うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

人造衛星

鍾乳洞のなかに手をつっこんでさぐるとススで手のひらが
真っ黒になった 爪も黒くなってしまい、しばらく
とれない 水の色はエメラルドで、長い年月が
たってもだれも浄化しなかったので老いぼれて
円錐のかたちの水柱をたてて、信号を発する
なにをいっているのかわからない
となりに腰かけて、ひざの上に置いた装置の
スイッチをカチカチといじりながら、眠ったり、ゆるゆると
眼を覚ましたりしている姉から
白い布をうけとった、岩とつららを磨けと
命令された 姉の髪がわたしの肩の皮ふにかかり、
気になったので手ではらう 鍾乳洞をのぞくと
太陽がいくつも飛んで、ぶつかっては
野太い男の断末魔を叫んでいるので、とても
豊かな気候だという気がした 手のひらを
ふいてもふいても、ススがとれない 姉はわたしの
汚れた手がたぶんきらいだ 姉は眼球をときおり
開くと、わたしに声をかけてくれた 声は暗号化されて
聴きとれない ただの電子音の鳴ったりやんだり
一度も姉のことばを聞いたことがないので
わたしは姉のいないことになっている 衛星を見るのも
ひとり 太陽光のゆらめきにあわせて藪のなかに
放置された内臓が きれいに整備された国道の上の
ちぎれた胴体が ロータスの花を咲かせて
触れてみるように姉をうながしても 動かない
それは花ではなく工具のかけらだ

 

夜、車がたまに通る道を観察すると 丘の上から

見下ろすと、子供たちがスコップをもって
3列か4列の縦隊をつくって、後ろ歩きでどこかに
むかっている どの子も肌が白くて 眼球は
月を反射して発光していて 愛らしい顔だちの
裸足のくるぶしは土と砂でよごれていて
わたしは食い入るように観察してしまう あたたかい
肌と、肌の下の薄い脂肪の膜と、 熱い幼い血管のうごきが
小高い土のうえに窓があると 手の届きそうな高度で
衛星が航行していた 白い光点を中心に、左右に
赤と青の光が、人間の時間にあわせてゆっくりと
ついたり消えたり 月の機嫌にあわせて
たまに出現する こうもりのような羽
薄い皮に幾何学の銀の文様があるので 月と
太陽の熱を 吸収しているとおもう 衛星はいつも
沈黙をよぶので、わたしたちはだまりこむ

 

わたしは クモの巣とロウでできた
地下牢へのハッチをぶち破って 部屋に闖入してきた
2トンのかたまりを軽々ともちあげる 憎たらしい弟たちに
つかまれて、連れていかれるのが目に見えていた
弟たちはいまは双子だが 日の入り、日の出の推移にあわせて
増えたり 減ったり
どうして弟は太陽とわたしたちとの距離に
あわせて増減するのか 探求したことがあったけど
くわしいことはわからない 弟はいつもおしゃれな黒い靴と
ピアノの発表会にいくような かしこまった衣裳を着て
地下牢の奥で啓典を読んでいる 姉がふらふらと
おきあがってハッチをあけて地下に降りていくと、
何十冊も積みあげられた神のことばの本で 積木くずし
遊びをやっている わたしは入れてもらえなかった
太陽の毒光線と、毒の大気と、腐った土に汚されていない
原始的な水の匂いと音 星形にひろがるカンテラの灯り
地下牢は日々を過ごすのにすごく気持ちのよいところ
だと弟たちは教えてくれる 弟たちはまだ小さくて
わたしがいないと、買い物にいけない
いずれ大きくなったら、わたしと姉を食べてしまうだろう
弟の白くて細かい歯にかみつかれて 甘いくだものの香りがする
唾液がからだに入ると 衛星の墜落する夢をみる それは
 とてもきれいな夢なので 姉と弟のことはもう忘れて 弟たちは
わたしのからだを 足と手から 脳みそ、眼球まで、残す
ことなくおいしそうに摂取する