うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ペリリュー・沖縄戦記』ユージン・スレッジ その2

 もっとも精神を痛めつける武器は砲弾で、特に無防備な状態で砲撃にさらされることは、ベテラン兵士であっても耐えがたいものだったという。

 海兵隊は仲間の絆を重視し、実際、信頼関係があったからこそ力を発揮できたと著者は回想する。

 

 ――珊瑚礁岩の染みを見ていると、政治家や新聞記者が好んで使う表現がいくつか頭に浮かんだ。「祖国のために血を流し」たり「命の血を犠牲としてささげる」のはなんと「雄々しい」ことだろう、等々。そうした言葉が空疎に思えた。血が流れて喜ぶのはハエだけだ。

 

 ――私のなかの何かがペリリューで死んだ。失われたのは、人間は根っこのところでみな善人だ、という説を信念として受け入れるような、子供っぽい無邪気さかもしれない。しかし、自分は戦争の野蛮さに耐えなくても済むくせに失敗を繰り返し、他者を戦場に送り続ける政治家という存在を、信じる気持ちを失ったのかもしれなかった。

 

  ***

 アイヴィーリーグ出身の、若い新任士官の風景。

 

 ――私は戸惑いを隠せなかった。どう見ても、戦争をフットボールボーイスカウトのキャンプと取り違えていたからだ。

 

 沖縄戦の時期に補充された新兵は教育程度が低く、基礎訓練の後そのまま戦地に送り込まれたようだった。かれらは手りゅう弾を箱詰めのまま投げ、何をすればいいかもわからずほとんどが殺害された。

 

  ***

 ――あんなに帰国を望んでいた戦友が、海外戦線にふたたび志願することを考えているなどと書いてよこす気が知れなかった。戦争にはうんざりしていても、ふつうの社会生活や安楽な国内の軍務に順応することのほうがむずかしかったのだ。

 戦場を経験した者にとっては、ささいなことで不満を言う市民がうっとうしかったという。

 

  ***

 沖縄戦は泥とぬかるみ、「人間肉挽機械(ヒューマン・グラインダー)」と呼ばれる砲弾と機関銃の嵐をかいくぐらなければならない場所だった。

 著者は戦場の風景を細部まで記憶している。

 沖縄戦は砲火が激しく、屍体の回収にも時間がかかった。このため、日本兵、米兵の屍体があちこちに散乱し、着ている服の裾やポケットから大粒のうじ虫があふれだすようになった。

  ***

 海兵隊員として戦った著者は、自分の体験に対して相反する2つの評価を下している。

 この両面のどちらもが戦争の構成要素であり、自分の見たい方だけを取り上げて論じることはできない。

 

 ――戦争は野蛮で、下劣で、恐るべき無駄である。戦闘は、それに耐えることを余儀なくされた人間に、ぬぐいがたい傷跡を残す。そんな苦難を少しでも埋め合わせてくれるものがあったとすれば、戦友たちの信じがたい勇敢さとお互いに対する献身的な姿勢、それだけだ。海兵隊の訓練は私たちに、効果的に敵を殺し自分は生き延びよと教えた。だが同時に、互いに忠誠を尽くすこと、友愛をはぐくむことも教えてくれた。そんな団結心がわれわれの支えだったのだ。

 

  ***

 ◆メモ

 地上戦闘がどのような様子なのか、戦争に参加することがどういうことなのかを示す本。

 戦争には国際政治の一要素という側面がある。わたしたちは、抑止や外交戦略という観点から、もしくは鬱憤晴らしや現状打開のために、気軽に戦争という選択肢を考慮しがちである。

 しかし、ほとんどの人間が直面する戦争とは、おそらくこの本に書かれているような現実である。

ペリリュー・沖縄戦記 (講談社学術文庫)

ペリリュー・沖縄戦記 (講談社学術文庫)