うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『不死身のKGB』ゲヴォルキャン その2 ――秘密警察に支配された国

 3 保護も権利もなく

 

 ――チェキストは子供のおもちゃなどに関心がないかもしれない。だが彼らはこの国の人間の生命と運命を、どんなときでもつねにおもちゃにしてきた。

 

 ソ連公安機関最大の任務は、体制維持のための内部の敵破壊である。

 

 ――要するにKGBというのは、現政権に反対するものをひとり残らず処分する無制限の権限を備えた機関なのである。

 

 国民の活動を監視し、必要であればかれらを拘束するか、社会的に破滅に追い込む。かつては銃殺や精神病院送りが使われたが、80年代からは控えめになった。

 

 ――「変革の時代」といわれるが、いかがわしい人物が相も変わらず要職にのさばっているのを見るにつけ、私にはとてもそう思えない。

 

 第2次大戦の英雄ピョートル・グリゴレンコ少将は、60年代に体制批判者となったため「精神異常」と診断され逮捕された。しかし、その後も反体制活動を続け、77年にアメリカに追放された。

 ゲオルギー・モロゾフはモスクワのセルブスキー精神病理学研究所所長を長年務め、政敵・体制批判者に精神病患者の烙印を押し迫害に協力してきた。

 

 

 鑑定書の例:

 

 ――グリゴレンコは目下のところ偏執性人格発展の形態をとる精神病および、この症候と結びついた初期の動脈硬化症を患っている。患者の精神状態は政治の改革、ことに国家機構の改革という観念にとりつかれるところに……加えて、自己の過大評価、救世主を演じているとの思い込み……グリゴレンコには責任能力なし、と判断され得る。精神病院での矯正治療が必要である。

 

 医学を弾圧の手段として用いるのは共産主義の伝統である。

 

 ――戦争の4年間、命令されて銃を撃ち続けた兵士たちを体制は恐れませんでした。体制にとって危険だったのは戦争によって人間の尊厳――人間に内在する善なるもの――に目覚めた人びとの存在でした。このことは医学ばかりでなく、文化にもあてはまります。だからもっとも著しい戦後の弾圧は医学と文化に向けられたのです。

 

 

  ***

 4 防衛と自己防衛

 KGBと権力が支配する世界で、弁護士はいかなる役割を果たしたのか。

 ソ連は建前上、司法制度の形態を維持していたが、ほぼすべての裁判は茶番劇だった。政治指導者が方針を決めKGBがそれを執行した。

 弁護士がKGBから選ばれたり、または弁護士不在のまま裁判が進むことが多かった。

 少数ではあるが、政治的迫害やでっち上げに抵抗した弁護士たちも存在する。かれらはありとあらゆる嫌がらせを受けた。

 

 

  ***

 5 政治ジョーク

 

 ――戦時中のこと。パンを求める長い行列に並んだ男が「これもみんなあいつのせいだ」と繰り返し言っている。

 ――NKVDが捕らえて尋問したところ「あいつ」とは「ヒトラー」だとわかった。 

 ――「ところで、あなたはだれのことだと思ったんです?」

 

 

 伯爵家の御曹司という「ふれこみ」で国外諜報活動に生かされることになった新任の話。

 ――「万事まあまあ順調だ。出発してもらおう。ただ、ふれこみの方は変更する。全部ちょうど逆になるのだ。お前は教会の入り口にいる乞食で……」

 

 

  ***

 6 秘密が暴露される

 第1管理本部……国外諜報員は、昔からエリート諜報員の職場とされ、英雄のイメージを保持していた。

 

 ――私が話を交わした諜報員は現職、退職者を問わず、この道を選んだ決定的な動機が、少年時代に夢中になった諜報員に関する本や映画であった、と告白したが、驚くまでもない。

 

 政治的暗殺は1957年を最後に中止されたとされるが、そこには疑問符が付く。

 グラスノスチの時代に、スターリン時代の政治的テロリストの名誉回復が盛んになされている。

 直接的なKGBによる暗殺は減ったが、テロ組織、衛星国への支援は継続した。

 生体実験所は90年代まで存続していた。暗殺道具を開発する秘密研究所もいまだに存続している。

 

 ――……1978年にマルコフ暗殺で「ブルガリアの同志たち」を支援し、その1年後、アミンを倒すためにアフガニスタンへ部隊を派遣したアンドロポフを見れば、「我々は原則としてテロには否定的である」という言いぐさはなんともお笑い種でしかない。

 

・雨傘の先端から青酸毒カプセルを射出する装置を供与する。

KGBの国外活動を知っているのは連邦共産党中央委員会政治局と書記局だけであり、議会は何も知らない。

・クリュチコフが第1管理本部長になって以降(1974年以降)、コネと汚職で職員の質が低下し、寝返りが相次いだ。かれに登用されたシェバルシンも自分の息子を将軍にしたり、重用した部下に寝返られるなどした。

 

 とある関係者の提言。

 

 ――……部長にはKGBと秘密の関係など持たない軍人以外の人物がふさわしいと考えています。たとえば、外務省出身者が来て、諜報部の情報収集業務に新しい基準を定めてくれるのがいいんじゃないでしょうか。……対外諜報部は情報収集に専念し、わが国の政治的・経済的利益に合致した長期構想を練り上げるのに役立つべきです。

 

・不要な国外駐在所が、外貨の着服に執心している。

工作員の評価基準の再検討、議会による予算と業務の検査

・横領と着服、財務書類の改ざんが蔓延している。

 

 匿名人物からの、KGB高官の汚点に関するインタビューを掲載したところ、各方面から抗議が来た。

  ***


 [つづく]

 

不死身のKGB

不死身のKGB

  • 作者: ナターリヤゲヴォルキャン,Natalija Geworkjan,森田明
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