うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『捜査心理学』渡辺昭一

 警察庁の付属機関である科学警察研究所犯罪行動科学部の成果をまとめた本。捜査心理学、行動科学の基礎的な入門書だという。

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 序章

 犯罪捜査は、情報収集、捜査推論、捜査活動実施からなる。犯罪捜査を支援するために、近年、捜査心理学の重要性は高まっている。

 捜査心理学は、犯罪捜査に心理学を利用し情報管理、捜査プロセスを支援するものである。

 捜査心理学の領域は幅広く、捜査の意思決定、捜査戦略、被疑者取り調べ、目撃者面接、子供と被害者への面接、犯罪者の行動、プロファイリング、地理的行動等、多岐にわたる。

 

 1 犯罪捜査と心理学

 目撃証言の傾向:年齢や身長に関する目撃情報は、目撃者の諸元に影響を受ける。事件の持続時間はストレス化にある場合、長く見積もられる。

 目撃者からより多くの正確な情報を引き出すため、「認知的面接法」が用いられている。これは目撃者の想起や思い出しを引き出すための手法である。

 子供は権威に弱く、暗示や誘導にかかりやすいため注意が必要である。

 写真面割り:目撃者全員が無実の容疑者の顔写真を選び、冤罪が発生した例がある。面割りにおいては、事件と無関係の写真を候補の中に入れ、目撃者の選択の正確さを測定しなければ、冤罪の可能性が高まってしまう。

 写真面割りは捜査、公判における立証に活用できる。よって、証拠価値を高めるためにより望ましい手法を確立する必要がある。

 うそ発見器:ポリグラフ検査は生理反応から発言の真偽を判断するものだが、個人差があり、万能ではない。対照質問法control question techniqueは、無関係質問の中に関連する質問を挿入する。緊張最高点検査peak of tension testは、一連の質問の中に、犯人しか知りえない事項に関する質問を混ぜる。我が国では後者が用いられる。

 ポリグラフ検査も証拠能力を持つと認められるが、運用者のレベル向上が課題である。

 犯罪手口による被疑者検索法:どんな犯罪でも個々の習慣や手口は残る。この検索法は、初犯の事案には対応できない。再犯率の高い罪種は、侵入窃盗、詐欺、乗り物盗、非侵入窃盗、わいせつ等である。

 取り調べ:取り調べは警察にとっても最も重要な真実発見法である。

 財産犯罪は自供率が高く、また若年もしくは老齢の方が精神的に脆弱であり自供率が高い。被疑者が否認するのは、法的制裁と、家族に対する心配とを恐れるからである。

 取り調べの際の各種の技術が紹介されている。

 ――被疑者には多少なりとも、自己の犯罪を被害者や社会、家庭環境などのせいにして、正当化しようという心理が働いている。

 取り調べの基本は説得と共感を通して、被疑者との信頼関係を築くことにあると著者はいう。

 人質立てこもり事件は、窃盗や殺人と異なり頻度の少ないケースである。このため、過去のデータをとりまとめてあらかじめ対処を定めておく必要がある。また、立てこもり事件においては心理学が大きな力となると考えられている。

 立てこもりの被疑者はほとんどが経済的に下層階級者である。

 ――彼らの生活歴をみると、その多くは性格的に未熟で、人生における成功あるいは達成の経験を持たなかった人びとということができる。

 立てこもり事件の類型化や、人質の心理状態(ストックホルム症候群)、警察の対応等、様々な角度からの研究がなされている。

 

 2 各種犯罪の犯人像

 プロファイリングとは「犯行現場や被害者、その他入手可能な証拠類の詳細な評価によって、犯人属性を演繹すること」である。

 FBIが利用することで有名となったが、提供できる犯人像としては年齢、性別、人種が特に重要だと言われている。

 犯人像プロファイリング……臨床心理学の知見や統計をもとに、「秩序/無秩序」等の犯人像を推測するもの。

 地理的プロファイリング……連続して発生する犯行地点から、犯人の居住地を割り出すもの。

 バラバラ殺人……アメリカでは性的幻想に由来する犯行がほとんどだが、日本については9割が運搬と証拠隠滅のためである。近年では、被害者と加害者が知り合いである事例が減ってきている。

 その他、放火犯、年少者強姦とわいせつについてのデータのまとめ。

 

 3 犯罪情報分析と捜査心理学

 犯罪情報をどのように収集、分析し、運用しているかについて、英米、カナダ等各国の例を挙げる。運用のための情報システムが、捜査の上で需要となる。

 地理情報の分析も、防犯や捜査において利用される。

 

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 犯罪心理学、捜査心理学が警察活動にどのように用いられているかを理解することができる。

 ただし、個々の事件や犯人の事例が出てくるわけではないので面白味はない。

 捜査とは、地道なデータの収集と分析の積み重ねであることを確認した。

 

 読み物としてのおもしろさならロバート・K・レスラーの本などをあたったほうがよさそうだ。 

捜査心理学

捜査心理学

 

 

『ブロディーの報告書』ボルヘス

 ボルヘスの晩年の短編集。

 『伝奇集』のなかの「南部」を連想させる、ガウチョや無法者たちの物語が多い。

 なぜ日本語がとても読みにくいのかがわからなかった。

 「じゃま者」

 仲の良い無法者兄弟の話。

 「卑劣な男」

 無法者と、かれに気に入られた少年との話。

 「ロセンド・フアレスの物語」

 意地の張り合いで簡単に死んでいく世界から抜け出す話。

 (略)

 ボルヘスは暴力的、短絡的な男たちの様子を好んで取り上げている。かれらはすぐにナイフで殺し合い、またはナイフの魔力によって操られている。

 男尊女卑は無法者にとっては不可欠である。悪党たちは決闘で虫けらのように死んでいく。

 「ブロディーの報告書」は、ヤフー族の生態を描く幻想的な話である。

ブロディーの報告書 (岩波文庫)

ブロディーの報告書 (岩波文庫)

 

 

『Ordinary Men』Christopher R Browning その3

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 ポーランド・ルブリン地区のゲットーが解体され、ユダヤ人の大半がトレブリンカに移送されてからは、森や集落にひそむ「ユダヤ人狩り」が大隊の業務となった。かれらは再びユダヤ人個人と対面しての殺人行為をしなければならなかった。

 

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 1943年11月、ポルタヴァ収容所、マイダネク収容所でユダヤ人の大規模処刑が行われた。これは「収穫祭作戦」と呼ばれた。

 

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 ドイツ人とユダヤ人との関係ははっきりしており、ユダヤ人は絶滅されるべき敵だった。ドイツ人とポーランド人とは、支配民族と従属民族との関係だった。

 ドイツ人が横暴を振るい、ポーランド人を容易に処刑する風景が散見された。

 アインザッツグルッペンや予備警察大隊の活動の建前は、ポーランド人の保護である。ポーランド人の保護のために、ユダヤ人とレジスタンスを討伐するという名目で、絶滅作戦が行われた。

 ポーランド人がユダヤ人を売り、裏切ったという証言が、ドイツ人から度々聞かれる。しかし、これは一面的なものである。ドイツ人の警察部隊や親衛隊が接するポーランド人は、協力的な者か反セム主義的なものがほとんどだからである。

 一方、ユダヤ人側に立ったポーランド人は、ドイツ人の眼には映らないか、迫害されているはずである。

 戦後のユダヤ人犯罪捜査においては、「反セム主義」が殺人行為の要件だった。このため、警察官や親衛隊員の中でユダヤ人嫌いを公言するものはほとんどいなかった。

 

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 戦闘経験のほとんどない警察予備大隊が虐殺行為を実行できた原因、つまり「普通の人びと」が残虐な行為を行えた原因は何か、著者は検討している。

 人種差別、個人の異常性、状況、処罰されることへの恐れ、権威への従属、順応主義、イデオロギー的な洗脳……推測できる要因は様々である。

 予備警察大隊の人間たちは生来の残虐人間でも、強烈な反セム主義者でもなかった。

 かれらは組織に順応し、仲間を思いやる普通のドイツ人だった。

 ユダヤ人射殺を拒否すれば、仲間に不快な作業を押し付けることになる。拒否は、臆病者の行為、卑怯者の行為となる。自分だけ逃げることになる。

 こうした配慮が、かれらの心理に作用したのではないかと著者は考える。

 

 普通の人びとを含む人間はグレー・ゾーンに立っており、誰であれ、道徳から外れた行為を行う可能性がある。

 普通の人びとがユダヤ人を追い立て処刑した。また、残虐な看守も一瞬同情の念を起こす。士気の高い親衛隊将校も、射殺活動に対し、生理的な拒否感を示し、腹痛を訴えた。

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 後書きでは、ゴールドハーゲン氏との論争について触れられている。

 ゴールドハーゲンがナチスによる反セム主義イデオロギーが虐殺の原動力だったと主張するのに対し、著者は、反セム主義が権威主義、反民主主義とともにドイツに根付く伝統のひとつであり、普通の人びとの行動において、あくまで原因の1つに過ぎないと考えた。

 ――わたしたちは恐れている……わたしたちの世界では、戦争と人種主義がはびこり、政府の動員力と正統化力は強まり、官僚制と専門化によって個人の責任に対する観念は弱まり、監視組織が行動や倫理基準に対して抑圧を加えている。

 こうした状況では、普通の人びとはいとも簡単に、積極的な処刑人にさせられてしまうだろう。

 

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 メモ

絶滅収容所アウシュビッツ=ビルケナウ、ベウゼツ、ヘウムノ、ソビボル、トレブリンカ、マイダネク(ルブリン)

・親衛隊及び秩序警察のイデオロギー教育:眠くなるような講義が続いたという……人種的な世界観、ドイツ人の血の純粋性

・親衛隊はドイツ繁栄のために早期の結婚と子供の出産を奨励されていた。

・ユダヤ人処刑を拒否して銃殺刑になったというような記録は皆無である。

・殺人行為を細分化し、官僚制度に組み入れることで、個人の責任感が薄められた(分業化)。

・相手を非人間化することは、殺人をしやすくする大事な一歩である。面と向かった人間を処刑することは精神的な負荷が大きい。

 このため機械的な殺人手段が要求される。

 

Ordinary Men: Reserve Police Battalion 101 and the Final Solution in Poland

Ordinary Men: Reserve Police Battalion 101 and the Final Solution in Poland

 

 

『Ordinary Men』Christopher R Browning その2

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 ◆ラインハルト作戦

 1941年、ヒムラーはロシア・ユダヤ人と同様、ヨーロッパのユダヤ人も絶滅させるよう指示した。射殺は現場隊員の精神的負担が大きいため、新しい方法として絶滅収容所が考案された。

 オディロ・グロボクニクはオーストリア出身の親衛隊員で、当時ポーランド・ルブリン地区の担当者だった。

 グロボクニクは命令を受けて管内にベウゼツ、ソビボル、トレブリンカ等の収容所を建設した。

 問題は、ユダヤ人の移送に割り当てる人員が不足していることだった。そこで、かれは秩序警察や外国人義勇軍バルト三国ウクライナ人、反共すなわち反ユダヤ人の勢力)を活用した。

 本作戦によりヨーロッパ・ユダヤ人200万人前後が殺害されたという。

 

 7

 1942年、輸送上の障害が発生し、絶滅サイクルが一時中断した。しかし、作業を滞らせることはできない、とグロボクニクは判断し、第101警察予備大隊に射殺行動を実施させることにした。

 トラップ少佐はユダヤ人の住むヨゼフォ村虐殺の命令を下した後、子供のように泣きじゃくっていたという。

 しかし森の射殺現場には近寄らず、本部にこもっていた。

 10人程は少佐の指示により射殺を拒否し、別の任務につかされた。

 

 8

 大隊メンバーは精神的にショックを受け、アルコールを大量に摂取した。以後、酒気帯びでの射殺が通常となった。

 かれらにとってその日の任務はタブーとなった。多くの者が疲弊したため、その後しばらくは、移送任務が主となった。

 

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 再びロマジー村で1700人を射殺したときには、大隊の様子が変化していたという。

・トラウニキ……赤軍捕虜から登用した外国人志願兵たちが射殺隊の大部分を占めた。警察官たちはかれらに過酷な作業を押し付けた。トラウニキのほとんどは泥酔していた。

・警察官たちは殺人に慣れ、比較的スムーズに虐殺した。

・トラップ少佐が任務拒否の選択肢を与えなかったことで、かえって部下たちの精神は安らいだ。

 自分では回避できなかったという正当化ができるからである。

・グナーデ中尉は残虐性を発露し、裸のユダヤ人を棍棒で殴った。別のSS将校は屍体の山に座り込んでユダヤ人を処刑した。

・血の水たまりがひざの高さまで達した。屍体は血の海で浮かんだ。

 

 10

 やる気に満ちたSS将校が、新婚の妻を移送現場に連れてきてユダヤ人の射殺を披露する。

 

 11

 大隊の1人をポーランドレジスタンスに殺害されたことを受け、報復として200名を殺害せよとの命令が司令部から下された。

 トラップ少佐はポーランド人を殺すのを躊躇した。そのため、80人の、身寄りがなく貧しいポーランド人を処刑した後、近くのゲットーに行き、員数合わせのため120人のユダヤ人を処刑した。

 

 12

 移送業務は続けられた。

 実業家から予備役として召集された将校のブッフマンは、射殺行為をかたくなに拒否した。

 結果、かれはハンブルクに送還されたが、軍内で昇進を続けた。トラップ少佐は人事上の不利益がかれに振りかからないよう評定していたようだった。

 

 13

・処刑の際にいつも腹痛になる将校は、その後、前線では勇敢に働いた。卑怯者だが、ジェノサイド行為に対しては拒否反応が出たのかもしれない。

・警察慰問団がやってきて、大道芸や音楽で部隊を楽しませる一方、ユダヤ人の試し撃ちをしたいと申し出る。

 

[つづく]

Ordinary Men: Reserve Police Battalion 11 and the Final Solution in Poland

Ordinary Men: Reserve Police Battalion 11 and the Final Solution in Poland