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うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ペリリュー・沖縄戦記』ユージン・スレッジ その1

 海兵隊に志願し、パラオ諸島ペリリュー島の戦い、沖縄戦に参加した兵隊の回想録。太平洋戦争の様子が細かく書かれており、兵隊たちの悲惨な状況を知ることができる。

 構成は次のとおり。

・志願とブートキャンプ

ペリリュー島の戦い

沖縄戦

 著者は戦争に乗り遅れないように、士官候補課程(ROTCの原型)を途中でやめ、一兵卒として入隊した。

  ***

 最初に派遣されたのがパラオ諸島ペリリュー島で、海兵隊第1師団は島の日本軍守備隊を掃討する任務を与えられた。島での戦闘は、海兵隊アムトラックで上陸し、日本兵の迎撃をかいくぐり制圧した後、陸軍と交代するというものである。日本兵は万歳突撃をやめ、持久戦法をとるようになっており、米軍の被害は大きくなった。

 以下、著者が経験した戦争の風景について……

・ベテラン兵は皆うつろで生気のない眼をしていた。

海兵隊を含む米軍に共通していたのは、みなぎる日本人(ジャップ、ニップ)への憎悪だった。降伏すると嘘をついて、米軍偵察隊を皆殺しにしたゲッチィ大佐事件や、真珠湾攻撃などを受けて、日本兵は卑怯であるというのが米軍の認識となっていた。

 

 ――……あの戦いのさなか、海兵隊員たちは間違いなく、心の底から、激しく日本兵を憎んでいた。こうした憎悪を否定したり軽視したりするなら、私が太平洋の戦場で生死を共にした海兵隊員たちの固い団結心や熱烈な愛国心を否定するのと同じくらい、真っ赤な嘘をついていることになるだろう。

 

・ブートキャンプには、兵隊が生き延びるために必要な要素が詰まっていた……弾の音がしたらすぐに伏せること、眠らないこと、闇の中でも音や気配を察知すること、銃の扱いに習熟すること等。

・戦利品漁りは、兵隊の中でも当たり前に行われていた。かれらは日本兵の物品を手に入れ、また金歯を抜き取った。ある兵隊は生きている日本兵の口を耳元まで切り裂き金歯をナイフで抜き取った。

 

 ――歩兵にとっての戦争はむごたらしい死と恐怖、緊張、疲労、不潔さの連続だ。そんな野蛮な状況で生き延びるために戦っていれば、良識ある人間も信じられないほど残忍な行動がとれるようになる。われわれの敵に対する行動規範は、後方の師団司令部で良しとされるものと雲泥の差があった。

 

・後方部隊の人間が、戦闘終結後にやってきて、日本兵の屍体から物品を漁る場面が多々見られた。

・ハワイやフィリピン等大規模な司令部、基地のある島と異なり、小島やへき地の環境は過酷だった。駐留地であるパヴヴ島は腐ったココナッツで地面が埋め尽くされ、足元はぬかるんだ。

・前線の歩兵は不潔に悩まされた。からだは垢や油で黒くなり、悪臭が鼻をついた。水の少ない南洋での戦いは、油の浮いた水や、白濁した水たまりの泥水を飲まなければならなかった。

  ***

 戦闘は兵士に大きなストレスを与え、かれらの精神は興奮と絶望とで振り回された。

 

 ――私は身震いし、息が詰まった。怒りと苛立ちと無念の思いがこみ上げ、激しい嫌悪感に襲われる。それは、仲間が窮地に陥っているのを見守っているほかないときに、いつも私の心を苛む感情だった。

 

 ――……そのとき、この状況の意味する現実が、ゆっくりと頭のなかで形を成していった。――われわれ歩兵は消耗品同然なのだ!

 

 ――容易には受け入れがたい事実だった。われわれは生命と個人の価値を尊重する国に生まれ、そういう文化のなかで育ってきた。自分の命など何の価値もないと思い知るのは、孤独の極みともいうべきだった。惨めなことこのうえもない体験だった。大方の古参兵は、すでにガダルカナルの戦場で、あるいはグロスター岬の戦闘で、こうした現実を思い知らされてきた。

 

[つづく]

 

ペリリュー・沖縄戦記 (講談社学術文庫)

ペリリュー・沖縄戦記 (講談社学術文庫)