在日韓国人の著者が、韓流スターのファンに向けて、兵役制度とその実際についてわかりやすく説明する。
わたしは映画で観たウォンビンやイ・ジュンギ、有名なペ・ヨンジュンくらいしか知らないが、芸能界と兵役との関わりは、日本にはない独特の要素である。
兵役制度だけでなく、韓国社会の特徴についてもいろいろと考えさせられる点がある。多様性の欠如、個人よりも共同体を重視する傾向は、日本の社会にも通じる。
兵役は、軍隊と国家が、人間の人生に非常に大きな影響を与える制度である。それだけに、国家とは何なのかについて考える機会も、必然的に多くなるのではないか。
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1 兵役の仕組み
・韓国男性は、高校卒業後兵役対象者となる。29歳までに兵役の義務を果たさなければならない。
・担当部署:兵務庁
・軍種:
陸軍 21か月
海軍 23か月
空軍 24か月
海兵隊 21か月
・兵役の種類
第一国民役
現役
予備役:除隊後
補充役:警察、消防、企業等での代替勤務
第二国民役:現役服務は無理だが戦時に支援業務
兵役免除:身心、外国在住、扶養家族、戦死した親等
再検査対象
・兵役プログラム
現役軍務
4年間の動員訓練
2年間の郷防訓練
民防衛訓練(40歳まで)
・代替服務制度
義務警察
社会服務要員
・休暇の種類
年暇
公暇:けがや病気
請願休暇:冠婚葬祭
特別休暇:表彰や慰労
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2 芸能界と兵役
兵役は男子の義務だが、実際は行きたくないと思っている人が多い。そのため、兵役逃れの問題に国民は敏感である。
・2000年代に芸能人の兵役逃れが問題となった。
・軍にいながら芸能活動を行える芸能兵制度は、不祥事が続き廃止となった。
・五輪メダリストやスポーツで優秀な若者は、国威発揚に貢献しているため、兵役を免除される。もしくはスポーツ部隊で練習を続けられる。
2年間のブランクはアスリートにとって致命的となるからである。
・一方、芸能人はその個人に注目が集まり、直接、国家への貢献となるわけではない、とみなされている。
・現実として、もっとも兵役逃れが多いのは特権階級……財閥の家族、政治家とその家族、軍高官の家族などである。
・財閥経営者二世の5割が兵役免除であり、また政治家の息子の免除率は一般社会の4倍以上高い。
・ウォンビンは入隊したがけがで途中除隊し、反省のため3年間程度活動を自粛した。
・兵営における暴力、いじめ、不祥事はいまも健在であり、国防省はこうした問題の解決と、軍のイメージアップに努めている。しかし道のりは長い。
・朝鮮王朝時代、芸能人は最下層の身分だったため、かれらをさげすむ風潮がまだ一部には残っている。
――韓国ではまだまだ、国や地域や家などの集団の価値が個人よりも上であると考える傾向が残っており、芸能人のように個人で目立つ存在を寛容にみる視線は少ないといわざるをえません。
よって、芸能人は「公人」として、一般人と同じ義務を果たすべきであるとして、兵役に関して厳しい視線が注がれている。
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3 軍隊生活
徴兵検査後、志願によって空軍、海軍、海兵隊を選ぶこともできる。
新兵訓練所では携帯電話は禁止される。
・訓練内容
小銃の操作と管理
射撃予備訓練
警戒勤務・歩哨
救急方法
催涙弾対処
手りゅう弾
射撃訓練
戦闘訓練
野営訓練
行軍
・給食の質は近年徐々に向上している。
・階級
二等兵 3か月
一等兵 7か月
上等兵 7か月
兵長 4か月
・素直ではきはき、謙虚、気が利く人間が生き延びる。傲慢な人間、学歴や生まれを誇示する人間はいじめの対象となる。
・兵長は職業軍人である将校とうまくやっていかなければならない。
・配属先によって勤務の厳しさは変わる。
国境地帯近くの僻地は厳しいが、都市に近ければまた状況は変わる。
・軍隊は階級と年次が絶対の世界である。
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4 兵役を前向きに考える
・韓国軍は2015年時点で63万人だが、2022年までに52万人に減らす計画である。
・スターにとって、愛国心がないと思われるのは致命傷である。
・近年の芸能人は兵役に積極的である。2年間のブランクを克服することができる。
・若者はN世代(ネットワーク世代)と呼ばれ、また「サンポ世代」(三放……恋愛就職・結婚・出産を放棄せざるをえない世代)とも呼ばれる。
――韓国は多様性があまりない国です。社会が誰にでも、1つの価値観を押し付けようとする傾向が強いのです。
それだけに、韓国人は自分の主張がはっきりしているわりには、人の目を気にしながら生きています。
・韓国社会の強みは、エネルギーに満ちていることと、スピーディであることである。
・軍は、兵役期間中の自己開発プログラムに力を入れている。
・俳優のヒョンビンは、精鋭部隊である海兵隊を志願し無事服務した。かれはその後のキャリアで筋肉や体力を生かした役柄にも挑戦している。
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5 その他
・海兵隊出身者は一目置かれ、就職でも有利になる。
・公共服務は一段下とみなされ、年配者から渋い顔をされることがある。
・居酒屋で一番盛り上がるのが兵役時代の話題である。
・配属先はコンピュータで無作為に決められる。任地によって厳しさに差があるため、公平を期すためである。
・今後、社会服務要員を増やすべきである。兵器のハイテク化により兵隊の必要数は減っており、また有能な若者を適職につかせないのは大きな損失である。
・兵隊は給料をPXのお菓子に使うことが多い。
・夜中の警戒勤務は寒くて眠くてつらい。
・休暇中は軍服で外出しなければならない。
・スターが極端ないじめにあうことは考えにくい。
――自慢話になるじゃないですか。除隊して社会に復帰したときも、『スターの〇〇と同期になって一緒に軍務をこなしたよ』……
――それに、スターは目立ちすぎる存在です。そんな人をいじめたら、悪評まみれになってしまいます。だれも損なことはしないでしょう。
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――まだ10代の未成熟な年ごろです。そんな時期から、自分が国防の盾にさせられることを自覚せざるを得ないのです。厳しい現実です。
そんな境遇に置かれた人は、日本では1945年8月15日以降はいません。