うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ドキュメント アメリカの金権政治』軽部謙介

 アメリカ民主主義の実態について批判的に検討する。

 テーマはロビイスト、政治献金、利益誘導、そうした金権政治に抵抗する市民の活動である。

 自由民主主義の価値観と制度に立脚していても、権力や金に由来する、不正や金権政治を防止するのは非常に困難であることがわかる。

 このような実情を無視した無条件肯定は危険でもある。

 米国の現状と取り組みから、有用な点を取り込み、地道な改良を積み上げていくことが重要なのではないか。

 

  ***

 1 ロビイスト・スキャンダル

 2008年のエイブラモフ事件を参考に、アメリカ政治における金とロビイストの問題を考える。

 ロビイストとは、「政府や議会に働きかけをおこないその見返りに顧客から報酬を受け取る」仕事である。議会への登録をすれば自由に活動できる。ロビー活動の権利は米国憲法修正第1条(請願)で保障されている。

 ロビイストの多くは政治家や官僚と知り合いであり、政策立案過程に介入することで多額の報酬を受け取る。

 

 共和党ロビイストのエイブラモフ、スカンロン、宗教右派ラルフ・リード、ブッシュ政権の減税ブレインであるグローバー・ノーキストらは、インディアン・カジノをめぐって各部落に活動提案をもちかけ高額のコンサルタント料を搾取した。

 具体的には、複数のインディアン・カジノを天秤にかけ、「競合相手が潰しにきているのでそれを阻止しよう」と相談料をせしめたというものである。

 

 ――カジノで潤ったインディアンにきわめて過大な請求書を送り付け、そのカネをAICやCCSなどのトンネル組織に振り込ませる。そして、スカンロンとエイブラモフは膨大な資金を手に入れた。政治家との関係を見せつけながら部族を信用させる一方、かれらの期待する仕事はあまりしていない。米国でもこういう行為は「詐欺」と呼ばれる。

 

・米国は議員立法の国であり、連邦議会における審議の流れは複雑である。下院、上院それぞれで法案が提出され、一本化されなければならない。

・法案審議の差配を決める院内総務、各分野の審議を司る委員会は絶大な権力を持つ。

ロビイストは一人で何万ドルに及ぶ献金リストを背負っている。

ロビイストの数はおよそ1万6千人で、議員から転身したロビイスト(revolving door)も多い。ロビイストは、政権への人材供給源でもある。

・関連する職業に、PR会社(広告代理店に類似)やコンサルタントがある。コンサルタントはロビー活動こそできないが、コネを活用し顧客から報酬を得る。

レーガン政権以降、「小さな政府」、規制緩和が唱えられたが、むしろ細かい規制の残存や新設により、ロビー活動は増大している。そのなかの不正であるエイブラモフ事件は氷山の一角である。

 

 2 アメリカ政治はなぜ金権化するのか

 PAC(Political Action Committee)は政治献金で中心的な役割を果たす団体である。企業からの直接献金が禁止されているため、こうした団体を通じて献金を行う。

 

 ――……企業や団体が自分たちの業務に関係のある政治家たちに献金を繰り返すという現実は、米政界では日常の光景だ。

 

 PACの献金上限は5000ドルだが、下院選挙では通常100万ドルが必要とされる。

 献金は、参加型民主主義の手段でもあり、政策をカネで買う行為でもある。商工会議所など企業利益の推進者は共和党候補へ、労組は民主党候補へ献金する場合が多い。

 その政治家を支援するかどうか判断するには、過去の投票履歴を参照し、自分たちの利益になるかどうかを確認する。

 米議会は日本と異なり党議拘束がないため、各議員が各法案に賛成反対を表明する。

 

 ――議会で民主党議員がつねに保護主義的な言説に傾きがちなのは、万一かれらが自由貿易政策に賛成した場合、投票履歴という通信簿に「×」がつき、労組系PACからの政治献金を失う可能性があることも大きな要因だ。労組からの政治献金保護主義の源泉にもなっている。

 

 同僚議員の選挙資金を集める受け皿は「リーダーシップPAC」と呼ばれ、党内での出世に不可欠となっている。

 

・インターネット献金など、手段の多様化がおこった。

・バンドラー、ファンドレイザー……多人数献金の取りまとめ人(一人あたりの献金額には限度があるため)

・2008年の大統領選では過去最高の選挙資金が投入された。オバマは庶民派のアピールを行ったが、「大口のファンドレイザーの多くは、政府や議会の動向に敏感な企業や業界のメンバーであり、実態はあまり(ロビイストと)変わらないもの」だった。

・強制献金や名義貸し献金は禁止されているが摘発例は後を絶たない。

・選挙費用の3割超はテレビCMなど広告費、三割が管理費、残りがダイレクトメールや世論調査などの選挙運動費用である。

・テレビCMでのネガティブキャンペーンや、法律上選挙運動とは関係ないが、対立候補を貶めるCMを可能にする「ソフトマネー」の存在。

 選挙支出に上限を設けるのは、表現の自由たる政治的意思表明を制限するため違憲である(1976年)。

 オバマ陣営への献金者の93パーセントは小口である。しかし残りの7パーセントが、全献金額の75パーセント超を占めており、かれらはオバマ政権で政府高官や在外公館の大使になる。

 公的助成制度は崩壊しており、大統領選はいかにカネを集めるかのゲームになっている。

 「公営選挙論」を唱えるグループもいるが少数派である。政治家と国民は、選挙は資金で決まると考えている。

 

 3 利益誘導が仕事?

 「イヤマーク」ear markについて。

 元は税taxを目的税化するear markという意味がある。

 毎年の予算案に、地元への資金還元を挿入する。内容はノーチェックであるため、利益誘導・資金還流の1つとして貴重な財源となっている。

 上院、下院ともに、議員の仕事は地元に資金を持ってくるのが仕事だと考える国民は多い。

 イヤマークは歳出案の本案ではなく委員会報告と会議報告に挿入される。これを選定するのは委員会を務める議員たちである。

 利益誘導の請願者……公共事業、教育機関への助成、公園の補修、自治体、警察、消防。

 内容がノーチェックであるため、国立公園センター補修が国防予算で賄われることもある。

 イヤマークを行うために仲介するのがロビイストである。ロビイストは政治献金で議員と結びつく。

 中にはイヤマークが政治家やその家族・友人の利益や栄典に結びついていることもあり問題になる。

 

 ――……本来なら選挙民のために活用されるはずのイヤマークが、政治家の金銭的利得の対象になることは事実上容認された。……税金が政治家の資産価値アップのために使われている。同じような腐敗がはびこる開発独裁の国々の慣行を、米国は批判できるのだろうか。

 

 イヤマークは米国政治の本質だが、それは民主主義の基盤を揺るがすことにもつながる。

 

 ――……もし有権者が「イヤマークをつけてくれたから」という理由で一票を投じれば、小選挙区制の米国では現職が勝つことになる。

 

 イヤマークが再選に直結するため、激戦区では多額のイヤマークが配分される。これは税金を選挙資金としてばらまくともとらえられる。

 

 ――イヤマークのばらまきは議会構成の固定化の一要因になっているだけでなく、不正に結びつきやすく、イヤマークを支配する権力者は腐敗しやすいという一例だろう。

 

 4 改革に向けて

 イヤマーク廃止に対する反論として、憲法における議会の権利を根拠としたものがある。支出はすべて歳出法案によって定められるべきである。したがってイヤマークの廃止は、予算の使途を議会から引き離し、官僚や政府に委譲することである。

 ロビー活動のしぶとさ……破綻した企業が公的資金を注入されながらロビー活動を行う。経営難のビッグ3は歳出削減ではなく公的救済を求めてロビー活動を行った。

 

 ――「企業死すともロビー活動は死なず」

 

 原則非公開のイヤマーク無駄遣いを監視するため、いくつかの市民団体が活動している。

  ***

 米国の民主主義の現状から考える統治の問題とは……

 憲法上の権利と、「やりたい放題」との境目はどこか。

 

 第4代大統領ジェイムズ・マディソンは次のように言った。

 

 ――人間が考察し人間が行う統治が完全であることはありえないので不完全さの最も小さい統治が最良の統治であることに留意するべきである……

 

 人間社会の原動力は権力欲と金銭への執着である。

 

ドキュメント アメリカの金権政治 (岩波新書)

ドキュメント アメリカの金権政治 (岩波新書)

 

 

『海上護衛戦』大井篤

 ◆著者の基本的立場

 

 ――なにしろあの太平洋戦争という民族的大悲劇は、決して天災ではなく、まったくの人災だった。しかもこの人災は、戦略計画上の誤算によって引き起こされ、また長期化、深刻化されたとみるべき点が大いにあったと私は思う。

 

 自身の体験を基に、「海上護衛」の観点から太平洋戦争を検証する。

 戦争指導層は、海上護衛をどう考えていたのか。

 海上護衛の失敗は、必然的に政策そのものの失敗につながる。

 なぜ通商保護が軽視されたのか、その根本を、著者は軍部の戦争指導、作戦偏重に見出す。

 統帥権独立の下では、政府は作戦に干渉できず、鵜呑みにするしかない。

 補給・兵站の軽視

 

 ◆メモ

 役所手続きが致命的な問題となる例……「作業が面倒だから」という理由をいろいろな本で見たことがある。

 本書は、戦争中にも関わらず、連合艦隊を統制する立場の海軍軍令部が24時間態勢でなかった点に触れている。態勢を変えるためには勤務体系や給与(おそらく夜勤手当等だろうか)を変えねばならず、規則改正の手間がかかっただろう。

 別の本では、陸軍の仮想敵・軍備計画が最後まで対ソ連だったことについて、根拠文書である「帝国国防方針」が天皇決裁なので面倒くさかったというような記述を読んだ。

 

  ***
 1

 国家経済の根本は石油である。1941年、日本の石油備蓄は2年分だった。1941年6月の南部仏印進駐によって、石油輸入はストップした。

 

 ――資源をとるということと、そのとった資源を必要なところに運んでくるということは、まったく、別々のことがらである。

 

 海軍は、直観的に対米戦争に勝ち目のないことを予感していたが、海上交通や輸送の点をうまく説明せず、主戦派を説得することができなかった。

 開戦に対するブレーキとして、海軍は閣僚よりも強い権限をもっていた(統帥権独立と現役武官制)。

 海上護衛に対する見積もりが甘く、また米英に比べ、重要性も認識されていなかった。

 連合艦隊と艦隊決戦主義の原因:英海軍との状況の違い……海外貿易がさかんではなく、英国のように、海上交通保護に意識が及ばなかった。

秋山真之とマハン、当時の米海軍……決戦主義

・明治40年「帝国国防方針」の影響……仮想敵国を米国にすること、そのものが根本問題だった。

 

 2

 真珠湾攻撃後、米国の無制限潜水艦作戦が開始された。

 

 緒戦の勝利に浮かれた海軍省は、オーストラリア、ハワイを占領したときの日本名をどうするか、会議を開こうとした。

 認識不足:作戦線を延ばせば、補給に多くの舟が必要となり、民生を圧迫する。また、兵站線の延長は、敵の攻撃に対する脆弱性となる。

 ガダルカナル島では多量の船舶が沈められ、すでに島の喪失が明らかになった。舟の損失がひどくなり、「作戦か国力維持か」をめぐって、政府・統帥部間の対立が深まった。

 

 ――……これら日本の指導者たちは、表面的には依然、国民の前に強がりを見せ続けた。動きやすい日本人の国民性を考えて……それとも自分たちが国民に信を失うことを恐れたのが主だったのかはとにかくとして、結果的には国民をノンキにさせておくような方法だけがとられたことになった。

 

 撤退ではなく、「後方展開」、「転戦」の語が用いられた。

 海上護衛のための船が不足しており、開戦数ヶ月間、まったく建造を進めなかった。海軍は商戦防護、資源輸送防護への関心が薄かった。

 護衛艦隊は連合艦隊の下につくられ、非常に貧弱なものだった。

 米潜水艦は、前線ではなく、日本近海で暴れていた。幸い、近海の被害は機雷敷設によりある程度食い止められた。

 

 3

 1943年7月には、陸・海・民の船舶割り当てから、対米戦が絶望的であることが明白になった。民需に必須の許容量を割り込んでおり、これ以上船を徴用すれば国力が崩れる可能性があった。

 

 御前会議……結論が先で、判断は後

 ドイツ敗退の情勢判断は握りつぶされた。

 

 ――軍隊や官庁のような組織においては不可避的に伴うことなのだが、下のものはどうしても上の人の顔色をうかがいながら仕事をしがちである。利口な部下ほどそうである。そして、それは上に立つものが独裁的な場合は一層そういうことになる。

 

 楽観主義がまかり通り、和平・終戦への道のりは閉ざされた。

 連合艦隊に対し、軍令部は指導力を発揮することができず、言いなりだった。

 

 ――軍令部はお役所なんだ。直接に部隊指揮するとなれば、軍令部は連合艦隊司令部のように職員はみな軍令部の建物のなかで居住することが建前となる。勤務規則も給与規則も変えねばならぬ。


 海軍軍令部は、「連合艦隊司令部東京出張所」と陰口をたたかれた。

 

 1943年11月、海上護衛の重要性について説得が進んだ結果、護衛総司令部が発足した。

 

 4

 護衛艦隊司令長官及川古志郎について。

 

 ――古いことに通じている人には、知識欲がさかんで、新しいことにも関心の深い人が多いものであるが、及川大将はことにそうだった。


・機雷敷設の開始 1944.2~

・この頃には電探(レーダー)の重要性が明らかになっていたが、電探哨所の設置は間に合わなかった。

・島国の戦争:資源輸入―内地で加工―前線に輸出

 資源輸入を統制する機関が日本には存在しなかった。

 

 護衛の軽視は変わらず、人員は少なく、各鎮守府では教育行政担当者が兼務していた。

 戦果のない護衛戦は、報われない戦い、「沈黙の作戦」である。

 

・1944年7月 スプルーアンスによるトラック爆撃

 永野、杉山両総長の更迭

 東条と嶋田の総長、国務大臣兼任には無理があったのではないか。

・1944年2月には、総船腹量の1割以上を喪失した。

 あまりの撃沈率に衝撃を受けた統帥部は、大船団主義を採用した。しかし……

 

 ――……大船団の大は世界の標準で考えれば笑いものの大だった。さすがは盆栽作りや箱庭の得意な日本人がつけそうな大だった。

 

 5

 優秀な水中測的員はみな連合艦隊に配置されてしまった。これが改められたのは、油不足で連合艦隊が行動できなくなってからだった。

 

 ――戦場における任務というものは、それがどんなものであろうと、1つとして、常識があればつとめおおせるというものではない。戦闘における任務は、必ず敵との対決なのだ。その対決はほんの少しでも、多く訓練されてあるものに勝利が帰するという性質のものなのだ。ましてや、護衛などという課目の教科書を1冊も印刷したことのない日本海軍には、護衛の常識などあろうはずもなかったのだからなおさらだ。

 

 石油統制の権限は、政府ではなく陸海軍が持っていた。石油地帯は占領地域であり、統帥権の及ぶところであって、政府(軍需省、企画院)は手を出せなかった。

 

 6

マリアナ沖海戦の敗北

・殴りこみ戦法への傾倒

 

 7

 台湾沖航空戦のとき。

 

 ――「作戦課の連中がけしからんよ。国民と天皇陛下とをだまして自分たちの功をみせびらかそうとしている。アメリカの機動部隊が潰走などとは気違いのいうことだ。その気違いがのさばっているから手がつけられないんだ」

 

 ――しかしだまされたのが国民と天皇だけならまだいいのだが、作戦課の連中はこれで、自分たち自身をもだまさなければいいが、戦略計画者たちが、自分たち自身をだましてしまったら、作戦指導はとんでもないことになる。

 

  ***
 南シナ海が制圧されると、資源輸送はほぼ不可能となった。

 以後、徐々に本土まで追い詰められていく様子をたどる。

 

 沖縄戦における大和特攻の顛末について。

 

 ――「……航空部隊にばかり特攻をやらせて、水上部隊が手をこまねいているわけにはいかないという気持ちが大いにあるようです。それでこういう訓示が電報で出されることになっています」

 ――「……帝国海軍力をこの一戦に結集し、光輝ある帝国海軍水上部隊の伝統を発揚するとともに、その栄光を後世に伝えんとするに他ならず」

 ――「伝統」「栄光」みんな窓外に見えるように美しい言葉だ。しかし、連合艦隊主義は、連合艦隊の伝統と栄光のために、それが奉仕すべき日本という国家の利益まで犠牲にしている。

 

 著者の感想:日米ともに、経済封鎖の重要性を認識していれば、原爆やソ連参戦なしに戦争を終わらせることができたのではないか。キング海軍作戦部長や、一部の米海軍は、本土決戦ではなく海上封鎖による日本降伏を考えていたという。
 

 おわり

 

海上護衛戦 (角川文庫)

海上護衛戦 (角川文庫)

 

 

『Obama's Wars』Bob Woodward その2

 ウッドワードは、マクリスタル司令官の極秘文書コピーを入手し、新聞で報じた。

 報道の前には、慣習により政府に事前通告と調整を行うが、これは報道の自由を重視する米国ならではの手続きである。

・極秘文書を入手した民間人は、それをどう扱おうと処分されない。

・政府は、個人の身の安全や、将来の作戦に関する事項だけの削除を要求した。

・政府から報道機関に圧力をかけることは、その行為が検閲であることから絶対に許されない。

 アフガン戦争の悲観的な状況が国民に知らされ、またオバマと軍との方針の違いが浮き彫りとなった。

 

  ***

 オバマ就任に伴うアフガン増派から約10か月後、現地指揮官の問題提起に基づき、大統領とNSCはさらなる増派を検討していた。

 太平洋戦争時の日本と同じく、かれらは戦争の目的を見失ていたように見える。

 

 ――戦争が始まって8年たち、かれらは何が核心的な目的なのかを定めようと奮闘していた。

 

 10月に入り、アフガン戦略は以下の要点に絞られた。

 

・腐敗した政府、警察、軍を再建しなければ、タリバン打倒は失敗する。

・軍の増派よりも、政府の再建が優先である。

・米軍の使い方には3通りある……大量動員によるCOIN戦略か、COIN戦略をしつつつアフガン軍を訓練するか、または特殊部隊・無人機を使った対テロ戦略か。

 対テロ戦略は、COINによる地域情報の収集がなければ成功しない。

 しかし、理想的なCOIN戦略には数十万の軍が必要であり、非現実的である。

 

  ***

 オバマは軍に増派案を出すよう求めた。しかし、マクリスタル、マレン、ペトレイアスらは実質一案……40000人派兵の案だけしか提示しなかった。

 大統領は、軍は選択肢を示さないと批判した。オバマや、バイデン副大統領、アイケンベリー在アフガン駐米大使、ジョーンズ大統領補佐官らは、多大なコストを必要とするCOIN戦略に懐疑的だった。

 大規模な増派はカルザイを依存させるだけである。オバマが求めていたのは、期限の明確な出口戦略だった。

 

  ***

 オバマは軍と補佐官との意見を天秤にかけ、中間をとって30000人の増派を決定した。

 2009年12月、ウェストポイントでの大統領演説で、増派が宣言された。

 あわせて、2011年7月からの逐次撤収が示された。

 増派後も、アフガンの状況は不透明のままだった。アフガン国軍への移行と、政府による国家建設の時期は確定しなかった。

 

  ***

 2010年5月、NYタイムズ・スクエアで車両爆弾によるテロ未遂が発生した。TTP(パキスタンタリバン運動)が犯行声明を出し、その後パキスタン人が逮捕された。

 大統領らは、再びパキスタン問題に立ち返らざるを得なかった。

 

タリバンは自由に国境を越えて、パキスタンの安全地帯(セーフ・ヘイブン)から米軍を攻撃している。

パキスタン統合情報庁は、対インドに目が向いており、タリバン討伐に消極的である。また、パキスタンがテロ組織LeT(ラシュカレタイバ)を支援している事実を、米情報機関は把握していた。

パキスタンは常にテロに見舞われているため、アメリカがテロに過敏になっている様子に対して、冷淡である。

 

  ***

 2010年6月、アフガン司令官マクリスタルはローリングストーンズ誌でバイデン副大統領らの悪口を言ったため解任された。後任は、かれの上司である中央軍司令官ペトレイアスが指名された。

 

  ***

 大統領補佐官ジェイムズ・ジョーンズの悪口を言ったマーク・リッパートが更迭されたのと同じく、アメリカ政府は軍人の不服従や反抗には厳しいようだ。

 本書では、オバマとその側近は度々軍と対立している。オバマの選択が正しいとは限らないが、大統領が、軍人をコントロールすることに苦心していることは確かである。

 オバマは戦争について、次のような言葉を残している。

 

 ――……いかに正当化されようとも、戦争は人間の悲劇である。戦士の勇気と犠牲は栄光に満ちており、国家、主義、戦友への献身を表現している。しかし戦争そのものが栄光であることは決してないのであり、われわれはそのように吹聴することも許されない。よって、われわれの挑戦とは、これらの相反する真実に折り合いをつけることである――戦争は時には不可欠であり、またある程度までは人間の愚かさの表れである。

 

 南北戦争の将軍ウィリアム・シャーマンの言葉……

 

 ――戦争は地獄である。いちど戦争の犬たちが解き放たれれば、どこへ行くかわからない。

 

 調べたところ、発言者であるシャーマン将軍は苛烈な総力戦の実行者であり、インディアン虐殺の一端を担ったという。

 言うことはきれいでやることが汚いという点では、オバマと似ている。やりたくないがやるしかない、という、苦悩する姿に価値を見出しているのかもしれない。

 

Obama's Wars (English Edition)

Obama's Wars (English Edition)

 

 

『Obama's Wars』Bob Woodward その1

 「オバマの戦争」であるアフガン戦争に関する、大統領とその側近、NSC、軍の意思決定をたどる本。

 袋小路に陥っていくアフガンの状況と、オバマと軍との対立が明らかにされる。

 ブッシュの戦争であるイラク戦争が一段落し、オバマ陣営はアフガンの状況悪化が最重要課題と考えた。

 アフガン戦争には、インドと対立するパキスタンが深く関わっており、米国がどのようにアフガン戦争を取り扱うかが問題にされた。

 

 ◆所見

オバマの結言は、「何年続こうとも米軍はアフガンに残りタリバンを弱体化させるだろう」というもので、その予言どおり、いつまでも戦況は変わらず、年数ばかりが経過している。

・軍は大量の人員投入によるCOIN(対反乱)戦略を常に推奨している。しかし、予算や、国民の支持(支持率)の観点から大統領には受け入れられない。

・アフガン戦争は失敗し、さらに終息したかにみえたイラクは間もなく不安定化した。シリアについても見通しが立たない状況である。

 アメリカは2001年から15年以上、大中東に軍を派遣し続けているが、その結果得たものは何だろうか。

 

  ***
 2008年秋、オバマは次期大統領となり、ホワイトハウスのスタッフを集める。

 次期大統領は、ブッシュとそのスタッフから引き継ぎを受け、続いて自分たちのスタッフを指名した。

 

 オバマ政権の課題:

アフガニスタン戦争……パキスタンタリバン

・イエメンのアルカイダ(AQAP)

・イランと北朝鮮

・中国のサイバー攻撃

 

 オバマ政権の人物たち:

 ペトレイアス大将……イラク駐留米軍司令官としての功績を受けて、中央軍司令官に任命される。仕事中毒、カリスマ、エンタープライズ号、イラク統治

 ロバート・ゲイツ国防長官の認識……軍の高官たちは、2つの現在進行形の戦争を無視し、未来の装備とシステムにばかり時間と金を割いている。

 ゲイツブッシュ政権から継続任用となった。

 ヒラリー・クリントン……かつての政敵だが、民主党員の支持を集めるために、オバマは彼女を国務長官に指名した。

 ジェイムズ・ジョーンズ退役海兵隊大将……安全保障補佐官。イラク戦争はうまくいっているが、アフガン戦争は戦略もなく、失敗中である。

 ダグラス・ルート……イラクアフガニスタン安全保障補佐官補佐。「戦争皇帝War Czar」イラクから兵を引き、アフガンに投入するしかないと主張。

 マイケル・マレン……統合参謀本部議長、実働部隊を持たない。

 マイケル・ヘイデン……CIAの秘密作戦の重要性を主張する。秘密作戦は諸刃の剣であり、やりすぎると政権自体が崩壊する(ニクソン)。尋問プログラムの改善。

 ムンバイ同時多発テロ事件……印パ戦争の回避が目標となる。実行犯のラシュカレトイバは、パキスタン総合情報庁の支援を受けていたことが判明した。

 

 ヘイデンに代わり、オバマレオン・パネッタをCIA長官に任命した。

 

 マイク・マコンネル……国家情報長官。オバマはデニス・ブレア(海軍)を後任に指名する。

 オバマの側近……ラーム・エマニュエル、デヴィッド・アクセルロッド、ロバート・ギブズ。かれらの重視事項は支持率と再選であり、アフガン派兵をめぐって軍と意見対立した。

 

  ***
 アフガニスタン紛争の問題……

・米のパートナーであるカルザイ政権はカーブル市長でしかなく、またその兄弟ワリ・カルザリは、カンダハルを統治する一方、汚職を蔓延させ、アヘン貿易を行っていた。

タリバンに対し、パキスタン総合情報庁(ISI)が支援を行っている。また、アフガンではアラブ人は皆無である。つまり、アルカイダの根拠地はパキスタンにつくられている。

・米軍の誰も、戦争の目的を知らず、だれと戦っているのかも知らない。

・対テロ(Counterterrorism)……要人暗殺やピンポイント爆撃は効果を上げているが、それは戦略には影響しない。地上での作戦と対反乱作戦(Counterinsurgency, COIN)が、アフガンの安定には不可欠である。

 

 オバマは就任直後に、ジェイムズ・ジョーンズとその相方であるブルース・リデルや閣僚・スタッフの助言を受け、アフガンへの17000人の増派を決定した。

 

 ――……子供たちの一部は帰ってこないこと、または帰ってきたとしても重傷を負ってくるだろうことを覚悟して、それでも増派する価値があると考え、大統領は増派を決断した。

 

  ***
 オバマの戦争とはアフガン戦争である。著者は、「これはあなたの戦争だ」とインタビューで問いかけている。

 アフガンへの追加派兵は、戦略の観点のみから検討されたわけではなかった。17000人と追加4000人の派兵は、軍が必要と見積もった数よりも少なかった。

 政治家たちは戦争を政争や選挙に利用する。ジョンソンは選挙に勝つためにベトナムの戦略をゆがめた。

 軍人たちは、政治家に対し警戒感を抱いていた。

 

  ***

 最初の追加派兵後、マクリスタル・アフガン駐留米軍司令官は極秘の報告書を大統領に提出した。

 ペンタゴン……ゲーツ国防長官、マレン統合参謀本部議長、ペトレイアス中央軍司令官、そしてマクリスタルらは、アフガン戦争が失敗しつつあることを認識し、増派を主張した。

カルザイとその政府は腐敗しており、正統性を持っていない。

・大統領選での不正

タリバンの勢力は2001年からほとんど変わっていない

NATOの参加は国際プロジェクトの体裁を保っているだけであり、米軍指揮官たちはかれらに、邪魔だから立ち去ってほしいと考えている。

・軍は基地にこもってほとんど現地人と接触がない。つまり、COIN戦略に必要なインテリジェンスが全く入手できない状況にある。

・アフガン軍は力不足で、訓練と支援が不可欠である。

パキスタンは、インドに融和的なカルザイ政権を認めていない。よって、パキスタンが自国に潜伏するアルカイダを積極的に制圧することは絶対にない。

 

 一方、大統領の側近たちは、大統領の意思決定より前に、軍人たちがマスメディアに対しその政策を主張しているということで憤った。

 オバマは、派兵をめぐって軍と対立した。

 オバマやNSCのメンバーは、そもそもアフガン戦争の目的や、敵の定義(タリバンが目標なのか、アルカイダが目標なのか)、戦力投入のバランス(アフガンを制圧すべきか、パキスタンを制圧すべきか)が曖昧であることを問題視した。

 

「われわれはアメリカの利益(interest)が何かをもう一度考え直すべきだ」とオバマは言った。

 [つづく]

Obama's Wars (English Edition)

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