レオン・ブロワ(Leon Bloy)(1846-1917)はフランスの小説家・エッセイストで、同時代のユーゴー、モーパッサン、ゾラなどを敵とみなして攻撃していたことで有名である。
敬虔なカトリック作家といわれるが、慈悲深い説教のようなイメージを期待するとその差におどろく。
ごてごてと飾り付けられた濃度の高い訳文が特徴のブロワの本。すべての出来事や人物は宗教との関連において表現される。
この本の語り手にとって、近代は腐敗した時代である。かれが理想とするのは、中世である。中世に対する極端な憧れが全編にわたって噴出している。
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平凡なあらすじ:
1 無頼漢のシャピュイは、娘を連れたマルシャレ未亡人と同棲していた。
2 未亡人の娘、クロチルドは、貧しくみじめな家で育ち、生活費を稼ぐために画家のモデルをすることになった。
3 画家のガクニョルはクロチルドにまともな服装を買い与え、寄宿生に住まわせる。クロチルドはみじめな生活から救われたと感じ、ガクニョルや作家のマルシュノワール、レオポールらと親交を深める。
4 ところが、無頼漢シャピュイは画家のガクニョルを刺殺し捕まった。クロチルドは、レオポールと結婚した。間もなく貧しさに苦しめられ、生まれた子供は悪臭の中で死んだ。残った2人は転居し、さらに貧しい生活を強いられる。
5 クロチルドとレオポールは貧困の中で暮らす。最後、レオポールは火事の中から人びとを助け出し焼け死ぬ。
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キリスト教徒への迫害は、貧しさと悪臭、不潔という形をともなってやってくる。
――過酷な貧しさによって殺害されたかれは、その数か月前に死んだレオポールの子供と同じ墓地に葬られた。いともつつましい2つの墓は、さほど遠からぬところにあった。そこに憩う死者たちのきびしい眠りは、新たに眠りについた者を運ぶ人びとの足音によって、乱されはしなかった。おお、否、1匹のはえがかれらにつきまとっていた。しかしかれらは心から泣いた。
――まず、この忌まわしい家、恐怖と悪臭の小屋のことがあった。かれらは、すぐにそこから脱出することができず、お金がないために、ここで悪臭のなかの服喪という過酷な状態を強制されたのである。……その悪魔的な恐怖を想像していただきたい。葬儀人夫が子供を棺に納めようとしたとき、クロチルドは、神の涙をもってしても蘇生させえないラザル坊やに最後の口づけをしようとした。しかし、かれを死にいたらしめた厭わしい気体がかわいい顔のまわりに立ちこめていて、かの女は息が詰まりそうになった。
――キリスト教徒、貧しい真のキリスト教徒がもっとも無防備な存在であることは、疑いえぬ事実である。偶像礼拝の権利も意志ももたないとき、かれは何をなしえるであろうか?
中世が終わり、卑しい近代が訪れたことについて。
――中世の数千年は、あなたの保護の聖人クロチルドから、愛徳の熱情を棺のなかまで運んだクリストファー・コロンブスに至る、偉大なキリスト教的服喪の期間でした。
――ルッターという無頼漢は、都合のいいことに、北方的乞食根性の族長たちによって期待されていたのです。……北ヨーロッパは、母なる教会を急いで忘れようとして、この猪の子の糞のなかに入りました。やがて400年にもなるこうした動きと、さきほど正しく定義したドイツ哲学が、プロテスタンティズムの落とした、もっともみごとなうんこです。それは検証の精神と呼ばれていて、梅毒のように生まれるまえに伝染するのです。だから、それはわが国民的天才の直観に完全に優る、などと書く、肥溜めの下で生まれた下劣なフランス人がいるんですよ。
――「中世とは、神の再臨の日までもう見ることができないような、巨大な教会――西洋全体と同じくらい広大な、サバオの十戒を思わせる、千年の法悦のうえに建立された祈りの場です! そこでは全世界が、賛美または恐怖のうちにひざまずいていました。神を冒涜する者すら、また残虐な人びともひざまずいていました」。
中世を理想とする、そもそも全く共感できない狂信に基づいた強烈な非難が続く。
信仰が、このような罵詈雑言と不潔きわまる文体を生み出すという落差がおもしろい。著者の中世信仰が正しいかどうかは関係ない。問題は、貧しい人びとの話をこのように装飾する表現がすぐれているかどうかである。
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――かの女は病気になり、死に瀕した。近所の人びとの喜びはたいへんなもので、それは古代の勝利のプログラムのように展開された。野蛮な喧噪、人喰い鬼の声が夜じゅう聞かれた。奇怪な言葉、悪魔的な笑い声は壁を貫き、不幸な女を……。
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