◆メモ
1999年から始まった第2次チェチェン紛争により市民は無政府状態の下に晒された。
本書では「対テロ作戦」、「掃討作戦」によって日々迫害される人びとに注目する。戦争を概説するのではなく、末端の市民と末端の悪党たちの様子を細かく伝えようと努めている。
規律のない軍隊は犯罪集団と化し、またチェチェン人側も内紛や犯罪者、隣人同士の裏切りによって腐敗していく。国内にこのような混乱地帯を作ることで、軍や役人は利益を手に入れ、プーチンは支持率を維持することができる。
著者によれば、バサーエフ、ハッターブらチェチェン過激派はロシア政府の自作自演というわけではなく、かれらが活動を続けていることが、ロシアにとっても都合がよいので、2002年の時点では、あえて生かしていたのだという。
ポリトコフスカヤや、本書に登場する善意のジャーナリスト、軍人、運動家が、危険な仕事をあえて続けられるのは驚異的である。そしてかれらは実際にひどい拷問を受け、殺害される。
このような社会で生きるとは、平穏のために異常な体制に順応して生きていくのか、それとも死と拷問の危険を覚悟して信念を貫くかの選択を、常に迫られるということである。
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プロローグ
――私は書かなければならないと確信している。理由はただひとつ――私たちが生きている今、この戦争が行われている。そして結局私たちがその責任を負うのだから。その時にこれまでのようなソ連式の答えで逃れることはできない。そこにいなかったから、メンバーじゃなかったから、参加していなかったから……などと。
・掃討作戦……チェチェン国内の連邦軍による特別作戦。無法者、テロリストの取り締まりを意味するが、実質的には殺人、誘拐、略奪を意味するようになった。
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1 戦時下のチェチェン
・恒常的な空爆により住居と生活は破壊され、大量の難民が発生した。
・難民キャンプの人びとは、配給されるわずかばかりの食糧のために、隣人を売り、密告するようになった。
――何のために「吊るしてやって」「ちょん切ってやる」のだろうか? それは、ただ、少し前にいる者がほんの半時間ほど早く、缶詰のコンビーフを食べられるからというそれだけだ。人間的な感覚が失われている。心が壊れてしまった。古来のチェチェン精神がここではまったく打ち砕かれていることに気づかざるを得ない。
・難民キャンプを抱えるチリ・ユルトの住民は難民を厄介者扱いしている。
・ヴェデノ地区では掃討作戦による略奪、誘拐、殺人が行われた。男子はテロリストとして誘拐され、引き取るには数百ルーブルを払わなければならない。それが間に合わなければ、かれらは屍体引き取りのためにさらに高額を支払うことになる。
・ジャーナリストの取材を受けたもの、軍や治安機関に対する不満を訴えたものは、隣人の密告により次々と変死した。
・チェチェンにおける軍の不正行為を報告しようとしたポズドニャコフ中将のヘリは撃墜された。そのとき、軍は不可解な特別戒厳令を敷いていたはずなのに。
・コムソモーリスコエ村は2000年2月にゲラーエフ野戦司令官がやってきて、その後連邦軍と戦闘になった。村は徹底的に破壊された。
――人生でもっとも大事なことは? 「カラシニコフ」銃を持った人物から、すばやく身を隠すこと。人間の命の価値? まさに彼らの時代にはそれはゼロに等しくなった。
・コーカサス合同軍、内務省軍、FSBの部隊、警察特殊部隊(OMON)、あらゆる部隊の将校、兵、コントラクトニキ(傭兵)たちが、民家の略奪、誘拐ビジネス、単純な嫌がらせや拷問に精を出した。
ある一家はビールをせびりにきた兵に射殺された。
・選別収容所(Filtration Camp)は、証拠を残さないように廃屋や仮設バラックが利用される。そこで監禁、拷問、殺害が行われる。
――第二次チェチェン戦争の三年目に入ると、廃墟を夜な夜な略奪して回っているのは「犯罪者クラブ」のようなものになっていた。それはチェチェンの刑事犯と、連邦軍の任務を遂行中と称してやはり犯罪を行う軍人の混成部隊だった……今はやりの国際テロリズムの兆候こそないが、まさに民族を超えた真の犯罪インターナショナルは参謀本部や戦略、戦術より強く、だれもその流血行為を止められなかった。
・チェチェン人はならず者民族扱いされた。連邦軍は略奪の際によくモスクに入って糞便を捨てていき、コーランを燃やした。
――「家の納屋には干し草が二百束あった」と老女の隣人が言う。「軍人たちは村のはずれから連れてきた若者を家の納屋に引きずってきて、干し草の束の間にいれてそのまま燃やしてしまったよ」
・連邦から承認を受けたチェチェン共和国初代大統領であるアフマド・カディロフは一連の不正行為を黙認していた。
・スタールィエ・アタギーの村がゲリラ掃討作戦の対象となり、若者は殴打と電気拷問により死ぬか、運が良ければ障害者になった。
――隊長だと思われる男の最初の要求はこうだった。「金と貴金属を出せ!」
モルテンスコイ将軍の指揮する掃討作戦で住民が犠牲になっている間、本物の強盗たち、ワッハーブ派たちは、「いつものとおり、……それぞれの家にじっとしていた」。
・誘拐のほかに、レイプしない代わりに金を払えという事例があった。またある老婆は床下の倉庫に閉じ込められ、出してほしければ金を払えと軍人に指示された。
――この戦争の手法が効力を発揮することがあるとすれば、それはテロを増殖し、新たなレジスタンスの闘士を生み、憎悪をかきたて、血と制裁に立ち上がらせるということだ。
・グロズヌイには取り残された弱者や老人、病人が多く生活していた。国外脱出は危険かつ命がけであり、かれらは家族からも見放されたのだった。
・野戦司令官ハッターブ、バサーエフが死んでも、戦争は終わらない。人びとは「テロから祖国を守っている」軍に金を払い、身内の身柄や屍体を買い戻している。
・チェチェン人の女性を強姦殺害したブダーノフ大佐は、たまたまアメリカなど国際社会の注目を浴びたため、異例の訴追を受けることになった。
***
[つづく]
- 作者: アンナ・ポリトコフスカヤ,三浦みどり
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2004/08/25
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