うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『アラブ人とは何か』サニア・ハマディ

 アラブ人とは文化を基準にした定義であり、本書ではイスラム教を信じる、アラビア半島やシリアなどに住む人びとを指す。

 学術的な堅苦しさをもっているが、コンビニで売っている県民性の本の類と同じ内容とおもわれる。

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 アラブ人は相互扶助、相互依存の習慣が強く、貸した恩は必ず返してもらい、また親切を受けたらあとで返礼しなければならない。グループ内の人間はお互いのために助け合わなければならない。家族や親族といったグループの絆は強いので、このなかに個人のプライバシーはない。個人的な質問はグループ内では平気でなされ、それを他人行儀にあしらったり、プライバシーだからと拒否したりすることは相手を不快にさせる。家にあがりこみ家具などを使うことも平気でおこなわれる。

 アラブ人社会における圧力は強く、個人の内面的自由度は低い。体裁や外聞、世論に重きが置かれ、個人は外をうかがって行動する。このためアラブ人にはへつらいやウソつきの習慣が見られる。

 アラブ人にとっては外面がすべてである。逆に、人に見られなければなにをしてもいいし、バレなければなにをしてもいい。知らない人しかいなかったら禁じられた行動をしてもかまわない。

 

 悲しみの感情、怒り、嫉妬、ねたみなどはあらわにし、男も平気で泣く。自信過剰、傲慢、自己陶酔の癖があり、他人を攻撃することに熱心である。アラブ人のあいだでは冷静な議論はありえず、幼稚な口論、中身の無い議論がかわされる。気難しく、小うるさい人間は信用される。一方、喜びや親愛の感情は隠すことをよしとする。

 

 プライドを重んじ、ばかにしたりするとナイフを抜く。家族の女についての貞操は繊細な話題であり、侮辱やうわさですぐに刃傷沙汰になる。身の回りのことには聡いが、大きな問題となるととたんに空想的になる。忍耐力がなく短気な一方、冷静沈着の場合もある。同情や憐憫は侮辱と受けとる。

 

 以上、アラブ人の典型的性格を列挙しているが、われわれにもあてはまる点と、そうでない点がある。著者の記述を見るかぎり著者は同族を嫌っているか、それとも弱点を熟知しているようだ。

 

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 アラブ社会は家族、部族単位で寄り集まった、息づまる、閉鎖的な社会である。いわくパーソナリティが未発達である。一方、自由と独立の概念は独自に発達している。

 先イスラーム時代のベドウィンは自身の自由を重視してお互いに掠奪と復讐を重ねた。自由と独立とは、他人のものを奪う自由のことをさし、ホッブズの「自然状態」に近い。ムハンマドベドウィンのこうした慣習をやめさせるために並々ならぬ苦労をした。ムハンマド以後、ウマイヤ朝アッバース朝、サラセン帝国、オスマン帝国と、腐敗政治が横行した。

 アラブ人は権力の腐敗にたいしてシニカルであり、諦念を抱いている。イスラームには国家概念がなく、社会とは最高聖職者を頂点とする教団だが、このイスラームの統治概念と、現実の太守たちのおこないは著しく乖離していた。

 

 アラブ人はまず自己を重んじる。どうしても団結が必要なときに家族や部族の利益のために戦うが、それ以上の民族や国家といった概念になびいたことはなかった。

 

 アラブ社会は貴族主義的でありイスラーム普及以前は血統がものをいった。イスラーム普及後はいかにムハンマドと血縁があるかが貴賎の基準となった。西洋文化の輸入後も、貴族主義と奢侈の習慣はつづいている。貧富の差は拡大し、お互いに憎みあっている。砂漠、農村などの田舎は侮蔑の対象となっている。ベドウィンは屈強な「まつろわぬもの」であり、ムハンマドベドウィンの制圧には手を焼いた。その後の為政者も彼らに自治を許した。都市に比べて、砂漠での軍事作戦、制圧には困難が伴うからである。

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 信心深いアラブ人とは伝統的・保守的アラブ人である。宗教は生活・習慣の隅々にまで行き渡っており、これを保持することが敬虔なイスラーム教徒である。一方、イスラーム以前に由来する呪術・悪魔・まじないといった迷信も根強い。病気を治す術を求めるとき、イスラーム教徒、ユダヤ教徒キリスト教徒はお互いの呪術師を気にせず招く。天使は光よりなり、つぎに悪魔(サタン)がいる。生活のさまざまな場面、暗い場所や夜の墓地、寺院、部屋の角、便所などにおいて悪さをするのはジン(精霊)である。またグールとは食人鬼である。

 厳しい生活環境のためか、アラブ人は深刻な人生観を抱いている。彼らはあきらめ、運命論、悲しみに支配されており、また禁欲主義がさかんである。このことは支配者にとって都合のいいことである。アラブ人の理想像とはベドウィン時代的な英雄もしくは敬虔な、聖者のようなイスラーム教徒である。

 アラブ人は悲しみ、慟哭を肯定する。これはアラビア語文学、詩によくあらわれる。アラビア文学は文法とことばのリズムを重視し、内容はあいまいになる傾向がある。このことが、近代科学や西洋の学問とときに相容れない理由となる。

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 著者はアラブ人の行動・習性を理解することの重要性、意義を説いているが、本書を読めば読むほどアラブ人は厄介な人間ではないだろうかという気分になる。

 日本人やその他の人間にも共通する点がある一方、わたしたちの価値観からすれば受け入れがたい特徴もある。人のせいにすることが否定的にとらえられていない社会というのは新鮮である。

 人のせい、外部のせい、社会のせい、そういう風に考える方法もあるということは覚えておくべきである。

 

アラブ人とは何か

アラブ人とは何か