うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

今年読んだ本についてと、散歩

 2017年が終わるので、今年読んで面白かった本を、思いついた順に並べていきます。

 今月から国外にいるので、こちらではまだ大晦日です。

 

 ◆おもしろかった本

・『The Rise and Fall of the Great Powers』Paul Kennedy

The Rise and Fall of the Great Powers

The Rise and Fall of the Great Powers

 

 『大国の興亡』という翻訳があり、80年代に書かれた軍事史・国際関係史に関する本。

 将来、国際政治を動かすことになる大国の1つとして、著者は日本を挙げているが、現実は著者の予想を尽く裏切る方向に進んでいった。

 

・『海上護衛戦』大井篤

海上護衛戦 (角川文庫)

海上護衛戦 (角川文庫)

 

 担当者自ら「人災」と切り捨てる太平洋戦争の海上交通輸送戦略について。

 指導者の育成……責任回避能力を磨こう……困ったときは国難だ、責任は1億人全員に懺悔させて取らせよう。

 

・『By Trust Betrayed』Gallagher

By Trust Betrayed: Patients, Physicians, and the License to Kill in the Third Reich

By Trust Betrayed: Patients, Physicians, and the License to Kill in the Third Reich

 

 ナチスのT4作戦(障害者安楽死作戦)に関する本。障害者や重病患者に対する安楽死措置は、ナチスの政権奪取以前から提唱されており、当時の医学界では広く受け入れられていた考えだった。

 

・『Into That Darkness』Gitta Sereny

Into That Darkness: An Examination of Conscience

Into That Darkness: An Examination of Conscience

 

 絶滅収容所の所長となったオーストリア人警察官との対話。

 だれが絶滅収容所の責任者・ジェノサイドの加担者になるのか……残虐な人物・犯罪者気質の人物ではなく(そういう人間もいるが)、「並外れて立派な信念は持たない、普通の人間」である。

 

・『沖縄決戦』八原博通

沖縄決戦 - 高級参謀の手記 (中公文庫プレミアム)

沖縄決戦 - 高級参謀の手記 (中公文庫プレミアム)

 

 沖縄戦を戦った高級参謀が戦闘の経過を解説したもので、非常にわかりやすく書かれている。

 無職同士でこの本について話したときの話題……

 八原氏は沖縄赴任前に別の任地で上官ともめたため左遷された。

 長参謀長は威勢はいいが言葉が軽く、南京攻略戦のときに捕虜の取り扱いについて質問され「やっちまえ」と回答をした。

 当時の日本陸軍に持久戦という思想が存在したのか? 軍首脳はあくまで攻勢のための一時待機という考えしか持っていなかった。それは今の日本のボーイスカウトも同様である。

 これはクラウゼヴィッツから続く教義であるというので『On War』を読み始めたらその通りで、「ひたすら防御することは自滅でしかない、機を見て攻勢に転じなければならない」とあった。

 沖縄戦途中での無意味な突撃や、本土決戦での万歳突撃戦略はこの攻勢主義に基づくという。

 

・『The Bosnia List』Kenan Trebincevic

The Bosnia List: A Memoir of War, Exile, and Return

The Bosnia List: A Memoir of War, Exile, and Return

 

 ボスニアスルプスカ共和国との国境にある町で育った人物の回想。

 内戦によって人間の負の部分が噴出し、殺人・拷問・追放が始まる。

 

・『シベリア出兵』麻田雅文

 戦争から撤退するのは非常に難しい。

 

・『America's War for the Greater Middle East』Andrew Bacevich

America's War for the Greater Middle East: A Military History

America's War for the Greater Middle East: A Military History

 

 Amazonでもよく売れているらしい元陸軍大佐による中東軍事介入史。自ら種をまき続けて泥沼から抜け出せない米軍=米国の歴史をたどる。

 このような本を書く人物が陸軍士官学校で講話できるというアメリカは、不思議な国である。

 

・『ふしぎな部落問題』角岡伸彦

ふしぎな部落問題 (ちくま新書)

ふしぎな部落問題 (ちくま新書)

 

 部落問題についての分かりやすい本をいくつか出している。

 

 ――しかし私は橋下氏に問いたい。では、日本で最も血脈主義が貫徹されている天皇制はどうなんですか? と。私が言いたいのは、日本社会では、よくも悪くも血脈が大きな意味を持ち、だからこそ天皇制と部落差別が残ったのではないか、ということである。

 ――意識するしないにかかわらず、私たちは血縁信仰の中で生きているのである。

 

 奨学金説明会で部落民であることを知らされた高校生の話。


 ――はあ? と思って。ぼくはそれまで部落民と障害者と朝鮮人は嫌いやったんです。差別する側、差別者だったんです。

 

・『The Nemesis of power』Sir John Wheeler-bennett

The Nemesis of Power: The German Army in Politics 1918-1945

The Nemesis of Power: The German Army in Politics 1918-1945

 

 ドイツ陸軍がヒトラーによって掌握され、また高官たちが自発的に服従していく過程を記録した本。現在のウィキペディアの記述なども大部分がこの本由来ではないか(著者は同時代の人物で、刊行は50年代前半)。

 

・『太平洋戦争と新聞』前坂俊之

太平洋戦争と新聞 (講談社学術文庫)

太平洋戦争と新聞 (講談社学術文庫)

 

 ――その将校はいきなり、右手を高くあげ天井を見ながら、大声で『国賊朝日をやっつけるのだ』とどなった。

 

 二・二六事件の項で、やたらと既視感のある台詞が飛び出したので笑った。

 

・『リトビネンコ暗殺』ゴールドファーブ

リトビネンコ暗殺

リトビネンコ暗殺

 

 権力の座に就く前のプーチンの様子を垣間見ることができる。

 民主主義を自ら捨てていく市民とはどういうものなのか。

 

 ――……プーチンの好戦的なイメージは、1999年にかれの選挙運動員が積極的に宣伝したものだ。それは大半のロシア人のムードと共鳴した。冷戦で傷ついた国家のプライド、調和と安定をもたらす強引な手腕へのあこがれ、ひとにぎりの大富豪と、貧困にあえぐ大半の国民との格差に対する怒り。それらすべてが、禁欲的、内省的で冷徹なその小柄な男、あらゆる困難を乗り切って勝っていくしぶとい戦士を応援する理由になった。国民にとって、プーチンは鬱憤を晴らしてくれる、待ちに待った人物だった。

 

・『サムソン・オプション』セイモア・ハーシュ

サムソン・オプション

サムソン・オプション

 

 イスラエル核武装過程を取材を通じて明らかにする本。

 「サムソン・オプション」とは……

 

 ――サムソンは旧約聖書土師記の英雄。血みどろの闘いの跡、遊女デリラにだまされてペリシテ人に捕えられ、眼をえぐりだされて、ガザのダゴン神殿で見世物にされた。しかし、最後にもう一度、怪力を取り戻させてくださいと神に祈った。そして「わたしの命はペリシテ人とともに絶えればよい」と叫ぶや、神殿の柱を押し倒した。神殿は崩れ、サムソンは数多くの敵を道連れに死んだ。核武装推進派にとっては、サムソン・オプションとはマサダの悲劇を「二度とふたたび繰り返さない」ことであった。

 

 イスラエルは建国当初からアメリカに執拗に歩み寄り武器供与を求めた。その後、フランスや南アフリカの協力により、秘密裡に核開発を進めた。イスラエルはアメリカや国連の勧告・査察要求を無視し続け、核の運搬能力を獲得した。

 アメリカが見て見ぬふりをした理由……国内におけるユダヤ・ロビイの政治的圧力、「核拡散防止」に向けて実績をあげたい政治家たちの意図的無視、アウシュヴィッツの罪悪感

 イスラエルの核ミサイルは常にソ連核都市に向けられていた。

 では北朝鮮はいま、どこから秘密の協力を受け、開発を黙認されているのだろうか?

 

 

 ◆散歩

 ふらふらと散歩していると飛行場で真珠湾攻撃追悼式典が行われていました。

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 当時の生存者たちも出席されており、戦闘機がやってきて機銃掃射をしたときの様子などが説明されました。

 実際にその場に参加してみると、ここでアメリカ人の庁舎を破壊し、兵隊を殺害したのは「おまえたち」だと強く意識させられ、非常に複雑な気分になりました。

 その後、別の場所で話した日系の退役米軍人は、「自分は気分が悪くなるからアンナ行事(真珠湾追悼式典)は1回も出たことない」とコメントしました。

 日本人か日系人かでも受け止め方は変わり、その中でも個人によって感じ方はそれぞれ違うようです。

 

 滞在先の国では軍が非常に大きな存在であり、社会全体が軍を優遇するようにできています。

 確かに建国過程や第2次大戦を考えれば軍が果たした役割は非常に大きく、納得はできます(とはいえベトナム戦争以降、国内にも迷惑をかけ続けている気もしますが)。

 日本は歴史的経緯から軍をあまり尊重しませんが私はそれは当然だと考えます。逆にあれだけやらかしてまだ優遇していたらその方がおかしいのではないでしょうか。

 今後、ピント外れのオモチャを買って気が大きくなった人びとがゲーム感覚で軍を祭り上げないといいですが。

 

 

 ◆ブラジリアン柔術ムエタイ

 ようやく格闘技を再開する環境になったので、ジムに通い始めています。特にブラジリアン柔術はいままでMMAクラスで基本動作を習っただけだったので、ギを着てやるのは初めてでとても楽しいです。

 目標は筋肉強化、柔術練習、ムエタイ再練習とたくさんあります。

 

 

 ◆サーフィン? SUP? ダイビング?

 2018年は老化にめげずマリンスポーツに挑戦していきたいです。

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『コーカサス 国際関係の十字路』廣瀬陽子

 国際関係を中心にコーカサスの概要を説明する本。

 コーカサスは西を黒海・トルコ、東をカスピ海、南をイランに囲まれた地域を指す。

 南コーカサスアゼルバイジャングルジアアルメニアからなり、北コーカサスロシア連邦の共和国……チェチェン、イングーシ、ダゲスタン、北オセチア・アラニア等からなる。

 

 ◆メモ

 ジョージア共和国(グルジア)を旅行したとき、ドライバーの男性が「Putin- Cannibal(人食い)、Stalin-Terrorist」とコメントしていたのを思い出す。一方ガイドの女性は、ロシアを擁護し、ドライバーをたしなめていた。

 コーカサスは帝国の裏庭ということで中南米のような非常に不運なポジションにあるが、文化や歴史は非常に興味深い。

 

 1 特徴

 コーカサス地域は、次の理由から、国際政治上の重要拠点とされる。

・イランに隣接している

天然ガスの産地である

・民族紛争、多言語、多宗教

 アルメニアグルジアはそれぞれ世界で1番目、2番目にキリスト教を国教化した国であり(4世紀)、アルメニア教会、グルジア正教はそれぞれ独自のものである。

 1915年のトルコによるアルメニア人虐殺問題はいまだに解決されていない。

 

 2 南コーカサス

 未承認国家とは、ソ連時代に自治州だった国が、解体後、国家内国家として存在しているものをいう。

ナゴルノ・カラバフアゼルバイジャン)、アブハジア南オセチアグルジア)、沿ドニエストルモルドヴァ)等。

 こうした国家はロシアが介入するための口実に使われている。

(1)アゼルバイジャン

ナゴルノ・カラバフ紛争……アルメニア人居住地域(国土の2割)の帰属をめぐってソ連末期に戦争が起こり、まだ緊張状態にある。

クルド人問題

・ナヒチェヴァン……アゼルバイジャンの飛び地で、政情不安定である。

北コーカサスの民族、山岳ユダヤ人……アゼルバイジャンは、イスラエルと関係が深い。

(2)グルジア

アブハジア自治共和国問題……ソ連末期に独立紛争

南オセチア共和国問題

・アジャリア……黒海沿岸の都市パトゥミは経済的に栄えているが、ここに住むアジャール人はムスリムである。

・バンキシ渓谷……チェチェン系が居住するため、ロシアが空爆

 

 ――また、ロシアが「アメリカのイラク戦争に目をつぶる代わりに、ロシアのバンキシ渓谷への攻撃には目をつぶる」という取引をアメリカと行ったともいわれている。

 

(3)アルメニア

少数民族……ヤズィディ、ロシア人、アッシリア人

アルメニア人のディアスポラ……本国300万人に対し、2倍の国外居住者がいる。アルメニア・ロビーは欧米で強い力を持つ。

 各国の紛争を支援しているのはロシアである。グルジア領内の南オセチアアブハジアでは、住民はロシアパスポートを持ち、ロシアの国政選挙にも参加可能である。

 

 3 北コーカサス

 北コーカサスでは、ロシアは紛争当事者となる。

(1)チェチェン

チェチェン紛争……第1次1994~1996、第2次1999~2008年まで

・91年、ドゥダーエフの独立宣言をきっかけに、エリツィン内務省部隊を投入、その後94年から紛争が始まった。

・停戦後、穏健派イスラームチェチェン軍閥と、原理主義的な義勇兵との間で対立が生まれ、国内は収拾がつかなくなった。

・99年のチェチェン武装勢力ダゲスタン侵攻、アパート連続爆破テロ事件をきっかけに第2次チェチェン紛争が始まった。

プーチンイスラム指導者カディロフを傀儡政府に仕立て上げることでチェチェン紛争を内戦下させた。

 

 ――「カディロフツィ」はカディロフの息子であるラムザン・カディロフを中心に組織されていた。彼らは、身代金狙いや怨恨による誘拐、拷問、殺人、略奪、強姦など多くの悪質な事件を引き起こし、ロシア連邦軍以上に恐れられるようになっていったのである。

 

・2004年、アフマド・カディロフが暗殺され、息子のカディロフがチェチェンの首相、大統領となった。

(2)ダゲスタン共和国

(3)イングーシ共和国、北オセチア・アラニア共和国

・イングーシ人とオセット人との間に戦争が起こり、ロシアが仲裁した。原因は、イングーシ人がスターリンによって強制移住させられていた間に、オセット人が土地家屋を占有していたからである。

・オセット人は歴史的にロシアと良好な関係にあるため、他のコーカサス諸民族から疎まれている。

 

 4 天然資源

 アゼルバイジャンは古来から石油の産地だった。

 ガスと石油のパイプライン建設をめぐっては、政治的な思惑が重視される。

 BTCパイプライン……バクー、グルジア、ジェイハン(トルコ)を通過するルートで、2006年に完成した。バクーの石油が、ロシアを経由せず欧州に供給されることを可能にした。

 カスピ海は海なのか、湖なのか。カスピ海に接する各国は、自国のエネルギー権益にとって都合のいい解釈を主張する。

 アゼルバイジャンはエネルギー産業から利益を得たが、汚職と不正の横行、生活水準の低さは大きな問題であり、「オランダ化」(天然資源が枯渇したとき、国の基幹産業が何もない状態)を懸念されている。

 

 5 コーカサス三国

 アゼルバイジャンのアリエフとグルジアのシュワルナゼ……ロシアから距離を置く政策。

 アルメニアは安全保障上ロシアに依存しているが、一方で欧米に対し親しみも感じている。

 1996年結成されたGUAMは、グルジアウクライナアゼルバイジャンモルドヴァによる政治経済的協力グループである。方針は、民主化、ロシアの影響力排除、親欧米トルコ、EUおよびNATOとの協力、EUへの統合である。

 2003年、グルジア民主化デモがおこりシュワルナゼが逃亡した。これは「バラ革命」と呼ばれる。ウクライナと同じく民主化デモを支援したのは欧米のNGOだった。

 革命によりサアカシュヴィリが大統領に就いたが、経済状況は悪化し、政治的な不正も是正されず、状況は悪化したといえる。

 民主化の失敗により、グルジアでは反米感情が増大している。

 

 6 欧米、トルコ、イラン

 米国はコーカサス三国に支援を行っており、理由は次のとおりである。

・エネルギー

・ロシアとの地政学的関係から

・人権外交

 特にグルジアはEU加盟に熱心だが、実際に三国がEUに統合される可能性はほぼないと思われる。

・経済援助

・紛争解決

民主化支援

 NATOと三国の接近に対して、ロシアは警戒している。

 トルコ……アルメニアとは険悪であり、アゼルバイジャンとは民族的に近いこともあり関係が深い。

 イランには本国の2倍以上のアゼルバイジャン人が住んでおり、イラン人口の25%を占める。かれらはイラン社会で高い地位を占めており、独立や統合の動きはない。
 イランとアゼルバイジャンとは、競合関係にある。しかしイランとアルメニアグルジアとの関係は良好である。

 

 今後

 現在、コーカサスは小康状態にあるが、問題は継続するだろう。

 

 ――現在、南コーカサスの三国は、自国の体制を「欧米スタンダード」に近づけ、欧米諸国との親密化を図っているが、度を超すようなことがあればロシアの懲罰を避けられないし、ロシアに依存しすぎれば国家の独立性が保てず、国際社会からも孤立してしまう。

 

 内政については、「民主化、選挙の公平・公正化、言論の自由の拡大、汚職や腐敗の撲滅、人権尊重」等の改善が必要である。

  ***

 ◆メモ

 特にロシアからの影響が強い地域であり、ロシアの外交政策をよく知る必要がある。

 また、地域大国であるイラン、トルコがどのような指針を持っているかを知ることも、コーカサスを考える助けとなる。

 

コーカサス国際関係の十字路 (集英社新書 452A)

コーカサス国際関係の十字路 (集英社新書 452A)

 

 

『オウムと私』林郁夫

 著者はオウム信者であり、地下鉄サリン事件その他の犯罪に関与したため無期懲役の判決を受けた。

 本書では、生い立ちから、医者として働く生活、オウムへの入信、犯罪への加担までが書かれる。

 全編にわたって、オウムの細かい教義や、ワーク(修行)の説明が続き、大変分量があり、読むのは大変である。

 

 著者は、生きるとは何か、人生とは何か、世界に貢献するためには何ができるか、といったテーマを常に抱えていた。そのため、心臓外科医になったが、やがて阿含宗という新宗教に入信した。その後、オウムに移った。麻原も阿含宗にいたことがあったという。

 治療や手術を通して人を助けることでは満足できず、修行や宗教的な活動をとおして、精神的な救済を達成しようとしたようだ。

 

 しかし、決して無知ではない人物が、麻原のようなうさんくさい人物に帰依したのは不可解である。

 オウムへの出家を決心した著者は、病院を辞め、家族と一緒に出家した。

 その後、修行やオウム病院の経営(野方AHI)、選挙活動に励むうちに、組織が拡大していく。

 坂本弁護士失踪事件や、信徒のリンチ殺人、信徒の家族の拉致、サティアンでの異臭騒ぎ、サリン検出など、オウムの正当性を疑わせるような出来事はいくつもあった。しかし、著者は自分に暗示をかけ、オウムの活動や麻原に対する疑念を打ち払おうとした。

 

 著者が実際に関与したのは、野方AHIでの温熱治療(負傷者が出た)、ニュー・ナルコ(薬物を使った洗脳尋問?)、ポリグラフ検査(検査結果をもとに、スパイ容疑をかけられた信徒が殺害された)、假谷さん拉致への加担、地下鉄サリン事件でのサリン散布である。

 

  ***

・著者は、オウム真理教を、「教祖とその弟子集団」のイメージで見ていた。また、不当な弾圧を加える国家権力を想定し、初期キリスト教にイメージを重ね合わせていたのかもしれない。

 この本によれば、グルとその弟子とが個人的に奥義を授けるという形態は、チベット仏教ではよくあるものらしい。

・オウムの修行形態……麻原や教官たちが弟子を指導する形式から、手っ取り早く資格者(悟った者?)を増やすため、シールドルームでのヘッドギア電波・電気ショックによる悟り注入の形式へ(火傷が続発)。

・麻原たちは中国やチベットに研修旅行に行った。そのとき、麻原は自らを朱元璋の転生だ、等と告白した。

・麻原の武装組織方針……省庁制導入による指揮系統の整理、ロシアからの武器輸入、ロシアでの拠点構築、サリンやVXガスの製造など。

・オウム信徒は強烈な被害妄想にとらわれるようになった。

 麻原や村井、遠藤、中川、青山ら、幹部たちはサリン製造や殺人の事実を知っていたが、かれらは、「サティアンの近隣からサリン攻撃をしかけられている」、「国家権力が弾圧しようとしている」、「阪神大震災はアメリカの兵器による可能性が高い」、「創価学会がオウムをつぶそうとしている」等の陰謀論を垂れ流し、著者もそれを信じていた。

・麻原が著者を地下鉄サリン実行犯に命じた理由は次のように推定される。

 元々阿含宗での活動期間を合わせると、林は麻原よりも宗教的な造詣が深かった。また、医者としての知識を持っており、医学上のことについては麻原に反論した。

 また、池田大作を罵倒し、一般人を拉致する麻原の行動は、林が抱くオウム真理教のイメージ……「修行を通して精神的に救済し、その教えを人びと全体に普及させる」というものとかけ離れていた。

 麻原は、林に絶対的帰依が欠けていることを見抜き、過酷なテロを命じたという。

 

  ***

 地下鉄サリン事件後、自転車を盗んで逃亡したがすぐに捕まった。かれは当初、実行犯であるとは考えられていなかったようだ。麻原の黙秘指示や青山弁護士(オウム幹部)の組織論理に幻滅し、テロの全貌を自供した。

  ***

 

 ◆メモ

 ほかのオウム幹部と同じく、林もエリートの医師だった。

 本書を読む限りでは、かれは精神的な空虚や孤独につけこまれたというよりは、自発的にオウムの教義に賛同し入信したように感じられる。

 宗教的な過激派に入る者の多くは、社会で孤立しているか、個人的な問題を抱えている、という傾向がある

 アルカイダやジハード団の構成員の多くが、高学歴や先進国出身者で占められていたのと似ている。

 林は医師として勤務し、家族もいたが、外面からはわからない問題があったのだろうか。

 あるいは、オウム信徒よりも、麻原とその組織に根本的な問題があったという考え方もある。

 どんな人物であっても、多少非合理的な信仰を持つのはおかしいことではない。オウム幹部たちが信仰したのが、穏健な宗教ではなく、犯罪性を持つ武装組織だったことが決定的な違いだった。

 

 それでも、麻原の風貌や、空中浮遊、尊師マーチ、オウムアニメ、幹部や信徒たちの映像を見て、何も思わなかったというのは理解が難しい。これらを真面目に受け取って、感動し、帰依する人も存在する。

 世の中には自分とは考えの違う人たちもいるということを理解しなければならない。

 

オウムと私 (文春文庫)

オウムと私 (文春文庫)

 

 

歩兵はパレードする

 兵隊によるパレードの準備には3か月以上かかるため、この間、たくさんの作業員が全国から集められ、ひたすら行進や会場運営の練習をすることになった。また、大量の燃料、食糧費、移動費を消費した。

 わたしはパレードの意義が見いだせず、同じ人数を集めればほかに何か有意義なことができるのではないかと思っていた。銃剣振り回しスポーツ以外にも、探せば何かあるはずだ。

 

 先日、年配の無職同志と話しているときに、この話題になった。

 無職同志は、1941年11月、ドイツ軍がモスクワまで迫ってきている緊急事態のなかで、スターリンがパレードを決行したことを引き合いに出した。

 

 ――11月、スターリンは地下鉄において演説を行った。また、アルテミエフ(モスクワ軍管区司令官)、シニロフSinilovらモスクワ防衛の指揮官に対し、例年どおり11月7日革命記念パレードを行うよう命じた。パレードは成功し、市民と兵士は一体感を味わった。

 ――劇場や音楽会も、爆撃を恐れず平常通り実施された。こうした士気高揚は成功し、やがてソ連軍反撃の起点となった。

 

 パレードは、軍の練度を示し、士気を高揚させるという一定の効果があるという。なるほど確かにそういう目に見えない効果もあるかもしれないと思った。

 

 ところが今年のパレードは台風接近により中止になった。わたしはWEBサイトで知ったが、おどろいたことに延期ではなく中止ということだった。

 週明け、無職同志は次のように話した。

 スターリンはおそらく積雪を気象兵器(現在は国際条約(ENMOD)で禁止)で抑制しパレードを強行したが、一方この国のパレードが台風で中止になるのは、それはその程度の実力だということである。

 さらに、特に日程を延期するわけでもないということは、つまりパレード自体あってもなくてもいいということである。

 わたしはなるほどと思った。

 

 わたしたちのパレードは一般客が入れるわけでもないので、広報や採用活動に効果があるかも疑わしい。

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 アメリカ軍やイスラエル軍は――わたしはこれらの軍の活動に全く賛同していないが――パレード(正式な閲兵式)を無意味と考えてほとんど実施しない。かれらにはかれらの本来の仕事があり、無駄なことに税金と人力を使うのは間違いだからである。

 宗主国からきた無職同志は、無駄な行進練習を見て頭を抱えていた。

 

 作業員の存在目的は何なのだろうかと考えた。

 パレードをはじめとする数々の、ほぼ無意味なイベントや作業は、目的にかなった、合理的な活動といえるのだろうか。

 作業員たちが間抜けなことをやっていないかチェックしなくていいのだろうか。それとも、よく知らないが、かれらはちゃんとやっているに違いない、という非常に前向きな信仰があるのだろうか。

 この件に関していえば流れを止められるのは政治と出資者だけである。