うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『オデッサ・ファイル』フォーサイス

 報道記者のミラーは、偶然、SS隊員の互助組織オデッサの存在を知る。かれは、リガの収容所でドイツ系ユダヤ人を虐殺したエドゥアルド・ロシュマンを追うが、そこにはもう1つ強い動機があった。

 元SS隊員たちは、イスラエルを消滅させるために、エジプトに科学者を送り込み、生物兵器ロケットの開発を進めていた。イスラエル諜報員たちもまた、ロケットプロジェクトの中核であるロシュマンの行方を追う。

 単なる部外者に過ぎなかったミラーが、イスラエル工作員と協力し、元SS隊員に身分を偽ってオデッサに潜入していく過程は、始めは不可解である。

 ただし、物語の終盤に、かれがロシュマンに執着する理由が明かされる。

  ***
 背景として、SSの犯罪追及に消極的なドイツの姿勢が説明される。各州の治安機関や司法機関にはSSの関係者がいまも残っており、かれらは過去の犯罪を忘却させようとしていた。

 また、ユダヤ人虐殺などの戦争犯罪を「ドイツ人全体の罪」に帰することは、個々の犯罪者たち(SS、SD、ゲシュタポ)にとって都合の良い言説だった。

  ***
 オデッサの協力者である文書偽造男は、戦中、連合国側の紙幣の偽造に取り組んでいた。こうした部署の役割は「登戸研究所」とほぼ同一である。

  ***

 物語は、事実の間にうまく作り話を埋め込むことで成り立っている。

 シモン・ヴィーゼンタールは実在の人物であり、また、「オデッサ」は、実際には単一の組織ではなく、元SSを支援する複数の勢力が存在した(バチカンや南米の軍事政権など)。

 

オデッサ・ファイル (角川文庫)

オデッサ・ファイル (角川文庫)

 

 

ハテナの笛

 はっきりと、輪郭をととのえる

 ふちどりを、紺と藍の

 二重のひもで

 神明にちかって

 形をころすことが、いま

 その年だ

 わたしは、監視を続けたい

 天の一角と、大顔の

 面をかぶった大きな仏僧たちが

 分列行進しながら

 笛を吹いている、その

 あの人たちを

 わたしと、横のわたしが

 こうして、順序で

 撃っていくのを。

 それを覚えていた。

 後に墜落して、

 薪のようには、積みあがってはいかない

 ものだ。

 それらは文字通り

 ひねりこまれるのだ

 わたしたちはやった、

 集団行動だ

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『シルクロード』スヴェン・ヘディン

 『馬仲英の逃亡』に続くシルクロード3部作の2作目だが、時系列としては前作よりも前から始まる。

 

 1933年秋、北京のスウェーデン・ハウスに滞在していたヘディンは、国民政府の重役と会談し、民国発展のために新疆への自動車道路開発が有意義なのではないかと提案した。

 その後、ヘディンは国民政府から正式に自動車道路調査隊の編成を命じられた。

 こうしてかれはゴビ砂漠を通って、新疆への自動車探検をすることになった。その際、現地の政治紛争には決して介入しないように指示された。

 8か月の期間を使い、自分たちの目的である考古学的調査、植物調査なども並行して進めようと試みた。

 新疆は盛世才や「大馬」馬仲英、その他部族の王が割拠しており、また盗賊がひしめいていた。

 

  ***
 ヘディンの交友関係は非常に広く、ドイツ軍(ワイマル共和国軍)のフォン・ゼークト元帥とも会っている。当時ドイツは多数の軍事顧問等を派遣し、国民政府を援助していた(中独合作~1937年)。

 日本軍は熱河地方に進出し、北京にも侵攻しようと不穏な動きを見せていた。

 

  ***
 ヘディンはスウェーデン人、モンゴル人、ドライバーらとともに、乗用車とトラック数台に荷物を積み込み、北京から長城を超えて西域に向かった。

 礫砂漠や干上がった河、高地を走るのは困難であり、タイヤがはまったり、エンジンが故障したりでたびたび行程はストップした。

 ぬかるみや溝にはまったときには、積み荷をおろして車体を引き上げる必要があったという。

 ガソリンを積んだトラックもあり、本隊より先に進み燃料を入手しにいくことがあった。

 11月になると厳しい寒さが襲ってきたため、マイナス10度や20度の世界を、シュラフやたき火、ココア、テントで乗り切った。

 

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・ハルハ族とオルドス族

・死者を呼ぶエツィン・ゴル

外モンゴルの首都ウルガではソヴィエト政権が成立し、ウラン・バートルとなっていた。

・様々な地形……黒ゴビ(完全な不毛の砂漠)、低い丘の連なり、積石(ケルン)

・ダンビン・ラマの盗賊要塞

 

 ――この城塞で、ダンビン・ラマ、いわゆる「贋ラマ」がその勢力をのばし、隊商から税金をとりたてたのである。10年前、かれはハルハ・モンゴル人に襲われ殺害された。いまその廃墟に立ってみると、このロマンチックな城塞を領しているのはきつねと鳥にすぎないことがわかる。

 

・時折すれ違う商人たち

・タマリスク(Tamarisk)の繁殖する地帯

・新疆の戦争にはタルグート族も参加していた。

 

  ***

 馬仲英に軟禁され、また自動車を奪われた事件の後、1934年6月頃、ヘディンらはウルムチに向かった。

・新疆地区には、ロシア革命時に亡命して以来、中国政府の指揮下にあるロシア人軍団が存在した。

・ヘディンの計画……クルジャ、チュグチャクへの前進

ウルムチにおいて探検隊は盛世才から歓迎を受けるが、同時に厳しい監視下に置かれた。ウルムチはスパイ行為や暗殺・陰謀で渦巻いていた。

 盛世才はソ連スターリン)とも関係があり、支援を受けていた。ソ連領事らは、盛世才よりも力を持っていた。

・負傷したフンメルの救出と、フンメル、ベリマンらのドイツへの帰還。

・ヘディンらはウルムチから脱出し、安西(アンシー)を経て南京に向かった。

 

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 シルクロードについて

 漢の武帝の時代、張騫らが西域に派遣され、汗血馬を求めて大宛(フェルガナ)との交渉を試みた。戦争の後、漢と西域を結ぶ貿易行路が確立した。当時の最高級品である中国の絹が、行路「シルクロード」を通じて西方へもたらされた。

 

  ***

 1935年の年明け、かれらはウルムチから安西を経て、長城沿いに西安に向かった。

 経路:粛州―甘州―涼州―蘭州―西安

 道は砂漠や山、険しい断崖など様々な様相を見せ、また盗賊や馬賊も潜んでいた。

 甘粛は「大馬」に荒らされたことで荒廃していた。ヘディンの観察では、どの町も貧しく、半壊した建物ばかりだった。

 かれは町の人口規模を家族単位で記述している。

 

  ***

 とある町では、強盗犯らに対する見せしめの拷問が行われていた。

 

 ――その声はもう人間の声などというものではなく、鞭うたれ折檻されている動物のうなり声であった。……苦しさが極まると、かわいそうな連中は自分の鳴き声を自制できなくなる。かれらは泣くと同時に笑うのである。

 

 ――つまりこの不幸な8人は、肉をひきさかれ、皮をはがれ、うちのめされ、しかももう一晩、はっきりしないまま送らなければならないのである。

 

 

シルクロード (中公文庫BIBLIO)

シルクロード (中公文庫BIBLIO)

 

 

『ドキュメント アメリカの金権政治』軽部謙介

 アメリカ民主主義の実態について批判的に検討する。

 テーマはロビイスト、政治献金、利益誘導、そうした金権政治に抵抗する市民の活動である。

 自由民主主義の価値観と制度に立脚していても、権力や金に由来する、不正や金権政治を防止するのは非常に困難であることがわかる。

 このような実情を無視した無条件肯定は危険でもある。

 米国の現状と取り組みから、有用な点を取り込み、地道な改良を積み上げていくことが重要なのではないか。

 

  ***

 1 ロビイスト・スキャンダル

 2008年のエイブラモフ事件を参考に、アメリカ政治における金とロビイストの問題を考える。

 ロビイストとは、「政府や議会に働きかけをおこないその見返りに顧客から報酬を受け取る」仕事である。議会への登録をすれば自由に活動できる。ロビー活動の権利は米国憲法修正第1条(請願)で保障されている。

 ロビイストの多くは政治家や官僚と知り合いであり、政策立案過程に介入することで多額の報酬を受け取る。

 

 共和党ロビイストのエイブラモフ、スカンロン、宗教右派ラルフ・リード、ブッシュ政権の減税ブレインであるグローバー・ノーキストらは、インディアン・カジノをめぐって各部落に活動提案をもちかけ高額のコンサルタント料を搾取した。

 具体的には、複数のインディアン・カジノを天秤にかけ、「競合相手が潰しにきているのでそれを阻止しよう」と相談料をせしめたというものである。

 

 ――カジノで潤ったインディアンにきわめて過大な請求書を送り付け、そのカネをAICやCCSなどのトンネル組織に振り込ませる。そして、スカンロンとエイブラモフは膨大な資金を手に入れた。政治家との関係を見せつけながら部族を信用させる一方、かれらの期待する仕事はあまりしていない。米国でもこういう行為は「詐欺」と呼ばれる。

 

・米国は議員立法の国であり、連邦議会における審議の流れは複雑である。下院、上院それぞれで法案が提出され、一本化されなければならない。

・法案審議の差配を決める院内総務、各分野の審議を司る委員会は絶大な権力を持つ。

ロビイストは一人で何万ドルに及ぶ献金リストを背負っている。

ロビイストの数はおよそ1万6千人で、議員から転身したロビイスト(revolving door)も多い。ロビイストは、政権への人材供給源でもある。

・関連する職業に、PR会社(広告代理店に類似)やコンサルタントがある。コンサルタントはロビー活動こそできないが、コネを活用し顧客から報酬を得る。

レーガン政権以降、「小さな政府」、規制緩和が唱えられたが、むしろ細かい規制の残存や新設により、ロビー活動は増大している。そのなかの不正であるエイブラモフ事件は氷山の一角である。

 

 2 アメリカ政治はなぜ金権化するのか

 PAC(Political Action Committee)は政治献金で中心的な役割を果たす団体である。企業からの直接献金が禁止されているため、こうした団体を通じて献金を行う。

 

 ――……企業や団体が自分たちの業務に関係のある政治家たちに献金を繰り返すという現実は、米政界では日常の光景だ。

 

 PACの献金上限は5000ドルだが、下院選挙では通常100万ドルが必要とされる。

 献金は、参加型民主主義の手段でもあり、政策をカネで買う行為でもある。商工会議所など企業利益の推進者は共和党候補へ、労組は民主党候補へ献金する場合が多い。

 その政治家を支援するかどうか判断するには、過去の投票履歴を参照し、自分たちの利益になるかどうかを確認する。

 米議会は日本と異なり党議拘束がないため、各議員が各法案に賛成反対を表明する。

 

 ――議会で民主党議員がつねに保護主義的な言説に傾きがちなのは、万一かれらが自由貿易政策に賛成した場合、投票履歴という通信簿に「×」がつき、労組系PACからの政治献金を失う可能性があることも大きな要因だ。労組からの政治献金保護主義の源泉にもなっている。

 

 同僚議員の選挙資金を集める受け皿は「リーダーシップPAC」と呼ばれ、党内での出世に不可欠となっている。

 

・インターネット献金など、手段の多様化がおこった。

・バンドラー、ファンドレイザー……多人数献金の取りまとめ人(一人あたりの献金額には限度があるため)

・2008年の大統領選では過去最高の選挙資金が投入された。オバマは庶民派のアピールを行ったが、「大口のファンドレイザーの多くは、政府や議会の動向に敏感な企業や業界のメンバーであり、実態はあまり(ロビイストと)変わらないもの」だった。

・強制献金や名義貸し献金は禁止されているが摘発例は後を絶たない。

・選挙費用の3割超はテレビCMなど広告費、三割が管理費、残りがダイレクトメールや世論調査などの選挙運動費用である。

・テレビCMでのネガティブキャンペーンや、法律上選挙運動とは関係ないが、対立候補を貶めるCMを可能にする「ソフトマネー」の存在。

 選挙支出に上限を設けるのは、表現の自由たる政治的意思表明を制限するため違憲である(1976年)。

 オバマ陣営への献金者の93パーセントは小口である。しかし残りの7パーセントが、全献金額の75パーセント超を占めており、かれらはオバマ政権で政府高官や在外公館の大使になる。

 公的助成制度は崩壊しており、大統領選はいかにカネを集めるかのゲームになっている。

 「公営選挙論」を唱えるグループもいるが少数派である。政治家と国民は、選挙は資金で決まると考えている。

 

 3 利益誘導が仕事?

 「イヤマーク」ear markについて。

 元は税taxを目的税化するear markという意味がある。

 毎年の予算案に、地元への資金還元を挿入する。内容はノーチェックであるため、利益誘導・資金還流の1つとして貴重な財源となっている。

 上院、下院ともに、議員の仕事は地元に資金を持ってくるのが仕事だと考える国民は多い。

 イヤマークは歳出案の本案ではなく委員会報告と会議報告に挿入される。これを選定するのは委員会を務める議員たちである。

 利益誘導の請願者……公共事業、教育機関への助成、公園の補修、自治体、警察、消防。

 内容がノーチェックであるため、国立公園センター補修が国防予算で賄われることもある。

 イヤマークを行うために仲介するのがロビイストである。ロビイストは政治献金で議員と結びつく。

 中にはイヤマークが政治家やその家族・友人の利益や栄典に結びついていることもあり問題になる。

 

 ――……本来なら選挙民のために活用されるはずのイヤマークが、政治家の金銭的利得の対象になることは事実上容認された。……税金が政治家の資産価値アップのために使われている。同じような腐敗がはびこる開発独裁の国々の慣行を、米国は批判できるのだろうか。

 

 イヤマークは米国政治の本質だが、それは民主主義の基盤を揺るがすことにもつながる。

 

 ――……もし有権者が「イヤマークをつけてくれたから」という理由で一票を投じれば、小選挙区制の米国では現職が勝つことになる。

 

 イヤマークが再選に直結するため、激戦区では多額のイヤマークが配分される。これは税金を選挙資金としてばらまくともとらえられる。

 

 ――イヤマークのばらまきは議会構成の固定化の一要因になっているだけでなく、不正に結びつきやすく、イヤマークを支配する権力者は腐敗しやすいという一例だろう。

 

 4 改革に向けて

 イヤマーク廃止に対する反論として、憲法における議会の権利を根拠としたものがある。支出はすべて歳出法案によって定められるべきである。したがってイヤマークの廃止は、予算の使途を議会から引き離し、官僚や政府に委譲することである。

 ロビー活動のしぶとさ……破綻した企業が公的資金を注入されながらロビー活動を行う。経営難のビッグ3は歳出削減ではなく公的救済を求めてロビー活動を行った。

 

 ――「企業死すともロビー活動は死なず」

 

 原則非公開のイヤマーク無駄遣いを監視するため、いくつかの市民団体が活動している。

  ***

 米国の民主主義の現状から考える統治の問題とは……

 憲法上の権利と、「やりたい放題」との境目はどこか。

 

 第4代大統領ジェイムズ・マディソンは次のように言った。

 

 ――人間が考察し人間が行う統治が完全であることはありえないので不完全さの最も小さい統治が最良の統治であることに留意するべきである……

 

 人間社会の原動力は権力欲と金銭への執着である。

 

ドキュメント アメリカの金権政治 (岩波新書)

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