未来派、ダダ、シュルレアリスムといった20世紀初期の芸術運動について。著者はダダ研究では有名とのこと。
共産主義の終焉によって再びヨーロッパにあらわれた「歴史と地理の文化」は、21世紀の前触れである。革命と進歩と神々の死の時代はおわった。変化が迫ってくるかもしれないが、まだあらわれてはいないとき、二つの方向に想像力は向けられる。おもいだすか、未来へ行くか。
著者は「切断の意識」こそ20世紀の特徴であったという。
過去の切断と、意味の切断。過去、伝統、意味、内容からの、外観、デザインの独立。王権神授説は、王の首が切られたことで滅び、理性がその地位にすげかえられた。そして19世紀には「個人」原理の支配がはじまった(ロマン主義)。
個人が生まれ、同時に大衆も生まれた。むしろ大衆こそが「理性的主体としての個人」の成立条件である。そして理性と個人への懐疑から、社会ダーウィニズム、フロイトなどが生まれる。
反理性、反個人という点でアヴァンギャルドとファシズムは共通の起源をもつ。
一九〇九年、マリネッティの未来派宣言が出版された。
三年後の「技術的宣言」では、言葉のスピード感を増すための、ことばを破壊する具体的な提案がなされた。それは反主体、反知性、反ヒューマニズムの主張だった。
第一次世界大戦を経て、彼らは詩から政治へと活動対象を移行させた。
戦争中、スイスのチューリヒにトリスタン・ツァラがあらわれる、ダダ運動が始まった。
「ダダはなにも意味しない」という、意味内容の消去。真面目なものにたいする、不真面目なものというパロディ。「相対化」も、ダダのキーワードである。相対性とは何も意味しないことだ。
理性とそこから蓄積された大きな制度は、すべて「ぶんぶん」と叫ぶことと同じだ。
「ダダは戦争とともに生まれた。彼らをつつみこむ「現状」は破壊と殺戮そのものだったから、ダダの「否定と破壊」は自己をふくむ一切の存在への根源的な否定と不信の表現となるほかはなかった」
「言葉のカオス的あるいは祝祭的状況の現出」。
ことばを手段ではなく存在そのものにする詩。シュルレアリスムにもつながる詩群。ツァラは、非ヨーロッパ言語の詩を読み、その記号表現と記号内容の乖離に感銘を受けたのだという。
言語の前提を壊すダダから、パリに舞台が移り、シュルレアリスムが始まった。アンドレ・ブルトンは従軍中にも文学への関心を持ち続けたが、精神に異常をきたした兵士を観察し、フロイトに接近する。
ツァラがスイスからの出国に手間取っている間に、ブルトン、アラゴン、スーポーはシュルレアリスムを創始する。「自動記述」のはじまりでもある。これはフロイトの「自由連想法」に似ている。
ダダとも未来派とも、シュルレアリスムは隔たっている。
「書き手を一時的に消滅させること」、「思考のスナップショットをおさめること」をブルトンは試みたのだった。ダダのようなオブジェとしての語ではなく、無意識イメージとしての語をかれらは生み出そうとした
戦争が終わると、破壊への衝動は消えてしまった。ユダヤ人のツァラは、ブルトンたちから敬遠された。ダダは独創的な手法を開発することも否定した。彼はことばにたいする徹底的な懐疑をもった。
「思考は口のなかでつくられる」
――ここには人びとが単純に信じてきたように「思考」は「頭脳=理性」の産物なのではなくて、「口のなか」つまり「言葉」だけでつくられるのだ、という反・理性の叫びがある。
ツァラは理性と言語を切り離した。
「ダダはひとつの抗議以外のなにものであったこともなかった」
「わたしの言葉はわたしのものではない」。
ダダの終焉について。
――あらゆるシステムから自由であろうとしたはずのダダが、最後の最後になって、秩序のシステムそのものである国家権力の助けを借りるという選択をせまられたことは、言葉だけのアヴァンギャルドの限界とその変質をはっきりと物語る事件だった。
未来派による「過去との切断」、ダダによる「意味との切断」という20世紀のビッグバンはおわった。シュルレアリスムは「人間の内面と外面、夢と現実、日常と革命等の二項対立そのものを」、「切断」ではなく「接続」させるのだ。
その後のWW2は、単なる帝国主義ではない、意味の戦い、イデオロギーの戦いであった。芸術も政治的な意味を求めはじめた。
規範をうしなうと、「新しい規範」を求めて危険な右往左往をすることになるという。
言葉のアヴァンギャルド―ダダと未来派の20世紀 (講談社現代新書)
- 作者: 塚原史
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