うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『想像の共同体』ベネディクト・アンダーソン その2

 

 Ⅲ 国民意識の起源

 国民意識の発生の土壌となったのは、出版物と、資本主義である。

 フェーヴルによれば一六〇〇年までに、既に二億冊の本が出版され、フランシス・ベーコンはこれが世界の姿と状態を変えてしまったと嘆いた。ラテン語市場は一五〇年で飽和した……「当時もいまも、人類の圧倒的多数は一言語だけを話す人々である」。ルターは最初のベストセラー作家となった。カトリックが特権的ラテン語を守ろうとしたのにたいし、プロテスタントは俗語出版市場をうまく利用した。

 出版の勢いにおそれをなし、バチカンは『禁書目録』をつくり、フランソワ一世は王国内で出版した者に絞首刑を課した。中国語とは異なり、ラテン語にはそれを国家語とする政治システムが存在しなかった。

 「ラテン語宗教的権威は、こうして、一度としてほんものの政治的対応物をもたなかったのである」。

 キリスト教ラテン語が衰退するにつれ、行政語としての各国の俗語の地位が上昇した。

 「死と言語は、資本主義の征服しえぬ二つの強力な敵」である。言語的多様性はどうしようもないものだ。だが、印刷は書き言葉という統一語をつくりだした。これが、一国民としての意識の胚胎となった。また、書物はその当時の流行をとどめて長く残り、また本は言語を固定化する。一五世紀のヴィヨンは二世紀前の本がまったくわからないが、われわれは一七世紀の本が読める。

 出版語からの距離にしたがって方言の地位が決定した。チェコ口語はただの方言になり、低地ドイツ語は標準以下のドイツ語となり、高地ドイツ語、キングズ・イングリッシュは政治的文化的名声を得た。この出版語の固定化と口語の地位分化により、各帝国による言語の押し付けが行われた。

 ――人間の言語的多様性の宿命性、ここに資本主義と印刷技術が収斂することにより、新しい形の想像の共同体の可能性が創出された。

 これが近代国家登場を準備した。だが現在、海外に国家語を普及させている国(欧米)と、ほとんど自国のことばを使わない国(旧植民地)が存在する。よって、ここからさらに共和国の誕生について分析する必要がある。

 Ⅳ クレオールの先駆者たち

 南米諸国では言語は独立の要因ではなかった。南米諸国の独立運動は専門的職業者(法律家、軍人、地方・州の役人)によって行われた。彼らが独立を試みたのは黒人や奴隷の反乱をおそれたためだ。合衆国東部十三州の独立は主に大奴隷農園主によって指導された。

 マドリードは、ベネズエラでは奴隷の、キトではインディオの支持を得たことで一九世紀初頭まで支配を持続することができたのだった。その後ようやく、これらの運動は国民的独立運動になっていく。

 では、なぜクレオール人共同体がいちはやく国民の観念を発展させることができたのだろうか。よく言われる原因は、一八世紀後半マドリードの支配強化と、自由主義思想の普及である。カルロス三世はイスパノアメリカを本国のために搾取し、半島人(ペニンスラレス)を大量移住させたが、これはクレオールを激怒させた。また欧州の思想が比較的早く伝わり、アメリカ独立やフランス革命も誘因となった。

 新興国はほとんど共和主義(Republicanism)を採用していたから、ポルトガル王の亡命したブラジルをのぞいて、どの国も共和国を志した。

 だが、この二つだけでは説明できない。南米諸国はかつてはそれぞれ行政上の一単位だった。かつては交通が不便だったので、この行政単位は自足的な経済地域となっていった。では、ただの行政区がいかにして国家となったか。EUのために死のうとするものはいないだろう。

 「行政組織がどのようにして意味を創造するのか」。

 かつての宗教は中心への巡礼によって外縁を決定したのだった。まったく関係のないマレー人とベルベル人は、ムスリムという共通点のともにメッカに集合するのである。

 ――創造の宗教共同体の現実性は、なににもまして、無数の、やむことのない旅に深く依存していた。

 絶対主義王政下(中央集権国家)では、役人(新貴族)の同朋意識はこの政治形態によってつくられる。新貴族にとって、昇進人生は、その国内でのひとつの巡礼である。さらに絶対主義は独自の口語を採用することで、役人の流出を防いだ。この一大官僚制を拡大しようというのが、新大陸への進出だったが、この試みは失敗した。

 クレオール半島人にくらべ差別的な待遇を受け、お互いに植民地で生れた運命をうらんだ。

 「南北アメリカで生まれた者が真のスペイン人になれるはずがない。それ故、スペインで生まれた半島人は、真のアメリカ人になれるはずがない」。

 クレオールは本国人とくらべ同等の軍事的・政治的手段を持っていたから、本国にとってかれらは安心できぬ封建貴族の存在に似ていた。

 また混血の誕生は人種の問題の先駆となった。メスティーソは土人以上に低く見られた。一五一〇年、ポルトガルはローマ以来の奴隷制を復活させた。「気候・環境が文化と気質に影響を与える」と考えたルソー、ヘルダーら啓蒙主義者の意見は、クレオールや土人の差別待遇に正当性を与えた。

 そして北アメリカ、新スペイン(nueva espana)の意識が芽生えたところに、出版技術がやってきたのだ。北米では新聞が流行した。前述のように、これが共通の時間と共同体を創造することになる。

 イスパノアメリカの新聞は地方色が強く、同時に、自分たちが本土からはじきだされたスペイン人同胞であるという意識も持っていた。nosotros los americanos,nuestra america.

 「時間軸に沿った同時性の観念」。

 南米がそれぞれの地方共同体に分裂したのにたいし、北米(東部十三州)は地理的によくまとまっていた。それでも、英語圏カナダの吸収はできず、テキサスには十年にわたる独立主権を許してしまった。また、南北戦争は分裂のもっともたるものである。

 まとめ……経済的利害、自由主義啓蒙主義を、国民国家という共同体のためにまとめあげたのは、印刷業者である。

 

 Ⅴ 古い言語、新しいモデル

 アメリカの独立運動が終わり、ヨーロッパのナショナリズムがはじまった。この二つが決定的に異なる点は、言語が問題の焦点となっていること、また「国民」がどこでもつくられるモデルとなったことだ。あちこちで「国民」の海賊版がつくられる。
一民族一国民というヨーロッパ的国民国家概念はどうやってつくられたか……人文主義者による古典古代の発掘と、地理上の拡大は、人間の多様性を知らしめたのだった。インカ、アステカ、インド、中国、日本などの文明はエデンからはじまる(均質な)時間には収まらなかった。

 ヨーロッパ体制を批判するのに、古典古代を持ち出すまでもなく、異文化の地を援用すればよかったのだ。「神に選ばれた文明」という世界観は崩壊した。18c後半から本格的な比較言語学がはじまる。古代は複数あり、ギリシアより古い文明はいくらでもあるのだ。ホブズボーム曰く「進化をその中核とする最初の科学」が成立した。

 いかなる言語も平等なのだから、いまやその言語を賛美するのは所有者だけとなった。一言語一国民、辞書の大増殖、文法学者や言語学者、文学者の黄金時代。書物の集積である大学、学校は、ナショナリズム戦士の養成所となった。

 古代ギリシアとは既に別の民族であるギリシア人は、普及していたギリシア古典に触れ、トルコからの独立を果たそうと決意した。近代ギリシアはトルコのくびきから解放されねばならない。

 ルーマニア語の文法、辞書出版により、キリル文字からローマ字へと移行し、ルーマニア正教会圏から分離した。ロシア口語は正教会スラヴ語に勝利した。チェコ語もかつてはボヘミア地方の農民の言語にすぎなかった。ハンガリー語ナショナリズムは作家によりつくられた。ヨーゼフ二世がドイツ語を公用語にしたとき、ラテン語を話すマジャール人貴族(ハンガリー人)が反発したのだった。要するに全ヨーロッパが言語によって分裂した。

 アフリカーンス語とはオランダ語南アフリカなまりである。楽譜の出版印刷もこのころはじまった。当時の読書階級とは、権力者・富裕層を意味していた(英仏は半数が文盲、ロシアでは98%)。この俗語出版と結びついて、産業・商業ブルジョワジーが誕生したのである。

 「ブルジョワジーは、本質的に想像を基礎として連帯を達成した最初の階級であった」。

 この時期により国家による言語の統一がすすめられた。イギリスからはゲール語が駆逐され、フランス語はブルトン語を消し、カスティーリャ語カタロニア語を辺境に追いやった。英仏では問題はあまりなかったが、多言語国家オーストリアハンガリーでは俗語による格差が生まれた。

 フランス革命には指導者らしい指導者がいなかった。だが、出版物が堆積していくことで、「つかまえどころのない事件の連鎖は、ひとつの「こと」になり、フランス革命というそれ自体の名称を得た……印刷ページの上でひとつの「概念」へと整形され、そしてやがてはひとつのモデルとなった」。

 フランス革命の目標や原因を論じる者は多いが、なぜフランス革命フランス革命であるのかについては、誰も問わなかった。印刷によって整形された想像の現実が姿を現した。

 国民国家モデルの海賊版があちこちでつくられた。農奴制は解体されねばならなかった。

 

想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行 (ネットワークの社会科学シリーズ)

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