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『法哲学』平野仁彦 編 その1 ――法とは何かを考える入門

 

 法とは何か、法はどのようなものであるべきか、等を研究するのが法哲学である。
 本書は非常に広い範囲をカバーする教科書である。

 

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 1 現代の法と正義

 現代社会はグローバル化が進んでおり、法もまたその影響を受ける。

 法哲学とは、法の基本的なあり方に係る問題を検討するものである。すなわち、法の哲学的探究である。

 これを大きく分けると、法の全体像の問題と法の理念の問題となる。前者は法秩序の全体像をどうとらえるかであり、後者は法の基本的な理念、あるべき姿を考えることである。

 

 現代的な意義:

・グローバリゼーションに伴う標準化と差異化の潮流において、法をいかにとらえるか。

・リベラル・プロジェクト……立憲民主制の枠組みのもと、個人の平等と自由を中心的な秩序原理とする考え方。ロールズ以降の議論を考えること。

 

 ロールズの『正義論』について:

功利主義批判……利益の最大化のみを重視し、その配分には無関心である。

 

 功利主義のこうしたいわば全体志向の側面が、全体の利益を増大させるためであれば個人ないし少数者が犠牲とされるのを厭わないという傾向を生むのである。

 

ロールズの正義……「基本的な権利・義務を分配し、社会的協同から得られるさまざまな財を分配する仕方、制度的仕組を規制する正義原理」。

・正義原理を導出する手続き……利己的・合理的な原初状態の当事者が、ルールを合意に基づいて決定する。この際、かれらは自分が弱者なのか、富者なのかわからない……「無知のヴェール」を持つため、こうした個人を差別するルールは排除する。

・正義原理のなかでも「自尊」が特に尊重される。

・正義の二原理……第1原理は、あらゆる基本的な自由を平等に保障すること。第2原理……「格差原理」は、国による積極的な格差是正措置を正当化するもの。また「公正な機会均等の原理」では、平等なチャンスを重視する。

 

 ロールズの正義論は、福祉国家リベラリズムへとつながった。

 また、福祉国家リバタリアニズムリベラリズム対共同体論といった新たな議論を生んだ。

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 2 法システム

 法とは何かについて考える。

 近代法では、法を、人が定立したもの、つまり実定法であると考えてきた。その根拠は神や自然法ではなく、強制的な命令とされた。

 しかし強制力だけに着目すると、法が権力を拘束する規範である点、人びとが法を順守し主体的に運用する側面が無視されがちである。

 

 法規範……各人が自己や他人の社会規範として法をとらえることもまた、法システムの自立性を支える。法には規範性がある。

 

 法の妥当性(法はどうして妥当するのか、人を義務付ける力を持つのか、その根拠はどこにあるのか)をめぐる学説:

 

・法学的妥当論……法規範の妥当性はより上位の法規範の妥当性に基礎づけられる。これは憲法を頂点とする。

 ケルゼンの創始した説で、問題点は、憲法を基礎づける法規範がないこと、また「悪法も法なり」の法実証主義に与しやすいことがあげられる。

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・事実的妥当論……法に実効性があればそれが妥当性である。主権者による実力行使ができていればそれが妥当性である。社会成員が心理的に承認していれば妥当である。

 

・哲学的妥当論……法以外の価値・理念によって基礎づけられる妥当性。

 

 ……法は道徳から自立してはいるものの、法独自の観点で道徳規範の内部化を行っているのであり、そのかぎりにおいて法と道徳は関連を持つと考えるべきなのである。

 

 近代法は、近代市民社会市場メカニズムを保障・整備するためにある。

 人格の対等性、所有権の絶対、契約の自由……公法私法二元論に基づく近代法から、福祉国家・積極国家を目指す現代法へ。

 法の介入範囲が広がる「法化」は、副作用(国家による社会介入の増大、複雑化)を伴う。

 

 法システムの構造と機能:

 法規範の分類

1 義務賦課規範……命令、禁止、免除、許可

2 権能付与規範……法的に有効な行為を行う権能を付与

3 法性決定規範……XはYである

 

 行為規範と裁決規範

・行為規範……~してはならない

・裁決規範……~した場合は死刑又は無期あるいは……に処する

 

 法準則(法規則、法ルール)と法原理(抽象的な指針……公序良俗、信義則、権利濫用、正当事由、基本的人権など)

 法的活動……法の定立と適用

 

 権利と義務:

 権利の分類……

1 公権……立法、司法、行政、参政権自由権、平等権、国務請求権

2 私権……財産権、非財産権(人格権、身分権、社員権、相続権)など。

 権利は道徳的・政治的レベルから法的レベルにまたがる幅広い存在形態を持つものである。

 法システムの中核機関である裁判所は、法的思考に基づいて紛争解決を行う。

 

 法システムの機能

1 社会統制

2 活動促進

3 紛争解決

4 資源配分

 

 法の射程と限界:

 法はどこまで人間社会に介入できるのか。

 

1 ミルの危害防止原理

ミルの『自由論』は個人にとって自由とは何か、また社会国家)が個人に対して行使する権力の道徳的に正当な限界について述べている。『自由論』の中でも取り分け有名なものに、彼の提案した「危害の原理」がある。「危害の原理」とは、人々は彼らの望む行為が他者に危害を加えない限りにおいて、好きなだけ従事できるように自由であるべきだという原理である。この思想の支持者はしばしば リバタリアンと呼ばれる。(Wikipedia

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2 リーガル・モラリズム……法による道徳の強制、「善い生き方」の強制は、リベラリズムとは対立する。しかし、一夫一妻制や売春規制、同性愛規制など、常に正当性をめぐる議論がある。

3 不快原理……売春やわいせつ物陳列の根拠として、不快感を与える行為に対する規制があげられる。しかし、少数者の抑圧に用いられがちなど、問題がある。

4 パターナリズム

 

 パターナリズムとは、本人自身の保護のために、場合によっては本人の意に反してでもその自由に干渉することをいう。

 

 未成年、被後見人保護や薬物規制、スポーツ規制、年金強制納付など。

 

 以上、法による規制は決して万能ではないことを認識する必要がある。

 

 公権力への依存傾向が強いといわれるわが国においてはなおさら、安易な形での法への依存には慎重であるべきであろう。

 

 自然法論と法実証主義:悪法は法なのか、自然法に照らして無効とするのか。つまり、法の運用に法システム外の要素を取り入れるのかそれとも法システムを閉鎖的に運用するのか。

 法システムは、社会的要求をいかに取り入れるのか:

 法は利益衡量論や法制度改革によって社会的要求を取り入れる一方、何でも法で解決できるとする法万能主義には慎重であるべきである。

 

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 3 法的正義の求めるもの

 人間社会における正義の歴史を検討する。

 古代から法と正義は密接に結びついてきた。

 

・正義としての戦争

・応報としての正義

・互恵

アリストテレスの正義……法(=道徳)にかなっている物事が正義である……配分的正義、矯正的正義、交換的正義、等しき者は等しく

・権利・義務としての正義……ストア派法律家ウルピアヌス「各人に各人のものを配分する恒常不断の意思」。

・共通の正義……公共の福祉、共通善

・形式的正義……等しいものは等しく扱え

・普遍化可能性

・立場の互換性……自分の権利主張は他人に対しても認めなければならない

 

・手続的正義

 

 ……法における手続的正義の実際の運用は相当に複雑であり、従うべき手続きがあらかじめ存在し、それに従った結論は正義にかなっているといった単純な考え方でやってはいけない。

 

 価値相対主義

 近代にいたり、キリスト教的価値観が失われると、正義を学問として追求できるのかという疑問が生じた。価値は主観化し、何が正しいか、善かの判断は各人に任されるようになった。

・価値関係的学問……様々な価値判断がある究極の価値と一致するかどうか

・純粋法学……ケルゼン、法を妥当性の観点からのみ考察

・メタ倫理学……命題が、対象となっている学問を精確に記述・説明しているか

・古典的リベラリズム……国家は、徳の倫理の実現において主要な役割を担うことを放棄する。国家は個人の生き方には介入しない。

・リベラルな倫理学とリベラルでない倫理学……リベラルな倫理学は、行為の正しさを、必ずしも追求しない。

 

 要するに、リベラルな倫理学とリベラルでない倫理学との決定的な違いは少なくともいくつかの実践的問題に対して、どちらでもよいという回答を許容するか否かにある。

 

 近代倫理学は一個人の行為がよいかどうか、正しいかどうかを、徳やルールの観点から説明する。一方、近代法哲学では、それが国家権力によって強制されうるかを考える。

 

 現代リベラリズムの代表者であるロールズの思想:

 正(正義)は社会の基本構造に対応し、善は個人の生き方に対応する。功利主義は善=私益の最大化が正=公益の最大化につながるとする。しかしロールズは、個人の生き方である善は、効用という一元的尺度で計ることができないから、できるだけ多様で自由な生き方を認めるべきであるとする立場をとる。

 

 現代の法哲学的正義論は、リベラルな倫理学に属する。

 

 [つづく]

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法哲学 (有斐閣アルマ)

法哲学 (有斐閣アルマ)

 

 

 ※ 参考