6 軍
・ロシア軍は予算不足と練度不足、装備の老朽化に苦しんでいる。
・2000年の潜水艦クルスク沈没は、ロシア軍の機能不全、政府の危機管理意識の欠如を明らかにした。
・2000年代から、ロシア軍はハイテク化、精鋭化を目指し改革を進めた。いずれは完全志願制への移行が考えられている。
・予算や経済上の限界から、ソ連時代のように軍備拡大することはほぼ不可能である。
・しかし、冷戦思考が完全に消えたわけではない。米国に対し威信を保持するため、戦略兵器(核とミサイル技術)はいまだに重視されている。
・核とミサイルでは、ロシアが真に必要とする局地紛争、非対称戦への対処力を向上させることができない。
・ロシアの敵は、東の中国と南の「大中東」国際テロリズムとなるだろう。特に、テロリズムは軍、政府にとって最大の不安要素である。
・核兵器不拡散と国際テロリズムの根絶は、NATOや米国とも共通する課題である。この点から、冷戦イデオロギーを克服し、NATOと共同することも可能なはずだ。
7 イスラーム
ソヴィエト時代、イスラム問題は水面下で抑え込まれていた。しかし、1979年のイラン・イスラム革命、同年のアフガン侵攻は、ムスリムたちの、反ソ活動を活発化させた。
・タタールスタン共和国の首都カザンは、古来、中東から西洋への窓口となってきた。
・ソ連の崩壊により、ロシアは自国から、約7000万人のムスリムを切り離した。しかし、いまでもロシアにおけるムスリムは2000万人おり、将来的にロシア人を圧倒するとみられている。
・ソ連崩壊とともに、100万人のユダヤ人がイスラエルに、200万人のドイツ人が祖国に流出した。技術者、教育者、法律家等の流出はロシアの産業経済に深刻なダメージを与えている。
・ロシア人の少子化、平均寿命の低下は深刻である。プーチンは、女性の出産・育児への助成金等で対策を講じている。
8 ガスプロム
ガスプロムは、実質的なロシアの国営企業である。パイプラインを利用した東欧、EUへの天然ガス輸出により利益を上げるが、市場への参加ルールをめぐっては意見の対立が続いている。
ガスプロムに限らず、エネルギー企業は独占と支配を目指す。
海外のサッカークラブ(シャルケ)や、国内のメディア、テレビも傘下に入れている。このため、政権を批判するメディアは少ない。
2004年、ウクライナにおいて、親EU派のユーシェンコが大統領となった。これに対抗したロシアは、2006年、ウクライナへのガス供給量を削減し、西欧全体への危機を招いた。
――この先ガスプロムは、いっそう強力になり、いっそう高価格をつけてくるのであろうが、はたしてそれは、素直でない隣人を罰し、そうでないものに褒美をやるためのクレムリンの道具となるのであろうか。
ロシアのガス産業は、欧州と中国の購買力にかかっている。
9 市民社会
ロシアに市民社会が欠如していることはプーチンも嘆いているが、かれら支配者が無条件に民主主義と自由を受け入れることはないだろう。
プーチンと政権与党「統一ロシア」は、権威主義とナショナリズムによって国を統治している。かれらは旧ソ連と同じく、異論者や反体制派を「西側のエージェント」とののしる。
現在のロシアには、ソ連時代のようなイデオロギーはない。ロシアの歴史は、うまく都合のいいところだけをピックアップし、ナショナリズムに適合するよう編集されている。
粛清や強制収容所の歴史は、隠ぺいされてはいないものの、表立って検討はされていない。
ロシア正教は復権を果たしたが、国家とは微妙な距離にある。正教を国教化した場合、2000万人のムスリムたちが抵抗を始めるからである。
10 ロシアとのビジネス
ロシアへの投資やビジネスと、政府の介入姿勢について。
オリガルヒの追放は、ロシアでのビジネスにリスクが存在することを投資家や企業家たちに認識させた。
ヨーロッパは、ロシアからのエネルギーなしにやっていくことはできない。ロシアといかに経済協力し、安定した関係を築いていくかが問題となる。
11 外交姿勢
ロシアの外交姿勢は勢力均衡であり、イデオロギー重視のソ連とは異質である。
主要な敵はアメリカであり、EUの国々に対しては親しみこそ感じているが尊敬はしていない。中国は、対アメリカの観点では同盟となりうるが、不気味な大国と認識される。
ロシアは自らの勢力圏と考える国に対し、外国が介入することをよしとしない。ウクライナでの民主化運動は、外国による工作活動と解釈される。また、ポーランド、バルト三国のNATO加盟は、アメリカによる勢力拡大となる。
ロシアにとって重視されるのは国益であり、孤立を恐れていない。一国……アメリカがすべての物事を決めることを許さない。
資源による帝国主義について。
――クレムリンは、膨張しすぎた昔年のソ連邦の再建などは望んでいない。そのかわりに、中央アジアの天然資源、さらには川下の消費市場をも統御することを望んでいるのである。
――国民国家への道を歩むポスト帝国のロシアは、やれ大国の、やれロシアナショナリズムのとかまびすしいが、実際には世界で一番イデオロギー的ではない国の1つである。
ロシアはヨーロッパではないと自認している。今後も、ただちに西側風の民主主義国家になることはないだろう。
著者は、核兵器不拡散、資本主義、対テロリズムといった共通事項を足がかりに、ロシアと西側が歩み寄る未来もあり得ると推測している。
12
メドヴェージェフはプーチンよりもリベラルで、実用主義者である。しかし、かれが大統領になってもロシアが劇的に変化することはないだろう。
***
2008年、グルジアとの領土紛争は、自らの勢力圏への干渉を許さないというロシアの姿勢を明確にした。グルジア大統領は、NATOとEUへの加盟のチャンスを自ら遠ざけてしまった。EU諸国も、ロシアの勢力圏にある危険な小国を引き入れようとはしないだろう。
ロシアの国家理性……大国としての勢力保持、勢力圏の掌握、国益の追求は今後も継続していくだろう。
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