うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

恐怖の男を考える

Fear: Trump in the White House

Fear: Trump in the White House

 

  ウォーターゲート事件に関する著作『大統領の陰謀』、『ディープ・スロート』や、ブッシュ、オバマ等歴代政権の内幕に関する報告で有名なボブ・ウッドワードが、9月11日、トランプ大統領に関する本を出した。

 かなり売れているということで私も今読んでいるが、大統領の気まぐれや気分に振り回される側近と、国が脱線しないようフォローに回る軍や行政機関の苦闘が描かれている。

 

 途中まで読み進めてわたしはこの大統領を身近に感じた。

 こういう人物はわが国の政治家にもよくいるタイプであり、また行動パターンは、昔わたしが働いていた迷彩服集団の隊長や司令、あるいはアルバイト先の暴君社長そっくりだからだ。

 このような人物がアメリカの最高指導者というのは恐ろしいことである。同時に、大統領の暴走に歯止めをかける議会や各行政機関の必死の努力がうかがえる。

 

 かれは名門大学を出ているがほとんど勉強も読書もせず、経済学の基本的な事項も認識していない。

 

 ――(バノンのアドバイス……)トランプに講義をするな。かれは教授が嫌いだ。かれは知識人が嫌いだ。トランプは決して授業に出なかった男だ。かれは決してシラバスを持たなかった。決してノートを取らなかった。決して講義に出席しなかった。…それで充分だ。かれは大富豪(ビリオネア)になるのだから。

 

 また、突拍子もない思い付きをすぐ側近に命じるが、思考が支離滅裂なので次の日には忘れている。大統領補佐官や長官たちは、わかりましたと返事をしつつ報告を先延ばしにして、トランプが忘れるまで静かにしている。

 

 ホワイトハウス内を徘徊するイヴァンカや婿ジャレド・クシュナーは組織の規律を気にすることなく外交や内政に口を出し、役職者たちは激怒し、縁故集団と対立する。

 

 大統領は、毎日ケーブルテレビを見て過ごし、自らのロシアゲート問題が話題になると取り乱してわめき、まったく関係ない会議の場でも罵倒が始まる。

 

 本書におけるトランプは無能の暴君といった扱いだが、かといって側近たちがすべて正しいとも感じられない。更迭されたマクマスター補佐官は対北強硬派であり、イラク戦争時のコンドリーザ・ライスと同じように、早めの予防攻撃・侵略を訴えた。

 マティス長官以下国防総省が重視するアフガニスタン増派も、果たしてそれがテロリズム抑止の最善策なのかという疑問はある(例:Andrew Bacevich)。

 大統領選で対抗したヒラリー・クリントンはといえば、イラク戦争リビア侵攻等の失敗戦争・作戦を一貫して支持・主導しており、外交方針ではネオコンやブッシュとほとんど変わらない。

 

 ところでトランプが、外交等様々な分野で頼りにしている大親友と一部で話題の日本国首相は、本来なら貿易交渉や北朝鮮情勢の話題に際して言及されてしかるべきなのだろうが、本書ではほぼ取り上げられていない(そもそも外国ニュースや新聞でも全く聞いたことはないが)。

 アメリカ大統領を手玉に取る首相の活躍が見られるのは、朝鮮中央テレビと化した公共放送や一部の新聞だけのようである。

FEAR 恐怖の男 トランプ政権の真実

FEAR 恐怖の男 トランプ政権の真実

 

 

 

『インテリジェンスの基礎理論』小林良樹 その2

 インフォメーションの分析に関して、以下のような問題が生じる。

 

・インテリジェンスの政治化(政治に従属し、または政治を操作するために、収集分析が曲げられること)

・ミラー・イメージング(自分がこうだから相手もこうだろう)

・クライアンディズム(分析対象に愛着がわき冷静な判断ができなくなること)

・レイヤーイング(担当の引継ぎを通して、誤った情報が蓄積していくこと)

・グループ・シンク(付和雷同、なれ合い)

・麦ともみ殻(インフォメーションが膨大すぎて取捨選択ができない)

・Need to KnowとNeed to Share(各部署が情報を共有せず意思疎通が図れない)

 

  ***

 情報分析について。

・課題設定

・能力と意図の評価

・国内情勢・対外関係

・個別インフォメーションの評価(比較、クロスチェック、情報源の信頼性評価)

・結論の明示

 

  ***

 その他のインテリジェンス機能として、カウンターインテリジェンスと秘密工作活動(covert action)があげられる。

 カウンターインテリジェンス……人的管理の充実(セキュリティクリアランス等)、物的管理の充実(保全設備、体制等)、二重スパイの養成、サイバーセキュリティ防護

 秘密工作活動……プロパガンダ、政治活動、経済活動、クーデター、準軍事的活動

 

  ***

 冷戦が終結し、インテリジェンスコミュニティはテロリズム大量破壊兵器の拡散、サイバーセキュリティ、国際組織犯罪、国際経済問題、健康・環境問題への対応を迫られている。

 

  ***

 インテリジェンスに対する民主的統制には、立法府(議会)を中心として統制する型と、行政府内(監督官等)で統制する方式とがある。

 米国とイギリスでは制度が異なる。これは、インテリジェンス機関に対する国民の信頼性や歴史も関係している。

 

 ――我が国においては、第2次世界大戦前および戦中における特高警察の事例等もあり、インテリジェンス機関が国民に対する圧政の道具として利用された実体験が歴史上の記憶として依然として残っているとみられる。

 

 スノーデン事件は、合衆国民の間に、インテリジェンス機関への不信や批判を招いた。

 秘密情報や、個人の権利に関わる事項を取り扱うインテリジェンスを、主権者がどのようにコントロールしていくかが重要な問題である。

 

  ***

 日本のインテリジェンス・コミュニティについては、従来次のような批判がなされてきた。

・要求付与機関の不在

・情報収集機関の不在、特に、HUMINT部署の不在

・各機関の連携、協力の不在

・CI体制の脆弱性

・ICに対する民主的統制が整備されていない

 

 米国では、9.11およびイラク戦争の失敗を受けて、各機関の連携、すなわちNeed to Shareの必要性が認識されるに至った。これを受けて、大統領直轄の国家情報長官(DNI)を創設し、すべてのICを統括するよう設定された。

 

  ***

 2 応用編

 特にいくつかのテーマに焦点を当てて問題点や現状を検討する。

・インテリジェンスの定義について

・米英のインテリジェンス文化の違い……ICの統括機関、インテリジェンスの失敗の原因、学術研究、民主的統制

・政治とインテリジェンスの関係について

・大学等における教育について

 

  ***

 用語

 BfV:ドイツ憲法擁護庁

 BND:ドイツ連邦情報庁

 DIA:米国防相国防情報局

 FBI:米司法省連邦捜査局

 FSB:ロシア連邦保安庁

 GCHQ:英国政府通信本部

 DGSE:フランス対外安全保障局

 KGB:国家保安委員会

 MI5:英国保安部SSの俗称

 MI6:英国秘密情報部SISの俗称

 NSA:米国防相国家安全保障局

 SVR:ロシア対外情報庁

 DNI:米国国家情報長官

 IC:インテリジェンス・コミュニティ

 CI:カウンターインテリジェンス

 

インテリジェンスの基礎理論

インテリジェンスの基礎理論

 

 

『インテリジェンスの基礎理論』小林良樹 その1

 安全保障政策に直結するインテリジェンスについて体系的に学ぶことを目的とする本。

 書名のとおり、基礎事項が網羅されている。個別の事例や、歴史的な変遷については最低限の記述である。

 

 ◆所見

 インテリジェンスのプロセス、すなわち情報収集と分析は、国家安全保障だけでなく、人間が生活する上で必ず必要となる活動である。

 個人が適切なインテリジェンス活動によって自分の生活を進めるように、国家についても、主権者が正しい判断をできるような体制を、「自分たちで」整備しなければならない。

 主権者が正しくコントロールしなければ、同盟国から都合のよい情報を垂れ流されるだけの状態に陥ったり、または特定勢力の権益のために使われたり、国民を抑圧するために使われたりといった結果になる。

 

  ***

 1 基礎理論

 ――インテリジェンスとは、「政策決定者が国家安全保障上の問題に関して判断を行うために政策決定者に提供される、情報から分析・加工された知識のプロダクト、あるいはそうしたプロダクトを生産するプロセス」のことを言う。

 

 インテリジェンスにはプロダクト、プロセス、組織とに分かれる。

 インテリジェンス機関の集合体をインテリジェンス・コミュニティ(IC)という。

 

  ***

 インテリジェンスは国家安全保障に係る政策決定を支援するものである。あくまで、政策の要望に従属するものでなければならず、情報機関が暴走するようなことは否定される。

 インテリジェンスはインフォメーションを加工・分析したものである。

 インテリジェンス部門は、インテリジェンスの提供に関してのみ責任を負い、完全な情報解明や、政策決定とその結果に対しては責任を負わない。

 Need to Knowの原則と、Third Party Ruleの原則(他国から得た情報を無断提供しないこと)。

 

  ***

 インテリジェンス活動の対象は、国家的事項、軍事的事項のみならず、外交、環境、政治等、主体についてはテロ組織や犯罪組織、ハッカー等にまで拡大している。

 警察・捜査機関とインテリジェンスの関係は一様ではない。

 英仏独等は、警察とは別に国内インテリジェンス機関が存在するが、日本では警察、米国ではFBIが、捜査機関でありかつインテリジェンス・コミュニティの構成員に含まれる。

 

  ***

 インテリジェンスサイクルはインテリジェンスのプロセスを示すものであり、いくつかの定義がある。本書では次の項目に分けて論じられる。

・要求の決定

・素材情報収集

・素材情報加工

・分析と生産

・報告の伝達

・消費

・フィードバック

 分析と生産とは、具体的には分析報告書、口頭ブリーフィング等の形態をとる。

 伝達と消費に関しては、「何を、だれに、いつ、どの程度、どのように」報告するかがかぎとなる。

 

  ***

 日米のインテリジェンスコミュニティについて……

・日本:内閣情報調査室、外務省、警察庁防衛省公安調査庁。政策決定機関は、国家安全保障会議とその事務局、内閣情報会議である。

・米国:国家情報長官室、CIA、DIA、FBI、国家地球空間情報局、国家偵察局、NSA、DEA(薬物取締局)、エネルギー省、国土安全保障省国務省財務省、各軍

 特徴……大規模かつ官僚主義的、縄張り意識。

 失敗例……真珠湾攻撃朝鮮戦争、ピッグス湾事件、イラン・コントラ事件、9.11、イラク戦争

 

  ***

 インフォメーションについて……OSINT、HUMINT、GEOINT、SIGINT

 各情報収集手法の短所

・OSINT……情報量が膨大であり、反響効果がある

・HUMINT……生命のリスク、情報源設置に時間がかかる、欺瞞工作の危険

・SIGINT……開発・運用のコスト、暗号化、欺瞞工作

・GEOINT……開発・運用のコスト、非国家主体への有効性が低い

 

  ***

 インテリジェンス・プロダクトは、以下の要件を満たさなければならない。

・客観性

・時機

・政策決定者の注文に沿うもの

・政策決定者に理解しやすいもの

・事実と推測、結論がそれぞれ明確であること

  ***

[つづく]

 

インテリジェンスの基礎理論

インテリジェンスの基礎理論

 

 

『ふしぎな部落問題』角岡伸彦

 『はじめての部落問題』の著者による続編。

 部落問題の矛盾点や、メディアによる偏見や誤情報の拡散、近年の新しい事象(ネットでの情報氾濫など)にも触れている。

 同時に部落解放運動の新しい形も紹介しており、現状を知る助けとなる。

  ***

 

 近年の部落問題は、部落解放運動が抱える矛盾から生まれている。

 部落解放運動は、部落民部落民であることを前提にした運動だった。例えば障害者差別反対運動であっても、障害者を健常者にすることが目的ではなく、障害者であることを前提にかれらに対する差別を撤廃することが目的である。

 

 ――部落解放運動は、部落民としての解放を志向しながら、「どこ」と「だれ」を暴く差別に対して抗議運動を続けてきた。……部落民としての解放を目指しながら、部落民からの解放の道を歩まざるを得なかった。

 

  ***
 1 歴史

 部落民の特殊性は、身体的・民族的差異がなく、差別の歴史によってのみ存在する点にある。

 1871年の賤民廃止令以後も、差別意識は強く残り、またかれらを指す言葉も残った……新民、新平民、特殊部落など。

 賤民廃止に反対して西日本の農村では一揆がおこった。岡山では農民が特殊部落を襲撃し18人を殺害し焼き討ちする事件があった。

 1922年、全国水平社が設立された(同年、日本共産党も創設された)。水平社の理念は自らの出自を明確にし、「えた」であることに誇りを持ち、集団で対抗するというものだった。

 その実際の闘争とは、差別語を発した人間のもとに集団で押しかけ謝罪状を要求するというもので、各地で騒乱に発展した。

 戦後は部落解放同盟として再編成された。

 国の同和行政は、住宅事情、インフラや教育の立ち遅れた被差別部落を公共事業によって改善するものであり、2002年までにのべ15兆円が投入された。

 同和行政は、同和地区、被差別部落を公式に認定したため(拒否した部落もあった)、後に問題を残すことになった。

 この時期、学校では生徒が部落民宣言を行い、身近な存在として向きあうという教育方針がとられた(この方針は90年代に廃止された)。

 著者は、インターネットの勃興により、戦前(内務省)や戦後の政府調査資料が掘り返され、部落地名総監が出回っている現状を嘆く。

 部落民であることを本人が誇るのはいいが、それを第三者が暴き立てるのには問題がある。

 現在でも差別は残っており、インターネットは誤解や偏見の温床となっていると指摘する。

 

  ***

 2 メディアと出自

 橋下徹の出自をめぐり、ライターや記者がこぞって偏見と事実誤認に満ちた記事を掲載した事件について。

 2012年、『週刊朝日』誌上に掲載された佐野眞一の「ハシシタ・奴の本性」は被差別部落に対する偏見に満ちており、会社役員が辞職する筆禍事件となった。

 佐野は、ある人物・犯罪者の人格や行為が、家系や血統からくるものだと考える傾向を持っていた。

 橋下徹は父親が被差別部落出身であるために出自に関して共産党系ライターの一ノ宮氏に様々な記事を書かれ(本人は東京出身だが八尾出身と誤認された)、また同和行政をめぐって共産党および解放同盟自体からも批判を受けた。

 実際は、橋下が同和地区に住んだことはなく、また暴力団員の父親とはほとんど一緒に暮らしたことがない。

 事実誤認の記事は、その後森功氏、上原善広氏が検証せずに引用した。

 上原氏は著者と対談したときに間違いを指摘され激怒し、対談掲載を拒否したという。

 

 ――出自や血脈は所与のもので、変更することはできないのだから、それをあしざまに書くのは、陰湿ないじめである。

 

 取材対象の出自に触れることは重要だが、その取材や推論が杜撰であれば非難は免れない。また、出自を暴くことは本人やその親族に悪影響を及ぼすことが必ずある。

 部落民であることを否定的な血脈として捉えるのは当人たちも同様である。

 

 ――しかし私は橋下氏に問いたい。では、日本で最も血脈主義が貫徹されている天皇制はどうなんですか? と。私が言いたいのは、日本社会では、よくも悪くも血脈が大きな意味を持ち、だからこそ天皇制と部落差別が残ったのではないか、ということである。

 ――意識するしないにかかわらず、私たちは血縁信仰の中で生きているのである。

 

  ***

 3 映画「にくのひと」をめぐる問題

 加古川市の食肉センターを舞台にしたドキュメンタリーは、解放同盟の一部の反対により上映中止となった。

 かれらの反対理由は、賤称語の使用や住所の明示だった。

 本来、水平社は、部落民であることを宣言し差別と闘うという理念のもと結成されたが、一部の解放同盟職員は、こうした明示に反対していた。

 差別からの解放を訴える一方で、出自を隠そうとする動きもある。

 

 ――けっきょくは、部落であることを知られたくない、屠畜場の存在を隠しておきたいというコンプレックスが、上映阻止の動機ではないのか――。

 

  ***

 4 被差別部落の未来

 1部 勃興期

 大阪府箕面市北芝地区における同和対策事業をたどる。同体事業を進めるためには各地域の受け皿組織が必要であるため、地元有力者や自治会役員が組織のトップについた。

 この組織トップがあまり熱心でなかったり、「寝た子を起こすな」主義者である場合、事業に支障が出ることがあった。

 奨学金説明会で部落民であることを知らされた高校生の話。

 

 ――はあ? と思って。ぼくはそれまで部落民と障害者と朝鮮人は嫌いやったんです。差別する側、差別者だったんです。

 

 当初差別に無関心だった部落民が、差別に直面し問題に向き合うようになる例をあげる。

 当時、同和対策事業により住宅・道路などが改善され、また多数の部落民が市職員になった。このため周辺住民からの妬みの対象となった。

 行政にすべてを依存する問題は解放同盟においても取り上げられた。子供の学力は低く、高校・社会人になってすぐにつまづく例が多くなった。

 

 ――部落解放運動をやってたら公務員になれるって、そんなんでほんまにええんかな、ちょっと違ううんちゃうかって、80年代後半くらいに思い始めました。

 

 ――解放運動がさほどの努力を必要とせず、安定した公務員に就ける道をつけたとすれば、自立を促すどころか行政依存を深めただけではないか――。

 

 以後、井上氏らによる、行政に頼らない同体事業の紹介が続く。

 

 2部 転換期

 差別をなくし部落を残すという方針のもと、北芝地区では、若者や他県出身者などを巻き込んだ町おこしが行われている。

  ***

 

 ――部落差別は、なくさなければならない。しかし、その営為は、必ず部落を残すことを伴う。要はどんな部落を残すかが重要であろう。

 

ふしぎな部落問題 (ちくま新書)

ふしぎな部落問題 (ちくま新書)