うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『A Pretext for War』James Bamford

 著者は『パズル・パレス』、『すべては傍受されている』等、NSA(国家安全保障局)に関する本で有名。

 本書の副題は「9.11、イラク、そしてアメリカ情報機関の悪弊」。

 冷戦構造から抜け出せず、イスラム過激派ネットワークを捕捉できなかった情報機関(NSA、CIA)の失敗、90年代以降、ビンラディンを中心に広がっていくテロリスト網、政府による情報操作等を時系列に沿って記述する。

 情報機関は、中立公正な情報収集のため、可能な限り利用者から独立していることが重要である、とリップマンは『世論』において主張した。

 本書で明らかになるのは、CIAを筆頭に各情報機関が、政府の意向に沿って事実を歪め、誤った情報分析を強いられていく過程である。

 ブッシュ政権は、フセインに騙されたのではない。かれらは……

1 大量破壊兵器の有無に関して

2 イラクアルカイダとの関連性に関して

 意図的に情報を操作し、合衆国民と他国を騙したのである。その原動力は、イスラエルに有利な中東政策を推進するための、新保守主義者(ネオコン)の働きである。

  ***

 1 破壊

 2001年9月11日、同時多発テロに直面した米空軍や航空業界、そして貿易センタービルの模様から始まる。大統領以下多くの担当部署での初動不手際が指摘される。ブッシュは訪問先の小学校で数十分にわたり指揮の不在を作った。NSAの統合情報部署はテロをテレビ中継で知った。米軍の統合参謀本部議長はヨーロッパにおり、その代行者である副長は、飛行機が突撃した後も国会議員への自己アピール会談を続けていた。

 北米防空指揮所(NORAD)隷下の基地から2機がスクランブル発進していたが、目的や標的もわからずにさまよっていた。首都近郊の基地から戦闘機が離陸したがバルカン砲以外持っていなかった。空港のセキュリティは、主に経験のない低賃金の警備員が行っていた。

 航空機4機によるテロの発生後、ブッシュは秘密の指揮所に向かい、チェイニー副大統領他、各閣僚等も近場の地下壕に避難した。アイゼンハワーの代から、米国は核戦争で打撃を受けたときのために、影の政府と地下司令部の計画を作成していた。影の政府はクリントンの代で停止したが、地下施設は合衆国全土で維持された。

 ブッシュはその日の夜まで姿を現さなかったため、逃げ出したような印象を与えた。

 

 2 検知

パレスチナ問題、ソ連のアフガン介入から続く、イスラーム過激派のネットワークについて。イスラエルパレスチナ政策に反対するアッザームの教え子がビンラディンであり、その部下がボジンカ計画やフィリピン航空機爆破テロ、世界貿易センタービル爆破に関わったラムジ・ユースフや、ハリド・シェイク・モハメドである。さらに同時多発テロ実行犯もこの人脈に連なる。

・フィリピン航空機テロの後、ボジンカ計画(大規模航空機テロに係る計画)がフィリピン警察の尋問により明らかになったが、この情報を合衆国は活かさなかった。

・NSAは冷戦時代、ソ連とその衛星国、中国、その他の国からの衛星電波や無線を傍受していたが、冷戦終結によって組織、設備が陳腐化した。エシュロンは旧世代の無線傍受設備であり、今や通信の大部分を占める光ケーブル通信を補足することはできない。また、メールの監視システムを導入したが外国語要員が不足していた。

 長官に任命されたヘイデン将軍は、インターネットや携帯電話、光ケーブル通信の傍受のため、制度と設備の改革を実施した。

・CIAは冷戦を通してモスクワ、東ドイツ、インドにまともな工作員を浸透させることができなかった。冷戦後も、イラククウェート侵攻を予見することができなかった。ジョージ・テネットが95年に長官となったとき、CIAは時代錯誤に陥り、予算も削られた。

・CIAは2001年になっても中東テロ組織に対する工作をほとんど実施していなかった。CIAは大使館付きの快適な生活を好み、州の法執行職員よりもはるかに安全な仕事だった。

・職員を危険なアラブ人テロ組織に潜入させるかわりに、非公式工作員や協力者、ISI(パキスタン情報部)、北部同盟等の活用を目指したが、信頼性に欠けていた。

FBIとCIAの統合対テロ部署では、お互いに派閥があり、うまく連携できていなかった。CIAは見込みの薄いマスード北部同盟資金援助していたが効果はなかった。北部同盟軍閥の寄せ集めであり、麻薬取引で運営資金をまかなっていた。

ビンラディンの宣戦布告と、アメリカにおいてハイジャックを行う容疑者の名前までが特定されていたにも関わらず、情報機関同士の縄張り争いと連携不足により、かれらの入国を阻止することができなかった。

・一方で、アルカイダに志願したアメリカ人らは容易にビンラディンに接触し、テロ計画を知ることができたという。

 

 3 欺瞞

・ブッシュ政権発足時の最大目標はフセインの排除だった。

・この計画は「clean break」と呼ばれ、ネオコン思想家であるリチャード・パール、ダグラス・ファイスらが唱えていたものである。かれらは、冷戦期の親イスラエル学者ウォルスタッター(Albert Wohlstetter)の影響下にあった。

 ネオコンの一般的な政治姿勢……自由民主化の推進、反国際連合、反CIA、親イスラエル

・かれらネオコン研究者は対パレスチナ強硬政策、和平合意の破棄、イラクやシリア等反イスラエル国家の転覆を政策に掲げた。クリントン政権はかれらを無視したが、ブッシュは3人を政府の要職に就けた。コンドリーサ・ライス、チェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官が、ブッシュとネオコン3人組を結び付けた。

ブッシュ大統領の父は、大統領引退後フセインの刺客によって暗殺されかけた。子ブッシュはこれを忘れていなかった。

・パール、ファイス、ワムザーらは税金を投入して反フセインのプロパガンダ機関を設立し、宣伝戦を開始した。偽文書や、亡命者の偽情報を取り上げ、大量破壊兵器の保有を訴えた。ブッシュ政権はイスラエルシャロンと結託し、イラク侵略の必要性を訴えた。

・「ブッシュが戦争をしたいなら、君たちの仕事はその理由を見つけ出すことだ」

 イラク戦争正当化に決定的な役割を果たしたのは、パウエル国務長官の侵攻支持だった。パウエルは国連で演説したが、その根拠のほとんどが出所に疑問のあるものだった。CIAやFBIの一部は情報の不正確さを指摘したが、無視された。

  ***

 政府の世論操作により合衆国民はイラクへの戦争が不可欠と考えるようになっていた。こうしてイラク戦争の口実はつくられたのである。

 実際には、9.11の実行犯たちにイラク人は1人もおらず(大半が米の友好国サウジアラビア出身)、またイスラーム過激派であるアルカイダと、世俗主義社会主義政党フセインは敵対関係にあった。

 イラクでは大量破壊兵器開発が既に断念されており、存在しなかった。

  ***

 開戦直前のネオコン論者のグロテスクな証言について。

 ――いったんイラクに行って彼らを解放すれば、2つの事態がただちに起こる……イラクの民衆は通りでダンスを始め、世界中の査察団は次々にNBC兵器の証拠を見つけ出すだろう。

 一部の専門家や軍高官の予測どおり、イラク戦争は泥沼のテロ戦争となった。

 終章で示されるのは、アメリカの開戦論がイスラエル情報機関の強い影響下にあったという状況である。2005年には、元空軍大佐がイスラエル大使とイスラエルロビー団体に秘密情報を提供したことで逮捕されている。

  ***

 COG(Continuity of Government):政府存続の計画……地下司令部や臨時閣僚等

 SCS(Security Collection Service)はNSAとCIAの統合部署で、工作員が国外で秘密裏に通信機器を取り付けるのを主要業務とする。

 INC(Iraqi National Congress):イラク国民議会。亡命者チャラビの組織であり、ネオコンの統制下にあった。大量破壊兵器に関するガセ情報の多くはこの団体から入手したものである。

 

A Pretext for War: 9/11, Iraq, and the  Abuse of America's Intelligence Agencies

A Pretext for War: 9/11, Iraq, and the Abuse of America's Intelligence Agencies