著者は反プーチンで知られた『ノヴァヤ・ガジェタ』紙の記者で、2006年に路上で射殺された。
国民から自由を奪い専制を強めるプーチンを批判する。
本書では、国家の末端で残酷な取り扱いを受ける人びとに注目する。
プーチン自身の行動ではなく、かれの黙認と大方針の下、ロシアで繰り広げられる悲惨な光景に焦点をあてている。
国家が腐敗する、または国家が秘密警察によって掌握されるのがどういうことか、実例をもって教えてくれる本である。
わたしたちの国の価値観と大きな違いがあるのは、著者が軍隊の価値を重んじている点である。
深刻な腐敗や私刑・犯罪行為が横行する一方で、軍事力そのものはロシアを守るためになくてはならないものだと著者は考える。これは、2000万人近く死者を出した、ドイツによる侵攻等の歴史的経緯が深く影響していると考える。
尊重されるべきなのは、徴兵されみじめな目にあっている兵隊だけでない。不正蓄財を拒否し、酷寒の地や辺鄙な原潜基地で冷や飯を食わされている将校たちもまた、ロシアにとっての英雄である。
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1 私たちの国の軍隊とその母たち
軍は国家の柱だが、重度の腐敗状態にあり、プーチンはそれを黙認している。ロシア軍は年間500人近くがリンチで殺され、また大量の脱走者を生んでいる。
・ある下級士官は戦場で見捨てられ死亡したが、軍はその事実を放置し、家族にも一切知らせなかった。母親が裁判等で戦ったのち、ようやく屍体の一部が手に入り、死亡の事実も記録された。
・先輩からウォッカを盗んでこいと指示され拒否した兵隊がリンチを受け、首つり自殺した。
・医療品が不足しており、21世紀の今でも、給養員が身体を腐らせて死んだ。
・将校にとって兵は奴隷であり、人間ではない。兵の給料は横領される。将校は、自分の車を修理するため、修理工場に兵を派遣し働かせる。
2 戦争犯罪者
腐敗した、完全な戦争犯罪者と、治安機関によって捏造される戦争犯罪者について。
チェチェン派遣軍の指揮官と、独立派の指揮官たちは、お互いに武器を横流しし蓄財した。
FSBは無実の人間を拉致し、拷問・自白強要をせまった(ハスハーノフ大佐事件)。
一方、機甲師団大佐が、チェチェンの若い女性を強姦し殺害した事件については、軍、裁判所、検察、地方政府、精神医学界が一体となってもみ消しをはかった(ブダーノフ事件)。
精神科医はソ連時代からの大家であり、ロシア政府の下で働いているだけでなく、かつては、政敵や反政府活動家を精神異常認定し、病院に送り込んでいた。
なお、ブダーノフは2011年に暗殺された。
ブダーノフの事件は、海外に広く知れ渡り、ドイツのシュレーダー首相が直接プーチンに話をしたこともあり、裁判はやり直され、有罪となった。
しかし、同じようなロシア軍による強姦、虐殺行為が蔓延しており、正当に処罰される例はほとんどない。ロシアの司法は、政治的意向に屈している。
3 没落する人びと
ソ連崩壊からプーチン時代にかけて、高い学歴を持つにも関わらず没落していく人びとを追う。
政治体制の急変により、市民の生活は荒廃した。普通の人びとがホームレスとなる事態となった。
このような土壌から、人命、人権、自由や、他民族を尊重する意識が生じるとは思えない。
賄賂とマフィアの世界に身を投じ、拝金主義者になる者、アルコール中毒と失業によって人生を崩壊させる者、ロシア軍にぼろ雑巾のように使われ、まともな市民生活を奪われた者。
4 資産横領と政府の黙認
ウラル地方の工業都市エカテリンブルク(旧スヴェルドロフスク)を例に、社会のあらゆる階層にいきわたるマフィア化を考える。
ソ連崩壊によって資本主義が導入されたが、それは西欧とは似て非なるものだった。
旧共産党員が国有財産を横領し、私財を蓄えた。
経済活動において賄賂と口利きが常態となった。都合の悪い者は殺され、また目的達成のために暴力団が雇われる。
さらに、司法もまた腐敗した。エカテリンブルクのフェドロフ氏は、地方判事や地方警察を買収し、殺人や横領、暴行等の訴追を免れた。
[つづく]
Putin's Russia: Life in a Failing Democracy
- 作者: Anna Politkovskaya,Arch Tait
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