うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ノストローモ』コンラッド

 コンラッドの最良の本といわれる。彼の小説にはかならず自身の解説がつけられているが、この話も自分の経験および知人をきっかけに生まれたようである。

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 物語は語り手の意思によって場面を転々と変える。地理環境の描写から、クーデターにより逃れてきたヴィセンテ大統領をめぐっての港の暴動騒ぎ、そして外人(グリンゴ)たちの生い立ちへと話題は移行する。

 南米の架空の国コスタグアナに、自然によって閉鎖されたスラコという港町がある。この町に住む外国人が、大洋蒸気汽船会社を経営するミッチェル氏、彼のもとで働く沖仲仕の頭ノストローモ、グールド銀行頭取のチャールズ(カルロス)・グールドとその夫人、ガリバルディとともに戦った経験のある老人ジョルジョ・ヴィオラ氏である。

 彼らは商用のため、または隠居のためにコスタグアナにやってきたが、共和国の政情は不安定である。現在なら政府が横暴をはじめた場合すぐに資本をひきあげることができるが、この頃はいちど地に足をつければ簡単には脱出できない。英国人グールド氏の父も政府によって財産をむしられ、叔父は独裁者グスマン・ベントに射殺されたのだった。

 グールド家が英国精神を失わずに生活している一方、ジョルジョ氏はいまでもガリバルディを崇拝し、カヴールおよびイタリア王を憎悪する。

 表題でもあるノストローモは、これら海外白人(ブランコ)のために働く、カリスマ性をもった男である。コンラッドの時代から、すでに経済は闘争の場となっている。

 不動の意志をもち、物怖じせぬグールドは、父の呪詛と政府とに逆らって鉱山経営をはじめることを決意する。彼のもとにアメリカの富豪ホルロイドら資本家、腕利きの弁護士が集まる。グールドは一方で政府にたいして毅然とした態度を示し、共和国の第三勢力になる。

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 資本家たちのことばは現在と奇妙なほど一致する。

 ――急ぐ必要はありませんよ。時そのものも神さまの宇宙全体の中で最も偉大な国にかしずくことになりましょうよ。われわれはすべてのことに命令するようになりますよ――産業、貿易、法律、ジャーナリズム、芸術、政府、それに宗教。南はケープ・ホーンから北はスミス・サウンドまで、いや、もし所有に値するものが北極に現れたら、さらに北の方まで。そしてやがてわれわれは……世界が好むと否とにかかわらず、世界中の事業を経営することになるでしょう。世界はそれを止めることなぞできやしないのです――われわれ自身だってできやしないでしょう、恐らく。

 

 そして、この現象にたいする障害が泥棒国家である。

 外交家ドン・アベリャノス、鉱山監督――鉱山を大草原Camposの追剥、泥棒政治家から守るための――のドン・ぺぺ大佐、グールドの妻ドニャ・エミリア。共和国生まれのクレオールであり、パリジャンを気取るジャーナリストのマルタン・デクー。

 「わたしたちの性格には呪うべき愚かしさの伝統があります。それはドン・キホーテサンチョ・パンサ、騎士道と実利主義、おおげさな感傷と道徳的怠惰、ある理想に対する激しい努力といかなる腐敗に対しても陰気に黙従してしまうことです」

 デクーの心性はクリオーリョの典型をあらわしている。現地人は開発と、腐敗政治にたいする抵抗とを歓迎する。しかしデクーは、それは資本蓄積のための用途にすぎないと笑う。

 純粋に共和国を改善しようと望むドン・ホセ・アベリャノスの娘アントニアとの論争。ボリバル曰く「アメリカ大陸というのは統治不可能だ。アメリカ大陸の独立運動に従事した人びとは、いわば大海に鋤を入れるというむだ骨を折ったのだ」。

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 リヴィエラ・デ・ビンセンテ大統領にたいして、モンテロ将軍が反乱を企てる。国家の転覆はグールドの銀鉱山経営およびジョン卿の鉄道事業を危うくするものである。そのためマルタンによる宣伝工作、バリアス将軍を雇っての鎮圧部隊などの対策を講ずる。

 首都サンタ・マリアでは反乱軍がリヴィエラ党を破る。デクーがグールド夫人にもちかけた提案は、首都のモンテロを放置して、西洋資本の行き届いた西部だけ独立してはどうかというものだった。

 モンテロの進撃にあわせておこった暴動は、デクーの妹への手紙を通して伝えられる。ノストローモは、名声と好意だけを生きがいにする男で、財産にはまったく興味がない。

 低脳・貪欲のソティリョ将軍が一足先にスラコを制圧する。スラコ独立とベルギー独立の関係について。

 西部共和国(オクシデンタル・ステイツ)は無事建てられたが、不必要になった銀がノストローモを堕落させることになった。彼は銀を少しずつ使い、名誉だけでなく金も欲するようになる。さらに老ジョルジョの娘たちに不義を働くことで、結果射殺される。

 コンラッドは物質的利益によって堕落する人間を描きたかったのだろうか? 銀を占有するまで、ノストローモはただ名誉だけを求めていた。ところがグールドやデクーの指令を通じて、彼は自分が都合よく使われているにすぎないと激怒した。名誉がはかないものだと気付いたから、物質を求めたのだろうか? 

 ジョルジョの次女ジゼルとの密通をおこなったとき、彼は「二人の主人の奴隷」となった。銀と女のことである。それでも名誉が損なわれることを恐れたのだから、彼は終生奴隷だったのだろう。だとすれば堕落ではなく失敗と不運がつづいただけにすぎない。

 射殺されながらも名誉を守ることのできたノストローモを、コンラッドは評価しているのだろうか? ジョルジョは耄碌してノストローモを射撃した。名誉は儚いが肉体とは異なり死後も残る。

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 グールド、ホロロイドら富豪、イギリス人たちは自らの信念を貫き成功した。ミッチェル所長はうまく時流に乗り成功した。デクーは貢献したものの不運によって死に、ヒルシュはまったくの不運から死んだ。

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 表現の寄せ集め

 ――まず最初にだらだらと門を入って来たのは、あらゆる肌の色、顔色、タイプの、まちまちなぼろ着をまとった、武装した暴徒で……通りのまん中には、まるでごみ屑の急流が押し流されて行くかのように、ものすごい数の麦藁帽や、外套(ポンチョ)や、銃身などが、それらのまん中ではためいている緑と黄色のすごく大きな旗とともに、威勢良く叩く太鼓の音に合わせて土埃をあげて流れて行った。

 

筑摩世界文学大系 (50)

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