うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『日中戦争 殲滅戦から消耗戦へ』小林英夫

 日中戦争を日本の殲滅戦略(ハードパワー)と中国の消耗戦略(ソフトパワー)との衝突としてとらえ、検討する。その際、2003年公開された憲兵隊の検閲記録を参考とする。

 前半は、著者の提唱する枠組みから日中戦争を検討する。

 後半は、検閲された通信文から日中戦争の実情を明らかにする。

 どちらも、ほぼ独立した構成となっている。

 日中戦争から飛躍して、現在の日本と中国との経済競争についてもコメントしているがこちらは蛇足の感がある。

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 殲滅戦略戦争と消耗戦略戦争の概念は、ドイツの軍事史家デリブリュックから石原莞爾へと受け継がれた。

 本書の思考枠組みもこの2つの概念に基づく。

・日本:短期決戦型、謀略志向、外交軽視、補給軽視

・中国:持久戦型、宣伝、外交と国際関係重視

 日中の行動がこうした枠組みに完全一致するかどうかは疑問もあるが、しかし日本が第1次世界大戦を経験せず、総力戦・消耗戦の知見を持たぬまま日中戦争に引きずり込まれたことは確かであると考える。

 日本は誤った戦略に基づき、盧溝橋事件からの事変拡大、南京攻略と虐殺事件、汪兆銘の傀儡政権樹立等、失策をくりかえしていった。

 蒋介石は広大な国土と員数、外国からの支援を頼りにすれば日本を撃退できると考え、明確な方針を立てていたという。

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 外務省東亜局長だった石射猪太郎の発言。

 ――……日中戦争勃発当初から近衛を「門地以外に取柄のない男」で「なすなきの貴公子、時局を担当するなんてガラにもない」と批判し、広田弘毅を「責任回避の天才」と酷評してきた石射にしてみれば、ある程度予想ができたことだったのかもしれない。

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 マスメディアは宣伝戦の武器となるはずだが、日本のジャーナリズムの大半が「大本営発表をただ垂れ流し、こうした勧善懲悪の講談のような代物に成り下がって国民の戦意発揚に利用され」ていた。

 

 ――ただ、戦争におけるソフトパワーという視点でみるならば、外交・宣伝・言論を巧みにリンクさせて国際世論を味方につけた中国に比べ、日本の場合はあまりにも国内ばかりを向いた、日本人にしか共有できない閉じた言論に偏していたように思う。

 

 嘘と誇張のあふれる宣伝戦についての、国民党幹部のコメント。このコメントもまた文字通りに受けとるには注意が必要である。

 ――国際的な宣伝が実効を収めるための第1の原則は、絶対に嘘をついて人をだますことをしないこと、そして事実を誇張したり粉飾したりしないことである。事実を正直に言い、真実と誠意で人を感動させるべきである。そうでなければ、他の人が心から承服してわれわれを援助することは考えられない。

 

 ――「米国の一新聞いわく、日本は何のために戦争をしているか自分でもわからないであろうと。その通り、外字新聞を見ねば日本の姿がわからぬ時代だ」

 海外報道を見なければ実態がわからないというのは、この時代から既にあったことのようだ。

 

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 検閲月報は、当時の憲兵隊が軍民の手紙を検閲した資料であり、どのような情報を隠匿しようとしていたのか、警戒していたのかがよくわかる。

・日本人の厭戦気分と中国人の戦意高揚

・駐留が長引くにつれて減少する親日感情

・抗日・親日通信

・流言飛語

・秘密の漏えい

・銃後民心に悪影響を及ぼすもの……反戦的・厭戦的言辞

・部隊の敗北、共産党勢力との正面対決(百団大戦)に苦戦する手紙

・捕虜の殺害等残虐写真

・外国メディアの情報

慰安婦、毒ガス、国内テロに関する情報 

日中戦争 殲滅戦から消耗戦へ (講談社現代新書)

日中戦争 殲滅戦から消耗戦へ (講談社現代新書)