは日欧の経済ブロックを統制することなしに生存できない。
2022年現在では考えられないが、本書刊行時(2003)のロシアは今とだいぶ異なる外交方針を持っていた。
ティモシー・スナイダーらによれば、ロシアが反西側指向を強めたのは、プーチン大統領選での苦戦、国内でのプーチン支持率低下がきっかけだという。
なお、トッドはフランス国内では現在取材を受けておらず、日本メディア向けにウクライナ戦争に関する見解を述べている。
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開幕
9.11テロ当時、アメリカはそのソフト・パワーによって世界各国の同情と支援を得た。ところが程なくして、アメリカは自己中心的で攻撃的な国とみなされるようになった。
これはなぜか?
チョムスキー、ベンジャミン・バーバーは、アメリカを悪魔化しており、またその力を過大視している。
一方、ポール・ケネディ、ハンチントン、ギルピン、キッシンジャー、ブレジンスキーらの分析では、アメリカは弱さを抱える国である。
アメリカは自らが無用になることを恐れている。
第2次大戦後、アメリカは帝国となったが、今は逆にアメリカの経済が世界を必要としている。
逆転現象……英米仏という古い民主主義国が寡頭制に変貌しつつある。階級・階層による分断がこれにあたる。
自由主義的民主国家は戦争をしなくなるが、衰退した民主国家は再び戦争に戻ることもできる。
トッドの仮設……
すなわち、世界が民主主義を発見し、政治的にはアメリカなしでやっていく術を学びつつあるまさにその時、アメリカの方は、その民主主義を失おうとしており、己が経済的に世界なしではやっていけないことを発見しつつある、ということである。
アメリカは小さなならず者国家を相手にする力しか持たなくなる。
1 全世界的テロリズムの神話
世界は常に破滅にあると考えられているが、データを見れば、各国の情況は好転している。
識字率の向上と、それに伴う出産率の抑制は、発展の照明である。
識字率が向上すると、伝統的な生活からの意識変化により、一時的に革命や暴力・虐殺が行われ、やがて出産率の低下に至る。
フランシス・フクヤマは民主主義についての認識を誤った。
危機と虐殺は、トッドによれば、安定化への道である。
イスラム圏は全体的には識字率向上すなわち教育の普及と、出産率の低下に向かっており、原理主義的なイスラム主義は退潮している。
混乱と危機の過程として、テロ集団が出現している。
2 民主主義の大いなる脅威
民主主義の原動力は、フクヤマの主張する経済的発展ではなく、教育にある。
教育の普及は個人主義と平等意識を芽生えさせ、ある時期の揺り戻しと混乱(過激派イスラム、ボリシェヴィキ、ジャコバン、ナチズム、ファシズム等)を経て、自由主義的・民主主義的なイデオロギーに至る。
しかし、各国家の近代政治イデオロギーは一律ではなく、その様式は、各国の伝統的な家族形態に由来する。
こうして、同じ民主主義であっても、民族ごとの家族システムに基づき、英米式、フランス式、イラン式、日本式のような相違が生じるのである。
3 帝国の規模
アテネとローマの類推を手掛かりに、アメリカの帝国としての実態を考える。
経済的グローバリズムは、アメリカの経済学者が唱えるのとは異なり、政治的・軍事的な影響力の結果である。
自由主義的経済論は、映画や音楽と同様、アメリカの文化的輸出品目であり、その理想と実態はかけ離れている。
不平等拡大と需要の停滞が、グローバル経済において見られる現象だが、唱道者たちはこの事実に目をふさいでいる。
トッドの解釈……
アメリカは国民国家ではなく、帝国を目指したが、挫折するだろう。
帝国の定義:
帝国は軍事的強制から生まれる。そしてその強制が、中心部を養う貢納物の徴収を可能にする。
中心部は終いには、征服した民を通常の市民として扱うようになり、通常の市民を被征服民として扱うようになる。権力の旺盛な活力は、普遍主義的平等主義の発達をもたらすが、その原因は万人の自由ではなく、万人の抑圧である。この専制主義から生まれた普遍主義は、征服民族と被征服諸民族の間に本質的な差異が存在しなくなった政治的空間の中で、すべての臣民に対する責任へと発展していく。
アメリカは、強制できる軍事・経済力に欠けており、また諸国民を平等に扱う普遍主義に欠けているため、帝国にはなれないだろう。
4 貢納物の頼りなさ
アメリカの軍事力は帝国の維持という点からすれば、常に不足してきた。
建国から現代にいたるまで、アメリカは海軍力・空軍力では他を圧倒してきたものの、地上戦では目に見える結果を出していない。第2次大戦のヨーロッパ戦線は、ロシアの犠牲の上に成り立っている。
ロシアはソ連崩壊後大幅に弱体化したが、いまだに人的犠牲を国民に要求することができている。
一方アメリカは、伝統的な非対称戦争の特徴である、死者なき戦争を強いられている。国民は大量死が伴う大規模地上戦を許容できないだろう。
海外駐留人数の第1位は日本、第2位はドイツ、第3位は韓国であり、これらを帝国の保護領と考えることができる。日独が米国の支払う滞在費用は、伝統的な意味の貢納物といえる。
9.11以前から、一般的なイメージとは逆に、アメリカは軍事力の削減に向けて政策を実施してきた。
なぜアメリカに資本は集中するのか? 軍事力がその背景にあり、金を預けるのにもっとも安全な場所だと考えられているからである。
アメリカ経済の実質は、古典的な金持ちの世界、富裕層が大量の支配人を雇い養う形態である。
株式資本家の増大は、アメリカ経済の現実の成長とは全く比例しておらず、現実にはいわば金持ちたちの膨張のごときものにすぎない。
アメリカ経済は周辺の保護領の同意により成り立っている……EUと日本。しかし、アメリカは普遍主義から後退し、かれらを二級市民として扱おうとしている。それでは帝国は維持できなくなるだろう。
5 普遍主義の後退
帝国は被征服民族を同等に扱い、また同化させることで拡大してきた。
著者は統治の方式を普遍主義(フランス、中国、ローマ、アラブ)と差異主義(ナチスドイツ、アテネ、大英帝国、日本帝国)とに大別する。
アメリカは普遍主義に基づいて諸民族を国民として統合してきた一方、常に差異主義に基づく敵(インディアン、黒人、ヒスパニック)を抱えてきた。
著者は、アングロサクソンの外国人に対する認識は、不安定で曖昧だとする。これらもすべて、家族形態に由来する。
人種間の婚姻率と乳幼児死亡率から、アメリカ社会を分析する。黒人は公民権運動時代後ふたたび孤立しており、また乳幼児死亡率は社会環境の悪さを指摘している。
アメリカは普遍主義を唱えながら、差異主義的な国に変質しつつある。国民は白人、黒人、ヒスパニックに三分割され、外ではイスラエルに肩入れしアラブ人を排斥する。
民主主義国間の必然的な協力関係という仮説は成立しない。イスラエル人の植民がパレスチナ人に残されたわずかな土地に対して、毎日のように犯している不正は、それ自体が、民主主義の土台である平等原理の否定に他ならないからである。
もともとキリスト教右派とアメリカ・ユダヤ人は敵対関係にあったが、近年は反イスラム感情から意気投合するようになった。
不平等と不正への選好というものも存在するものなのだ。
……アングロサクソンの心性は、他者に対する関係については2つの特徴を有する。すなわち包含するために排除する必要があるのだ。包含される者と排除される者の境界は一定しない。
普遍主義を捨てたアメリカは帝国として成立しなくなった。
6 強者に立ち向かうか、弱者を攻めるか
アメリカは、ならず者国家という小国を敵視しプレゼンスを示すことで、自分たちの必要性をアピールしているに過ぎない。
アラブ世界が敵視される原因は、アメリカの石油依存による。また中東の石油は、主要保護領である日欧を統制するためにも不可欠である。
またアングロサクソンとアラブの家族形態・人権意識は対極にある。一時期、アメリカはイスラム世界の女性蔑視にたいして爆撃しているのだ、というような論調さえあった。
アメリカは、日欧やロシアが、アメリカなしでやっていくことを恐れている。
7 ロシアの回復
ロシアに関するトッドの見方は非常に友好的であり、本書での予測は外れたものもある。
・2000年代初頭のロシアは自殺率・殺人率ともに深刻であり、人口減少は国力低下を示唆する。それは長期的には安定化の要因である。
・ロシアは欧米と同種の民主主義には成り得ないだろう。トッドによれば、プーチンのメディア統制や、ロシアのネオナチは、ロシアの奮闘の証拠であり、西側メディアはこうした欠点をあげつらっている。
・天然ガスを持つロシアは自活が可能である。
・ロシアは伝統的に普遍主義を持つ国であり、かつては共産主義イデオロギーが衛星国を統合していた。現在はナショナリズムにより、普遍主義は影を潜めている。
・中央アジア、ベラルーシ、ウクライナをやがて勢力圏に引き戻すだろう。
・チェチェンでの汚い戦争は、アメリカの介入もまた責任の一端である。チェチェンの独立を認めることは、ロシアの解体を認めることである。
・ウクライナは位置的にロシアから離れることはできない。欧州に組み込まれた場合、欧州はその影響力を維持できないだろう。アメリカの支援が望めないからである。
・ロシアを中心とする勢力圏は、「政治体制が複合的であるため、現実的に攻撃的な行動は困難であろうし、大規模な軍事紛争へ参入はかなり考えにくいだろう」。
ロシアは、アメリカの暴走をけん制する潜在的な要因になる可能性がある。
8 ヨーロッパの独立
9.11から1年経ち、アメリカの保護国・属国とみられていたイギリス、フランス、ドイツが次々に反対を表明し、またイラク戦争に関してトルコも基地使用を拒否した。
ヨーロッパとアメリカとは全く別の性質を持つ。
・アメリカは中央統制を極度に嫌い、調節なき資本主義を信奉する。
・日本、ヨーロッパの国民は、国家機構に対してより宥和的である。
・ヨーロッパは経済的・軍事的にもアメリカから独立しつつある。
・アメリカの国際政治学者は、イギリス、トルコ、ポーランドをアメリカの前進基地と考えるが、三国の経済はユーロ圏に組み込まれている。
・アメリカは、ロシア&イスラム圏という敵を必要とするが、ヨーロッパの基本的な戦略は平和である。
・仏独露の人口減少は安定化要因である。
ゲームの終わり
アメリカは国際社会の不安定要因となっており、ロシア、日欧は、アメリカに対抗して結束する可能性がある。
アメリカは消費量を他国に依存しており、日欧経済、資源なしに生存することができない。
トッドは核の拡散による均衡、日本の政治的自立を信頼し、常任理事国加盟をよしとしているが、わたしは賛成しない。