うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『戦争の科学』アーネスト・ヴォルクマン その2

 

 第三章 龍の顎

 シャルル七世は長弓に対抗するためにヨーロッパ中から科学者・技術者を呼び研究させる。火薬は中国で誕生しイスラムにも伝わったが、まだ決定的な兵器にはなっていなかった。「ボンバルド」または「カルヴァリン」という初期の大砲は、発射音は立派だが射程も短く命中率も悪かった。火薬の量をまちがえると砲兵が吹き飛んだ。

 ――多岐にわたる研究が結実した新たな兵器システムを、フランスは「大砲(カノン)」と命名した。

 砲弾(カノンボール)を一分に五、六発撃つことが可能で、騎兵部隊や城壁の破壊にも使うことができるのだ。トラニオン(砲耳)を数学者の準備した表にしたがってまわし弾道を調節した。とくに高い弾道を描ける口径の大きい砲は「臼砲」と呼ばれた。

 大砲に対抗してトラス・イタリエーヌという幾何学図形の新要塞がつくられ、のちに稜堡となる。ヴェネチアの数学者タルタリアは弾道学を創始した。大砲を不要にするには砲手を倒せばいい、こうしてスペインによって考え出されたのが手砲(ハンドカノン)だった。フランスは火縄銃(アルクビューズ)と呼ぶ。これが進化して(銃身をのばした)マスケット銃が誕生する。信長戦法。

 イスラム世界は停滞し、中国は万里の長城でじぶんたちを「夷狄」から遠ざけていた。このあいだにヨーロッパが科学・軍事において革命を起こしていることに彼らは気づかなかった。

 

 第四章 素晴らしき新世界

 当時赤道を越えると北極星が見えなくなるため沿岸航海しかできなかった。エンリケ航海王子は学者を集め研究させる。そして従来のガレー船にかわり発明された大型船がカラベルである。

 ――……その船は五十トン級の帆船で、吃水線のずっと上に甲板を備え、大きな三角帆と四角い帆を張った複数の帆柱が立ち、大量の貨物が運べるように船体には十分な深さが与えられていた。技術的に見た場合、カラベルはずっと後年の内燃機関の登場にも比肩し得る大飛躍だった。

 この新型船に搭載されたのが大砲、羅針盤、操舵輪である。サンタマリア号はキャラックとよばれるタイプである。ポルトガルを追ってスペインは新大陸攻略にのりだし、攻撃用大砲を搭載できるガレオン船を発明した。さらにこの外洋支配競争に加わったのが英国である。

 ヘンリー八世は当時の科学を結集して軍艦グレート・ハリーを建造した。その後イングランドは海軍力を増強し、スペインの無敵艦隊を破り海上覇権を握った。十八世紀初頭、イギリスの時計職人ジョン・ハリソンにより「史上初の実用に堪えるマリン・クロノメーター」が誕生した。これは膨張率の違う二種の金属によるゼンマイ式の時計だ。

 

 第五章 王たちの最後の手段

 オランダ独立戦争から、戦争は総力戦に近づいていくことになる。太陽王ルイ十四世は積極的に軍備増強をおこなった。銃剣(バヨネット)の由来はバスク地方バイヨンヌではじめて使われたことに由来する。太陽王とその行政官コルベールは国内の道路を整備し、運河網をつくり「フランス国土の大半をひとつの兵站システムに組みこんだ」。

 フランスとプロイセンの脅威に対抗するため、イギリスの科学者は軍事開発をつづけた。ジョン・ネイピアは新型ガレオン船をつくる。ちなみに彼の遺稿には核爆弾とおぼしきもののスケッチも含まれている。

 つづいてベンジャミン・ロビンズは軽量のカロネイド砲、そして旋条砲身(ライフリング)と円錐形の砲弾、それに後装式の大砲をつくりだした。砲弾は回転しながら飛ぶときもっとも距離と速度を稼ぐことができる。この技術により大砲はおそるべき兵器となった。またマスケット銃もライフル銃にかわった。

 ウィルキンソンの砲鋳造技術と、ワットの蒸気機関により、産業革命がおこった。

 ――兵器の大量生産が実現し通信速度が向上したことによって、広大な地域を巻き込んだ総力戦に必要な道具がすべて出そろった。

 

 第六章 鎖を解かれたプロメテウス

 一八〇〇年、戦力向上のためにナポレオンは産業振興会をおこした。

 「振興会にとって不幸だったのは、この賞金がフランス全土から奇人変人を呼び集めたことだ」。

 保存性にすぐれた瓶詰食糧はフランス軍に大規模な遠征を可能にした。対抗してイギリスは「ブリキ製キャニスター」という容器をつくったがこれがのちの「缶(can)」となる。進歩は加速度的に発展するようになった。

 フランス革命の初期には、無学な市民が科学者たちを死刑にした。しかし戦争がさしせまるとこれはまちがいだったと気づき、技術を重視するようになった。スペインと同盟を組んだナポレオンはジブラルタルを占領するイギリス軍を撃退するためにアイデアをつのった。モンゴルフィエ兄弟は気球をつくり、アメリカ人発明家ロバート・フルトンは潜水艦を発明した。爆弾搭載気球。しかしナポレオンはこれらには冷淡だった。

 フランスに敗れ屈辱をなめたプロイセンは科学による立国を志した。軍事技術を向上させるための科学アカデミーの制度がしかれ、やがて驚異的な軍隊を生み出した。

 「プロイセンの教育制度を土台として、ドイツは世界を主導する科学大国へと成長した」、「科学は陸軍と海軍、富、そして権力をもたらす」。

 カイザー・ヴィルヘルムⅡ曰く「科学は国力の一部である」。国益にかなうかぎり科学者たちは手厚い恩恵をこうむった。

 一方慢心したイギリスはドイツ、アメリカに追い抜かれた。アメリカ鉄鋼王カーネギーが頂点に立ったときこの技術を無心に学んでいたのはイギリスではなく東洋人だった。この東洋人たち、つまり日本人がやがてロシアとの戦争をおこすことになる。

 ――痛い思いをした経験が技術発展の契機になったという点で、プロイセンと日本は共通していた……

 ナポレオン戦争後に頂点にたっした、冶金学者、化学者、物理学者をまきこんだ軍拡競争。ドイツのクルップはその鉄鋼で蒸気機関車と鉄道をつくった。アイルランド愛国者ホランドはアメリカの援助を得て潜水艦をつくり、これに注目したドイツが特許を買い取った。無敵の海上兵器にホランドは「抑止力になる」と言をそえたがこれはまちがいだとわかった。こうして行き着いたのが第一次大戦だった。

 

 第七章 魔法使いの弟子

 原題がScience goes to Warなので科学の行く末について語られる。

 飛行船の発明者フェルディナント・ツェッペリン大尉は南北戦争のとき北軍視察武官として渡米していた。WW1で使われたドイツ軍爆撃機「ゴーダ」。チューリングの開発したチューリング・マシン。ロケット開発はコングリーヴからヴェルナー・フォン・ヴラウンへとひきつがれる。ドイツはヒトラーの独裁が原因で、科学者たちを組織だって運用することができなかった。

 

 第八章 一千個の太陽

 第一次大戦前のドイツは科学の理想郷だった。ゲッティンゲン大学では科学者たちの国際的な交流がすすみ、ニールス・ボーア、マックス・プランク、アインシュタイン、フリッツ・ハーバーもここから誕生した。

 アインシュタインとシラードがアメリカで原爆をつくったのはナチスにつくられる前に対処しておくためだった。オッペンハイマーの運営するマンハッタン計画により爆弾は完成した。一方ドイツのハイゼンベルクヴァイツゼッカーはミスをおかして開発に失敗した。オッペンハイマーは原子物理学だけでなく八ヶ国語を話し、哲学・文学にも親しんでいたという。

 ソ連スターリンの科学にたいする無知、反ユダヤ主義のために原爆開発は停滞していた。しかしスターリンの御用学者クルチャーコフ、西側から戻ってきたカピッツァによりのちに製造に成功した。

 科学が倫理とむきあった事例のひとつが原爆開発である。能力のあるものこそ倫理について考えざるをえなくなる。


 第九章 亡びの時代

 ベトナム戦争にまで下るとハイテク兵器がやってくる。ソ連軍事顧問団が管理する北ベトナムのラン・チー要塞にF4ファントムが接近してきた。要塞にはSAM(地対空ミサイル)があり低空飛行による爆撃は防げるはずだった。しかしここで使われたのが……

 ――敵の周波数自動変換レーダー信号を、電子的に妨害して無効化するシステム。内蔵した電子追跡装置でレーダー信号を「のっとり」、発信元へと突き進む空対地ミサイル。画像認識弾頭を搭載し、空中発射される巡航ミサイル。そして、ピンポイントで標的を破壊できるレーザー誘導爆弾。

 アメリカはスプートニクソ連に打ち上げられたショックから(一九五七年)、一大科学振興につくした。原子物理学は広範囲にわたって「機密」とされ、初歩的な記事まで掲載を指し止めされた。

 奇人エドワード・テラーの製造した水爆の実験によってエウゲロプ島は消滅した。「マッド・サイエンティスト」像、これが「現代科学の象徴となってしまったのだ」。科学と技術はほとんど一体化してしまった。

 現在解明されている最大の素数は六五〇〇〇桁どまりである。素数が無限にあるというユークリッドの説はまだ証明されていないがこれが暗号製作に大きな可能性をひらいたのだという。

 やがてビル・ゲイツとマックの製作者がやってくる。

 中国、イラクと核開発国が米ソにつづいた。イラクヒッタイトバビロニアのあった土地にある。フセインヒッタイトの再現をこころみたが湾岸戦争でつぶされた。科学者が支配するという物理学者バーナルの予言は中国で実現したようだ。アインシュタインの名言、「第三次世界大戦でどのような兵器が使われるのか、わたしには予想できない。断言できるのは、第四次世界大戦が石と棍棒で闘われることだ」。

 

 エピローグ 微生物と雷光

 ダッハウで人体実験をおこなった医師団の頭領シュトルクホルト、それに七三一部隊の石井四郎博士は戦後罪を問われることなくアメリカに引き抜かれた。ドイツの科学技術は、核兵器をのぞけばアメリカのはるか先を行っていた。日本の生物兵器も同様だった。アメリカは博士号をもつ学生を大量に戦死させてしまったため、冷戦にそなえる必要があった。

 のちにシュトルクホルトは宇宙飛行の基礎をつくる。白い宇宙服も彼の考案である。ソ連ナチスドイツ科学者を手に入れようとしたときすでに施設はもぬけの殻だった。心優しいソ連の科学者コロレフはやがて冷酷なロケット実験者になった、という。V2設計者ルドルフもシュトルクホルトと同様アメリカに登用された。
日独ソと同様、アメリカでも放射能の人体実験がおこなわれる。

 

戦争の科学―古代投石器からハイテク・軍事革命にいたる兵器と戦争の歴史

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