うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『チェチェン やめられない戦争』アンナ・ポリトコフスカヤ その2 ――無法者と劣悪軍隊の違い

 2 ロシアの現実

・イングーシ共和国のアウシェフ大統領は、チェチェン難民の受け入れを表明した唯一の隣国だが、連邦政府からにらまれ、強制的に辞任させられた。

 後任者は、FSB(連邦保安庁KGBの後継機関)将官ジャジコフだった。イングーシはただちに難民の強制送還と国境封鎖を実施した。

連邦軍の兵たちは、自分たちの憎しみから、チェチェン人に対し略奪、暴行、殺害を行った。チェチェンに派遣された兵は凶暴化しており、またチェチェン人をひどく恐れていた。

 

 ――我が国の文化人たちはおとなしい。静かで穏やかだ。ヒムキのこのポグロムに対して我が国の演劇協会はあまりにあきらめきった反応しかせず、まるでモスクワに住んでいる影響力のある、自由主義を標榜している大勢の役者や、演出家など存在しないかのようだ。

 

・ロシア軍内での強盗、暴行殺害はすべて隠蔽される。徴兵された兵士は帰れず、母親が訴えると部隊長は兵隊たちの戦地手当を半分よこせと脅す。

 

 ――チェチェンという名を付けた特別事業によって国全体が堕落させられてしまい、ますます感覚を鈍麻させつつ社会は残虐なものになってきている。ロシアでは人間の命の値段がそれでなくても極度に低かったのに、今ではそのまた何万分の一にも落ちてしまった。

 

チェチェンスーフィー主義のイスラームが普及した地である。また人びとはヴィルドと呼ばれるクランによって団結している。カディロフのようなムッラーよりも、各地域の長老や指導者が力を持つ。

・カディロフは以前からメッカ巡礼資金を横領するなどの前科があり、ロシア側についたことで国民からは完全に見放されていた。

チェチェン人に温情を見せた大尉は解雇された。空爆中のグロズヌイにおいて、老人ホームから老人を救出した内務省軍の大佐は勲章をもらえなかった。なぜならこの大佐はイングーシ人であり、また人を救助することは英雄の行為ではない。

 

 ――国益優先で、慈悲心という言葉が制度からだんだん締め出されている現実をすでに私たちは目にしているではないか。権力は自国民に対して残虐さに基づいた行動原理を与えようとしている。抹殺したことを称える。殺人の理屈――権力にとって理解でき、そして権力が宣伝している論理だ。英雄になるには殺さなければならない、というわけだ。

 

 ――戦争の七年目の終わり、そして第二次戦争の2年目にしてチェチェンはまさにうまい汁を吸うことができるドル箱となっていた。ここでは軍人が異例の早さで昇進し、長い長い褒章受章者のリストが作られ、特別の称号や階位がふんだんいふるまわれていた。大事なのは誰でもいいからチェチェン人をタイミングよく殺し、その遺体を必要な時に必要な場所に提示することだ。

 

 チェチェンにおける勲章受章者の数と「ロシア英雄」の数は「公務用」として公開されなかった。

 

 

  ***

 3 この戦争は誰にとって必要なのか

 コソヴァン大将率いる特別建設総局(GUSS)は、軍事関係の建設業務を担う部署である。他に住宅使用総局(KEU)がある。

 チェチェン関係の資金はすべてかれが経営する建設産業総局(GUSP)に回るため、土木建設事業によって利益を得ることができる。

 軍人でありビジネスマンでもある将軍と新興財閥は、終わらない戦争によって利益を追求する。

 チェチェンの石油は、連邦軍の利益となり、そこに連邦軍の協力者である石油泥棒たちが群がった。かれらはパイプに穴をあけ、オイルを溜め、その後ガソリン輸送車で輸出する。

 

 共和国の石油を管理するはずの部署は現在無力化されている。石油の利益は共和国に一銭たりとも還元されていない。

 

 ――チェチェンからは毎晩、数千トンの石油と石油製品が違法に運び出されている。ところが我々は文房具さえ買えないでいる。

 

 ――モスクワがチェチェンに求めているのはただ1つ、無秩序を維持すること。混乱は儲けにとっては好都合だ、管理された混乱ほどより多くの配当をもたらすものはない。

 

・カディロフや役人は縁故による登用を行い、架空の孤児院を設置し家具や寝具をせしめている。

・野戦司令官たち……東洋派のバサーエフやハッターブはサウジアラビア式のイスラームを普及させようとする。マスハドフやゲラーエフは、西欧式の近代主義を採用しようとする。このためかれらは互いに反目している。

・第三勢力は連邦軍への憎悪からゲリラ戦を続けるだろう。連邦軍は、戦争継続の為に、国民から見放されたアラブ派……バサーエフやハッターブを見逃し続けていた。2人が殺害された後も、ゲリラ戦が継続した。

 

・アナン事務総長はチェチェンからの訴え(ヒューマンライツウォッチを通じた)を黙殺した。なぜならかれの頭にあるのは事務総長の椅子だけであり、常任理事国であるロシアの機嫌を損ねることなど考えられないからだ。

 

 ――コフィ・アナンがその椅子と引き換えにしてしまったチェチェンはどうなったのか? 相も変わらず、恐怖と、欺瞞、テロの波にのまれている。

 

・イングーシ共和国におけるアウシェフ大統領すげ替え作戦時の取材の様子が書かれている。

 連邦は自分たちに都合の良いFSB将官を大統領選で勝たせようとしていた。

 

 ――「あなた方が何をやろうと、ジャジコフ(連邦政府の差し金)が大統領になるんです。モスクワが決めたんだ。ほかの選択肢はない。選挙でえらばれなければ、任命するだけだ」

 

 ――「あなた方の候補(ジャジコフ)の長所を話してください」

   「大事なことは、ほかの人たちと比べて透き通らんばかりに汚れのない人だということです」

   「どうして、そうお考えなんですか?」

   「なぜかというと、あの方は透き通らんばかりに汚れのない部門(FSBのこと)から来た方ですから」

   なるほど、だが程度と限度というものがあるのでは……。

 

・軍や治安機関のなかには良心を持った人物もいる。しかし、組織全体の腐敗には到底太刀打ちできない。かれらもまた、悪党たちと同じように戦争によって殺害される。

 

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 エピローグ

 チェチェン独立派穏健派指導者アフメド・ザカエフとの対話。

 かれはまだ生きているという。

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チェチェン やめられない戦争

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