山の中に
列になり、銀で塗り固められた
声がする
音は環となって
かれら、名主の
耕す、べトンの畑に
まかれたということ。
それはもう
ほこらと、ほこらの間を
ふくろうたちの航路を越えた
やわらかい国。
役人は、べトンを耕す
役人の、その下の人夫はくわを振る
地面の中から
ふいに、無数の権現が顔をだす。
◆反政府勢力、シーア派
フセインを支持する者はほとんどおらず、政権はすぐに崩壊した。しかし、連合軍による占領が始まるとすぐに、反政府勢力が勃興した。
フセイン政権下で抑圧されていたシーア派もまた占領軍に対し攻撃を開始し、またシーア派同士でも紛争が起こった。
圧政に対抗するために国民は武器や財産を隠していた。英米軍は、これらを回収しようとしたが、それはイラクに居座るための行為とみなされた。
イラク人がイラン人以上に宗教的であることを、アメリカ人は理解していなかった。イラク国民は反政府勢力に変貌していった。
ラムズフェルドは「ジュリアーニ市長をバグダッド市長にしたらどうか」と言ったが、合衆国は占領統治が失敗しつつあるという現実から逃げ続けていた。
◆占領統治
・ペトレイアス将軍はバース党員を社会復帰させることで治安の安定を目指し、ある程度成功した。しかし、「どの党派とも距離を置く」というかれの戦略は、究極的にはアメリカを孤立させることになると著者は考える。
・ラムズフェルドの言葉「付随的な殺人collateral murder」が多数発生し、無実のイラク人や農家が殺害され、その親族が次々と反政府勢力に変貌した。
・イラク傀儡政府の国旗が、イスラエルとトルコに似ているということでイラク人は激怒した。
・ブッシュとその取り巻きは、都合のよいイラク人指導者を探していたが、そのような人物は存在しなかった。根本的に国民が分裂している点で、イラクはレバノンに似ているという。
・大統領選挙にあわせて大々的なテロリスト掃討がおこなわれたが、結果は事態を悪化させるだけだった。
◆治安の悪化
・自爆テロ、誘拐、強盗殺人、反政府勢力、暗殺
・イラク暫定政府においてシーア派とクルド人が優勢になり、スンニ派の武装闘争は激しくなった。CPAは民主主義を導入しようとしたが、かえってスンニ、シーア、クルドの分裂は深刻化した。
・政治の腐敗……石油の売り上げが横領された。イラク軍の予算は一部の閣僚に盗まれたため、かれらは貧弱な装備と米軍の放出品で戦わなければならなかった。イラク政府は大規模な国家資産の収奪をおこなった。
イラク人たちは暫定政府を「どこの政府なのか」と皮肉った。
・民間軍事会社の導入を拡大することで、英米軍の戦死者は減ったが、戦費は高くなった。詐欺や、ぼったくりの警備について。
・治安の悪化により、米軍は基地から距離のあるトイレを運営することもできなくなった。
・スンニ派は武装勢力を利用しシーア派、クルド人、占領軍を攻撃した。シーア派はイランの支援を得て、内務省治安部隊等を利用し、スンニ派やバース党員を拷問、殺戮した。
***
著者のまとめ
・たとえラムズフェルドが十分な戦力を送り込んだとしてもスンニの反乱は避けられなかっただろう。
・ウェリントン公爵の言葉が示すとおり、イラク戦争という「小戦争」は、米国という大きな政府に多大な損害を与えた。米国の中東における地位は低下し、テロの危険は増大した。
・フセインのクウェート侵攻がイラクの能力を超えていたように、ブッシュのイラク侵攻もまた米国の能力を超えていた。
ブッシュのイラク侵攻は、国内政治のための道具でしかなかった。
著者は、(でっちあげの疑いのある)不審な爆弾テロをきっかけに、小戦争を起こし、政権と国家を掌握したプーチンの行動を、類似例としてあげる。
The Occupation: War and Resistance in Iraq
副題は"War and resistance in Iraq".
数十年にわたってイラクの取材を続けてきた報道記者コバーンが、イラク戦争後の米軍占領の実態を伝える。
現地からの報告により米国、米軍のお粗末な政策と悲惨なイラクの様子を明らかにする。
イラクの民主化と政権移譲という、米国内向けの公式発表の裏で、イラクは内戦状態に陥っていた。
英米軍による新しい植民地主義との批判を免れるため、諸外国の協力が要請された。日本の派遣活動も、侵略行為の正当化、カモフラージュの一環である。
***
◆占領失敗
・イラク占領後、アメリカの楽観的な発表とは逆に、治安は急激に悪化していった。イラク国民は米軍や米大統領の放送を、ナチスドイツの放送を聴取するロンドン市民のような感覚で受け入れていた。
・バグダッドを米軍ヘリが低空飛行するため――反政府勢力が活発になり飛行が危険になったことによる――子供が嫌がっている、というイラク人の苦情に対する米軍准将の回答……「砲声やヘリの音は自由の音だ」。
・爆弾テロや営利誘拐が活発になり、著者の身近にいる記者や活動家が何人も殺害された。
◆分裂・崩壊した国家
・イラクはスンニ派、シーア派、クルド人、各部族、各都市で分裂していた。フセインは軍と秘密警察の力により権力を保持していたが、それでも80年代や、湾岸戦争後に度々反乱がおこっている。
・フセインは誇大妄想にとらわれた独裁者だった。
若者は銃の使い方以外知らず、失業率は7割に上った。国連の経済制裁は、市民の生活を破壊したが、フセイン政権は耐えた。
・イラク人社会は犯罪者、民兵、潜在的犯罪者であふれており、フセインが倒れたとき、いっせいに動き出したのがかれらである。
◆だれがどうやって統治するのか
・スンニ、シーア、クルド、バース党と軍の傀儡等、勢力は分裂しており、民主主義が成立するのは不可能だった。実際、政党同士は後に殺し合いを始めた。
・米国は楽観主義と傲慢に冒されており、イスラムに宗派があることさえ知らない大統領の下、フセイン打倒も体制変革もすべてうまくいくと考えていた。
・イラクの指導者たちは、米国の占領統治は間違いなくうまくいかないだろうと確信していた。
◆クルド人
米国がイラク侵攻の際に現地支援勢力としたのがクルド人である。
著者はクルド人勢力、居住地域の現状に詳しい。クルド内部ではKDPとPUKの紛争があり、またクルド人はフセイン以上にトルコに対して敵対的である。
対イラクの観点から、イランは伝統的にクルドを支援してきた。
クルド人は米軍のフセイン打倒を、自分たちの独立の好機とみなしていた。トルコが議決により参戦を拒否したこともクルド人にとっては良い結果におもわれた。
クルド人の居住区、または多数の都市……キルクーク、モスル、アルビル、スレイマニヤ。
◆イラク戦争の勝利
イラク軍の士気は総じて低く、精鋭部隊もすぐに武器や戦車を置いて逃げだした。イラクは、フセインとその取り巻き以外だれも支持しない国となっていた。
その後の占領が始まると間もなく、イラク社会の状況は悪化していった。
・多数のバース党員が追放されたため、教師、医師等公務員が多数失業しインフラが停止した。また、軍の解体は大規模な失業者を生んだ。
・強盗や泥棒が急激にはびこり、クルド人武装集団による攻撃も始まった。米軍は掠奪を見ても反応せず、治安維持の意志・能力ともに欠けていた。
・グリーンゾーン内のCPA(連合国暫定当局)ブレマー代表は、希望的、楽観的な声明を繰り返していたが、バグダッドを含め都市には電力が行き渡らず、水道、下水も不安定となった。
1945年ベルリンと異なり、なぜ占領後インフラが崩壊したのかについては、単純な人員・資金不足、見積もり不足があげられている。
・略奪者や武装強盗たちのことを、イラク人は「ファイナリスト(決勝選手)」と呼んでいた。フセインが対米戦争を「アメリカとの最終決戦」と形容していたためである。
[つづく]
The Occupation: War and Resistance in Iraq
『アウシュヴィッツは終わらない』(未読)の続編。
主人公であるイタリア系ユダヤ人の生き残りは、アウシュヴィッツから解放され、赤軍の占領地域を通って故郷に帰る。
本書に登場するのは、第2次世界大戦を生き延びた、無名の人びとである。
かれらの特徴や、混乱のなかでの様子について。
諸国のユダヤ人、ロシア人、ドイツ人、アメリカ人、ポーランド人等、主人公が出会う人間は様々な背景を持ち、各人が自分の性質を持っている。
そうした性質は、国籍や人種といった範疇だけでは断定できない、唯一無二のものである。
主人公は収容所と鉄道輸送の生活において、冷静な観察を続ける。
収容所で生まれてその後まもなく死んだ子供について。
――フルビネクは1945年3月初旬に死んだ。彼は解放されたが、救済はされなかった。彼に関しては何も残っていない。彼の存在を証明するのは私のこの文章だけである。
・たくましい収容所の子供たち
・カポーの男娼となって権力をふるう少年
・謎めいた、信念を持つギリシア人
――彼の道徳律の基盤は労働で、それを神聖な義務と感じていたが、その範囲は非常に広かった。自分の自由を侵害することなく利益をもたらすもの、そのすべてが、ただそれだけが、彼にとっての労働だった。従って労働には、いくつかの合法的なもの以外に、密輸、盗み、詐欺も含まれていた(強盗は入っていなかった。乱暴な人間ではなかったからだ)。一方、自分の創意工夫やリスクを伴わないもの、つまり規律や位階を前提とするものは、屈辱的であるがゆえに、卑賎だとしていた。雇われたり、労力を提供する関係は、それがいかなるものであれ、たとえ報酬が多くても、十把ひとからげにして「奴隷の仕事」としていた。だが自分の畑を耕したり、港で観光客に贋の骨董品を売りつけるのは、奴隷の仕事ではなかった。
・様々なイタリア人……悪党、その他。
・ロシア軍人たち……大雑把、勝利のよろこび、賄賂
・秘密警察とおぼしきロシアの中尉が、タップダンスに夢中になり、人間性を見せた。
***
主人公たちを保護した赤軍は、大雑把で官僚的なシステムとして描かれる。ロシア兵の大半は、素朴である。膨大な人命損失を経て勝利したため、ロシア兵の間にも喜びの気分が感じられる。
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絶滅収容所の実行者であるドイツ人に対して、主人公は次のように考えた。
――私たちはドイツ人の1人1人に何か言うことがある、それもたくさん言うことがあると感じていた。そしてドイツ人もそれについて、私たちに言うことがあるだろうと思った。
――「彼らは」知っていたのだろうか、アウシュヴィッツについて、日々の静かな虐殺について、自分の戸口の少し先で行われていたことを? もしそうなら、どうやって道を歩き、家に帰り子供たちと顔を合わせ、教会の扉をくぐれたのだろうか?
――彼らは眼を閉じ、耳をふさぎ、口をつぐんでいた。彼らは廃墟のなかにこもっていたが、それはあたかも責任回避の要塞に意図的に閉じこもっているかのようだった。
本書の最後の文。
――こうして夢全体が、平和の夢が終わってしまう。するとまだ冷たく続いている、それを包む別の夢の中で、よく知っている、ある声が響くのが聞こえる。尊大さなどない、短くて、静かな、ただ1つの言葉。それはアウシュヴィッツの朝を告げる命令の言葉、びくびくと待っていなければならない、外国の言葉だ。「フスターヴァチ」、さあ、起きるのだ。
***
終戦からの復員、帰還を描いた本であり、戦争から解放される光景が、鮮明に浮かび上がる。
ヨーロッパを覆った災難のすさまじさ、また、生き延びた人びとの生命力ともに、私の想像を超えるものだった。