うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『犯罪と刑罰』ベッカリーア ――現代の刑法思想につながる1764年の本

 本書は、「公共の福祉を保護する責任をおった人びとに、刑法体系の欠陥を指摘」するものである。

 著者は啓示(神)や自然法(道徳)について言及せず、あくまで社会契約、つまり政治的(社会的)正義について論評する。

 この説明は、出版当時(1764年)、教会や王権から強烈な非難にさらされたために加えられた。

 

 

 ◆所見

 刑罰は原則として、自然人としての人間に属するものであり、社会契約を侵害する犯罪に限って科されるべきである。

 宗教と刑罰との分離、拷問や死刑の廃止、罪刑法定主義、「国家すなわち家族」観(パターナリズム)の否定など、今読んでも説得力のある主張が多い。

 一方、市民の完全な武装解除は、犯罪者を助長させるだけとして否定する。

 

 

  ***

 1 序論

 社会は不平等や、一部の者による搾取で成り立っているが、刑罰もまた誤った慣習がそのまま残されてきた分野である。

 

 ……とどまるところを知らない権力の濫用をおさえ、権力者たちが自己の権利のように思って犯してきたあのあまりにもひんぱんな凶悪な暴力行為をやめさせようとする者はあまりにもすくない。

 

 

 2 刑罰の起源と刑罰権の基礎

 刑罰は、公共の福祉、つまり、各人が差し出した自由の供託を保護するためにある。その必要限度を超える刑罰は不正である。

 

 

 3 結論

・主権者すなわち立法者の定めた法律だけが刑罰を規定できる(罪刑法定主義)。

・法律は全成員に適用され、その判断は司法官がおこなう(三権分立)。

・残虐な刑罰は、それが不必要であるから不正である。

 

 

 4 法律解釈

 法律を解釈する権限は、刑事裁判官ではなく、主権者にある。

 裁判官が法を恣意的に解釈運用することは許されない。

 この章は、当時のフランスで裁判官が不正を多く働いていた事実を反映している。

 

 文字通り施行される刑法があれば、国民は自分の不法行為からくるまずい結果を正確に知り、それを避けることができる。これは国民を犯罪から遠ざけるために有用なことである。

 

 また、このことから国民が自由と独立の精神をかちとることもたしかだ。かれらはもう支配者の気まぐれのまみまにただ盲目的に服従する弱さを徳と呼ぶような連中のドレイではない。

 

 

 5 法律のあいまいさ

 わかりやすい語で書かれた、あいまいさのない成文法が不可欠であり、さらに印刷等で国民に広く普及させるべきである。

 

 

 6 未決拘留

 拘留は法律に則って行われるべきであり、正当な理由なく未決拘留するべきでない。また、被告と服役囚を同じように扱うことは、まだ罪の確定していない被告の尊厳を傷つける行為である。

 

 

 7 証拠と裁判形式

・確実な証拠に基づくこと

陪審員は一般市民、同じ階級の者(階級的差別・憎悪を懸念して)

・裁判は公開であるべき

 

 

 8 証人

 刑を受けた者や女性であっても、証人となる資格がある。

 疑わしきは被告人の利益に従う。

 

 

 9 密告

 密告は国民のあいだに猜疑心を呼び起こし、不誠実にする。

 ここでの密告は、無実の罪を言い立てて相手を陥れることを示すようだ。

 

 

 10 誘導尋問

 拷問は最悪な形態の誘導尋問である。

 

 

 11 宣誓

 宣誓は実際的な効果がない。

 

 あらゆる時代の歴史はわれわれに教えている。このとうとい天のたまものほど濫用されているものはないことを。

 

 

 12 拷問

 拷問は野蛮な行為である。当時の拷問は、自白や共犯者発見、余罪引き出しといった目的のほか、「なんといったらいいか、わけのわからない形而上学的、宗教的な理由によって、「汚辱をきよめるため」」という目的も有していた。

 拷問は刑の確定していない者に苦痛を与える一種の刑罰である。

 拷問の無意味さは、神明裁判とそう変わらない。

 

 拷問の責め苦にあっている被告に、自白しない自由がないことは、その昔の被告が、炎や煮え湯の痕跡を詐欺的手段によらず避けることができなかったのと同じである。

 

 拷問は、だから、しばしば、弱い無実の者にとっては断罪の確実な手段であり、頑丈な悪党にとっては無罪放免の手段である。

 

 共犯者を自白させるために拷問することは、真実の発見にはつながらない。

 

 たしかなことは、みずからを(虚偽)告発する人間は、いっそうたやすく他人を(虚偽)告発するにちがいないということだ。

 

 さいごに、軍隊の法律は拷問を認めていない。軍隊というものは、ほとんどの部分が国民のくずで編成されているのだから、もし拷問が認められてよいものなら、こういうところでこそ認められてよさそうだが。……人殺しに慣れ、血に親しんでいるこれらの人びとが、平和な国家の立法者に、より人道的に人を裁くという手本を示すとは!

 

 

 13 訴訟期間および時効

 罪の程度に応じて訴訟期間と時効は調節されるべきである。

 

 

 14 未遂・共犯・共犯密告者に対する刑罰免除について

 司法取引には効果がある。

 ベッカリーアは、たとえ犯罪者であろうと司法であろうと、相手を裏切ることを嫌う。

 共犯者を挙げれば罪を減じようと提案した後で厳罰を科すことは、国として許されない卑怯な行為である。

 

 

 15 刑罰の緩和

 刑罰が残虐であればあるだけ、犯罪者は刑罰を逃れようと新しい犯罪をおかす。

 残酷な刑罰は、犯罪予防という刑罰の目的に対し有害である。

 第1に、どれだけ刑を残酷にしても、犯罪の凶暴化を防ぐことはできない。

 第2に、極端に残虐な刑罰は専制者の残虐行為としかみなされず、安定した制度として維持されない。

 

 

 16 死刑

 死刑の正当性を問う。

 法律は、各個人の意思の総体である。しかし、死刑はいかなる権利にも基づかないものである。

 一般予防の観点からは、死刑より終身刑のほうが持続的な効果がある。

 

 

 17 追放刑と財産没収刑

 追放刑は認めるが、同時に財産没収することは、その者を必ず犯罪に向かわせる結果となる。

 

 

 18 汚辱刑

 

 

 19 科刑はなるべく迅速に、公開の上で

 拘留それ自体が苦痛であるため、判決までに長期間かけることは被告に対する権利の侵害である。

 

 

 20 刑罰の確実さ、恩赦

 刑罰は確実であるべきである。刑罰から逃げられる希望があれば、抑止効果はなくなる。

 対して、恩赦は不要である。

 刑罰が不必要に残酷だから、君主の寛大さや恩赦が美徳とされてしまうのである。

 

 ……法律は情に左右されない厳正なものでなくてはならず、法律の執行者は曲げられない厳格な態度をもたなければならない。これに反し、立法者は寛大で人道的でなければならない。

 

 

 21 庇護権

 領主や教会の庇護権は、社会における法律の力を逸脱したものであるから廃止すべきである。

 国同士の犯罪者の引き渡しについては、いずれより人道的な刑法が普及したときに考えられるかもしれないとする。

 

 

 22 賞金首

 賞金首は、政府と国の弱さ、力不足の現れである。国民は犯罪者を狩るために武器をとり、裏切りや不信がはびこる。

 国民は犯罪者の首を求めて他国の領土に踏み入り、これが領土の侵犯となる。

 

 

 23 刑罰と犯罪のつり合い

 犯罪と刑罰は釣り合っていなければならない。

 

 

 24 犯罪の尺度

 犯罪の重さを図る尺度は、意思ではなく結果であるべきである。また身分を反映すべきでない。神に対する罪は、魂の悪の問題であるから、人間がこれを罰するというのは誤りである。

 

 

 25 犯罪の区分

 

 およそ市民各自は法律に違反しないことならどんなことでもしてよいのであって、かれが気遣わねばならないことは、その行為じたいから結果するかもしれない何らかの不都合以外にない。……私は徳といったが、これはあらゆる強迫観念に屈しない男らしい徳である。人びとはこの徳によって、あのなんにでもすぐ迎合する人びとの徳――つまり、先の知れない不安定な生存に甘んじることのできる気弱な引っ込み思案、を軽蔑することができるようになるのだ。

 

 

 26 大逆罪

 訳注より……アンシャン・レジームにおいては、不敬罪も大逆罪と混同され、極刑が適用されていた。24章で述べたように、著者は宗教的な罪を刑罰の体系から外すべきと考えている。

 

 

 27 私人の安全を侵す罪

 たとえ身分制があり貴族と平民があろうとも、法の前では平等であるべきである。刑罰はそれが社会に与えた影響によって量定されるべきである。

 

 

 28 名誉棄損

 名誉という観念はあいまいだが、世論が大きな力を持つ社会では重要視される。しかし、政治的自由の達成された社会では、名誉観念は解消され、法律は市民を適切に保護する。

 

 

 29 決闘

 決闘を防止するには、剣を抜いたほうを罰することである。

 

 

 30 ぬすみ

 ぬすみの大半は極貧者がおこなう。ぬすみの犯人に財産刑を科せば、その家族は窮してさらにぬすみを増やす結果になるだろう。ぬすみに適した刑罰は懲役である。

 窃盗と、暴力行為を伴う強盗はまったく別種の犯罪として扱うべきである。

 

 

 31 密輸入

 密輸入は市民からは汚辱ととらえられにくい。

 

 すべて感覚をもつ存在は、その認識できる害悪に対してしか関心を持たない……。

 

 密輸入業者に対しては、国庫に貢献させるための労役が必要である。

 

 

 32 破産者

・債権者を守る必要がある。

・詐欺的破産者と善意の破産者を分けること。

 

 人の心の中では、侵害される恐怖のほうが、侵害する意欲よりつねに優勢である。だから人びとは、その第一印象のままにきびしい法律を好む。じつはその法律の支配を受けるのは彼ら自身なのだから、おだやかな法律のほうがかれらにとって有利なのに……。

 

 

 33 公安

 公安業務……治安維持や危険思想の取り締まりが、専制主義にっとて都合のいい道具になりえる。

 

 ほんとうの専制主義はまず世論を支配することからはじめ、世論を動かせるようになると、専制主義のもっともおそれている勇気のある魂を弾圧することにかかる。

 

 

 34 社会的無為

 ここでの無為者は貧しいニートではなく、慈善活動や社会改良運動などを全く行わない資産家を指している。

 

 

 35 自殺、国外逃亡

 アンシャン・レジームでは、自殺は重罪であり、屍体に対し刑罰が加えられた。また、国外逃亡は、「軍事上産業上の人的資源が、国王の許可なくして国外に移住する行為」とされ、不敬罪(極刑)を科せられた。著者はこの双方に反対する。

 

 人は生まれ落ちたときからの印象によっておのずからその祖国に執着するものなのだ。それなのに、その人びとを国内にひきとめるために、恐怖させるという手段しかもたない政府を人はなんと考えるだろう?

 

 とはいえっても真の幸福の基礎は安全と自由なのであって、この2つのないところでのぜいたくの快楽は、民衆のごきげんとりとしての専制のどうぐでしかない。

 

 

 36 証明困難な犯罪

 姦通、男色、嬰児殺等。

 

 

 37 特殊な犯罪

 異端の迫害を否定する。

 

 一国の国民の宗教上の見解を完全に統一するためには、人びとの精神に弾圧を加えて、権力の圧迫の前に屈せずにはいられないようにしなければならないが、このような暴挙は、われわれ兄弟に対する愛と寛容をすすめるあのわれわれのもっとも尊んでいる理性と権威(訳注:聖書のこと)に反し、また権力というものは人間のたましいをいつわりと卑劣におとしいれる以外のなにものでもないことをあきらかにするだろう。

 

 

 38 有効性についての誤解

 武器所持禁止の規則は、平和な市民を無力にし、犯罪者を武装させるだけに過ぎない。

 

 

 39 家族の精神について

 本書では、家族の精神とは、家長への隷従と、縁故主義である。

 家族という身近な共同体からの類推に基づいて国家を形成した場合、国家は巨大な家族となり、家長が独裁をとる奴隷たちの国となる。一方、自由人からなる国では平等と自由が重視される。

 

 ……すべての人間が市民である共和国においては、家族内の従属関係は権力の結果ではなく、契約の結果である。

 

 家族の精神は服従と恐怖であり、公共的なモラルは勇気と自由の精神である。家内的モラルとは幸福な生活を少数の人間にだけ分け与え、公共のモラルは幸福をあらゆる階級に分配しようとする。

 

 こうして、ざんにんな専制主義のもとでは身近な者同士の友愛のきずなはよりかたいものとなる。

 

 

 40 国庫の精神

 

 

 41 犯罪予防

・明瞭な法律

法の下の平等

・司法・裁判所の独立

 

 

 42 結論

 

 刑罰が国民の一人に対する暴力行為にならないためには、それは本質的に公然、迅速、かつ必要なものでなければならず、与えられた一定の事情のもとで適用することができる刑罰のうちでもっとも軽くなければならず、また犯罪に比例した、法律によってはっきり規定されているものでなければならない。

 

 

 おわり