報道統制の進むロシアで調査報道を続ける「ノーバヤ・ガゼータ」を追う本。
この新聞は元々、ソ連機関紙の1つだった「コムソモーリスカヤ・プラウダ」の記者たちが独立して設立したものだった。
業績不振や権力からの圧力で危機に見舞われたが、現在もゴルバチョフを株主として刊行中である。
エリツィン時代の守旧派クーデタ発生時に、どちらにも与しない中立的な報道が支持され、部数を伸ばした。
ところが、チェチェン紛争をきっかけに、エリツィンはメディアの報道統制を進めた。
プーチンはさらにその路線を進め、テレビは政権・治安機関、チェチェンについて批判的な報道を一切することができなくなった。
活字メディアはまだ厳しく管理されていなかったが、「ノーバヤ・ガゼータ」の記事は権力者たちを怒らせ、ジャーナリストが次々に殺害される事態となった。
・チェチェン紛争に関して、プーチン、軍、FSBは政府側の残虐行為を隠蔽した。
・プーチンに忠実なチェチェン共和国のラムザン・カディロフ政権は、誘拐や拷問・殺人を繰り返し、部下の民兵たちに身代金ビジネスをさせた。カディロフに批判的な記者や活動家、市民が多数殺害された。
・ロシアでは地方の権力者がマフィアであることが多い。また、FSBはマフィアと協力することがある。ローカル・マフィアの汚職や腐敗を暴露した場合、ただちに殺し屋が派遣されることがある。
・アンナ・ポリトコフスカヤはチェチェンの事実を伝えようと努め、多くの人びとから支持されてきた。
政治家やマフィア、警察、FSBによる暗殺、犯罪が蔓延しているが、かれらが法で裁かれることはほぼない。
***
大部分の人びとにとって恐怖となるのはテロであり、イスラーム過激派である。
国民の多くはプーチンを支持している。
――いや、ロシアの大部分のジャーナリストたちにとって、暗殺なんて別世界の話だ。なぜなら、政権にサービスするジャーナリストがほとんどだから。彼らには、高い報酬と安楽で快適な寝床が約束されている。それ以外の、権力批判を恐れない我々のようなほんの一握りの少数派だけが命を狙われているのだ。
***
プーチンはメディア経営者や大株主に圧力をかけ、政府系企業や政府にメディアを独占させた。また、敵対する新興財閥を取り締まり、反対言論を封じた。ロシア経済を混乱させていた新興財閥の取り締まりによってプーチンは国民の支持を得た。
――……国粋主義、排外主義が吹き荒れるロシアで、ネオナチの犯罪を暴き自国の戦争犯罪被害者を助けようとする者は、圧倒的に少数派である。
***
テレビジャーナリストだったカーネフは、テレビ業界にいられなくなり、「ノーバヤ・ガゼータ」に在籍している。
――そもそも、警察官も含めたロシアの公務員、官僚たちの汚職、贈収賄は今に始まったことではない。いわばソ連時代から続く悪弊で、「仕事をスムーズに回すための潤滑油」であり、「必要悪だ」と言い切る者さえいる。
ところが、プーチン時代に入ると、汚職はいうに及ばず、ギャング団顔負けの悪質な犯罪が警察官の間に蔓延するようになる。これは、警察を始めとした治安省庁関係者(シロヴィキ)が、プーチン政権下で強い権限を握るようになったことと密接に関係している。
旧KGBの諜報員出身であるプーチンは、大統領就任後、政権の中枢を旧KGB関係者で固め、内務省やその管理下の警察官僚、軍人なども優遇した。
***
2004年9月に北オセチア自治共和国で発生したベスラン学校占拠事件では、政府による情報統制が行われ、不都合な事実が隠蔽された。
・人質の数は300人弱と報道されたが、実際には1200人を超えていた。
・特殊部隊は当初から突入を考えていた可能性が高い。そのため、人質の人数を少なく報道した。
・テロリストの要求を絶対に報道しないよう統制した。
・突入には戦車、燃料気化爆弾(シメーリ)が使われた。人質犠牲者の多くが、特殊部隊の攻撃によって生まれた。後の裁判で、政府側はこうした重火器、広範囲殺傷兵器の使用を認めた。なお、燃料気化爆弾は国際条約で禁じられており、ロシアも批准していた。
・遺族の会に対し、政府は当初、金銭やアパート等を与え懐柔しようとした。態度を変えない遺族に対しては恫喝や嫌がらせを行った。
***
――現在のロシアにおいて、リベラル派は圧倒的に少数である。それは、エリツィン時代、「リベラル派」を自称した政治家たちに国民が煮え湯を飲まされたからだ。自由で平等な社会の実現を約束した彼らが国民にもたらしたものは、混乱と無秩序、そして貧困であった。
***
本書は特にロシア社会の暗い部分に注目しているが、なぜロシア国民の多くはは、いまもプーチンを熱烈に支持しているのだろうか。
考えられる原因として……
・テレビ・インターネットを中心とした報道統制
・諦めと民主主義に対する幻滅
・強いロシア復活のイメージ
このような社会で、命を危険にさらしながら報道を続ける人間たちは驚異である。
経済的な独立、資金面での独立が、自由な言論に不可欠であることがわかる。同時にそれを達成するのは非常に困難である。