うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『一下級将校の見た帝国陸軍』山本七平

 『私の中の日本軍』につづいて読む山本七平の本。

 日本人は役職を与えられると別人のように態度が変わるが、これが事大主義すなわち大に仕える主義である。大にはゴマをすり、小はあごで使う、この傾向は戦前から一貫しているという。たしかに、日本人に限らず人間はそういうものである。

 陸軍の組織は動かすことに腐心はするが「なんのために」ということについては目をそらす機械だった。目的なく自転する組織は倒産直前になってもそのことに気づかない。

 フィリピンは大部分がカトリック圏である。日本軍はここでまったく歓迎されなかった。占領統治を目的としながらフィリピンについてなにも調査しなかったためである。統治する「つもり」で実際の手続きはなにもしなかった。

 日本社会がいまでも純血にこだわるように、フィリピンその他植民地世界では混血(白人との)を尊重する。日本は多民族社会の経験も異民族統治の経験もなかったから失敗は当然である。

 全編を通じて著者が疑問をなげかけるのは日本人のいい加減さである。どの場面でも、願望や思い込みが事実に優先するのである。このいい加減さは陸軍の病弊たる「員数主義」に端的にあらわれる。「員数」とは物品や人員の数のことだが、要するに名目上の員数がそろえば実質はどうでもよいのである。本質的な問題よりも周りの人間との摩擦をおそれる。虚構で人をひきつけ統率する日本軍が、やがて現実の前で崩壊するのは自然の成行だったと山本は指摘する。

 組織が末期的状態にいたると、詐欺的人物、曰く「神がかり的言動と暴力で超能力的雰囲気を振りまく大言壮語的言いまくり型人物」が台頭する。組織の人間はこぞってこうした人物に依存してしまうのだ。

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 自分の経験と陸軍の体質を執拗に分析するのは、著者が戦場でのふるまいに後悔をいだいているためだろうか。部下を見殺しにし、任務を投げ出して生き延びたことを彼はたびたび持ちだして反省する。陸軍の官僚体質を、日本人の思考方法を熟考することは自分への戒めともなるのだろう。彼は「塹壕のことは黙して語らず」ではなく口をひらくほうを選んだ。

 従軍経験のない者でも兵隊を非難することはできる。しかし、彼らの行動を完全に理解し、共感することはわれわれには不可能なのである。経験したものとそうでないものには埋められぬ差がある。これも山本が多くの著作を通して念を押す点である。

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 武装解除され米軍の収容所に入れられると、暴力団が兵たちを仕切りはじめた。米兵の俘虜たちが擬似民主制を自分たちでつくりはじめたのにたいし、日本兵たちは暴力を基盤とした恐怖政治をつくりはじめた。これは両民族の知能程度の問題ではなく、秩序の構築方法の問題であると山本は書く。日本軍は言葉を封じ暴力で制度をつくろうとした。曰く、言葉のかわりに溢れていたのは意味不明のスローガンだけだった。

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 統帥権の独立とはもともと政府が軍隊で民権運動を弾圧せぬよう、天皇とともに中立の立場を守らせるために決められたものだった(考案者には福沢諭吉植木枝盛も含まれる)。政府や党が軍隊を動員できてしまっては、選挙のたびに内戦になるだろうというのを恐れたのだ。

 軍の弱点は予算であり、議会で軍事費が否決されればそれは終戦を意味した。これを防ぐため議会解散を陰で画策したのが超人物、武藤章である。彼は「組織の名誉のため」戦犯たちに口を割らずに死ぬことを命じたとうわさされていた。

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 自らの心性をはっきり認識しないかぎり体質は変わらない。

 

一下級将校の見た帝国陸軍 (文春文庫)

一下級将校の見た帝国陸軍 (文春文庫)