うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『Storm of steel』Ernst Junger

 In the Chalk Trenches of Champagne

 学校を繰り上げ卒業して志願兵に応募したユンガーは一九一四年十二月、シャンパーニュに送られる。開戦当時の昂揚した雰囲気について述べられている、偉大な、圧倒的な、聖なる(the Hallowed)体験を、戦争はわれわれにもたらしてくれるだろう。

 彼の部隊が駐屯した村は速度も様子も古めかしいところだった。従軍の初日、彼は砲弾が飛んでくるのを体験し、負傷して赤十字にかつぎこまれる兵隊を眼にする。それは奇妙で非人間的な(impersonal)光景だった。彼らはしばらくなにがおこったのかわからなかった。結局この砲撃で十三人の死者(fatalities)を出した。馬は虫の知らせで直前に逃亡していた。血溜まり(pools of gore)、とびちった鮮血、兵隊の士気は下がりユンガー自身も台車の音を榴弾のうなりと聴き間違える。この反応は戦争を通じて続いたので彼らはなにか音がなるたびに心臓が止まる思いをするのだった。

 夜の行軍、"From time to time, a stray bullet whines past chilly into the distance." 塹壕はmole's life、もぐらの生活だ。睡眠時間は各自二時間以下だった。いったん雨がふるとうんざりした気分になる。掩蔽壕は雨漏りするので「公共浴場」と呼ばれた。狭いので二人が寝るときは脚を外の塹壕通路に出さなければならなかった。

 塹壕での日々は彼らを幻滅させた。戦線は膠着し兵隊たちは攻撃に出るのを期待していた。二月四日、彼らはバザンクール(?)へ後退しそこは英軍(regiment of Saxons)に占領された。

 From Bazancourt to Hattonchatel

 戦線が膠着しているあいだには辺鄙な村で新兵を訓練することもある。上官を家畜小屋に送迎した同僚は怒られた。

 ここでユンガーは同期と親しくなったがその多くは戦死した。兵隊は皆ある程度フランス語ができたので村人と交流することもあった。

 三月、彼らはベルギーに転送される。Flemish(フランドルオランダ語圏の住人)とWalloon(ベルギー方面のフランス語住人)はとても親切だった。ユンガーもまだ若々しい。

 貴重な肉の食糧を汚いサイロの床に落とす、その後の点呼命令のときの大騒ぎ。カンブレー方面の美しい丘陵に転送され、心地よい春を堪能する。睡眠中の同僚の口に水やコーヒーを注ぐ悪戯がはやる。しかしその後の移動でついに戦闘に投入されることがあきらかになった。

 

 Les Eparges

 前線に出される。大規模なBomberdment爆撃ののち、ユンガーらは前進する。機関銃と小銃の嵐のなかで飛び散った屍体と血は彼にとって奇妙な光景だった。ノー・マンズ・ランドの砲弾穴のなかで若者が死んでいる。兵隊はまさに戦場の残飯になっている。

 前進した末退却したフランス軍が残した塹壕にたどりつく。敵兵の屍体がごろごろしていた。

 "Flesh like mouldering fish gleamed ggreenishly through splits in the shredded uniform."

 休憩中に妙な機械をいじっていたら、それがまだ作動する手榴弾だとわかってぞっとした。

 かれは榴弾の破片にあたって負傷し、後送される。おしよせるwounded負傷者は重要な作戦が進んでいることを示していた。血まみれの兵隊のなかに立つ外科医は、冷酷な実験科学者のように見えた。列車でハイデルベルグに戻される。これがはじめての戦闘だった。

 

 Douchy and monchy

 これは町の名前で、ユンガーたちは休暇を楽しんだ。

 

  ***

 塹壕生活や塹壕戦の経緯が詳しく説明される。秋から年を越して春にかけてひたすら悪天候のなかの膠着がつづく。英国軍の狙撃は定期的に仲間の頭を吹き飛ばしていき、榴弾や爆撃が毎日繰り返される。親しい兵隊が死んだときや、印象深い死体はくわしく説明される。塹壕でもっとも苦しいのは退屈という。人間がどんな環境にも慣れてくるというのは事実のようだ。

 この膠着したたたかいが戦争のはじまりとすれば、ソンムのたたかいは「はじまりのおわり」である。イギリス軍にとってソンムは死の突撃だったが、ドイツ側にとってもっともおそろしいのは爆撃だった。操縦手の手首のちょっとした動きで、間一髪で助かるか頭上に爆弾が落ちてくるかが左右される。

 榴弾と平行して、たまねぎのにおいをもつ毒ガスも使われる。

 

 ユンガーはたびたび負傷している。

 

 カンブレー等、フランスとフランダース地方をユンガーは転々とする。ユンガーに追い詰められ、彼の人間性を、つまり同情を引き出そうとする英軍将校の話。

 

 カンブレーでユンガーら突撃隊は英軍を後退させたが、その後の"the great battle"などで逆に圧倒されてしまう。彼は最後の突撃で負傷し、運良く助かったのち最高の栄誉"プール・メリット"をカイゼルから与えられるが、そのときの仲間は捕らえられてしまう。

 戦争末期の闘いの相手となったのはスコットランド軍HighlanderやニュージーランドNew Zealanderである。ドイツ軍が物量の不足にあえぐ一方、イギリスは「世界のあらゆる場所から」兵隊を補充することができたのだ。

 

 仲間への思いや戦場の風景への驚嘆が彼の感情の大部分を占めている。彼にとって戦争は人間のあらゆる感情のぶつかりあう場所である。ここではひたすら驚愕し、呆然とするしかない。
戦闘描写、死体や殺人の表現、その合間の生活やユーモアがバランスよく配置されていた。

 

Storm of Steel

Storm of Steel