生物多様性の概念は近年になり提唱された。生物多様性が、地球環境の維持に貢献しているというもので、頻繁に取り上げられている。しかし、その多様性の実質である種の数についてはいまだにわかっていない。少なく見積もっても1000万以上の生物が存在するが、これらを分類する手法はまだ不十分である。
本書は、古い学問として敬遠されがちな分類学の魅力を伝えることを目的とする。
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1 分類とはなにか
われわれの分類行為は生きていくうえで欠かせないものである。古来、動物植物については、食べられるか、食べられないかの区分けが死活問題だった。
――……われわれが日常的に使っている動物の名称はさまざまなカテゴリーを含んでいる。……われわれは知らず知らずのうちに動物の分類を行っているのであり、それは種レベルの分類ばかりではなく、後にくわしく述べる動物界の分類学的階層を反映した分類群も含んでいるのである。
分類するためには3つ以上の比較対象が必要である。一般的には、似た特徴が多い種どうしは、比較的最近に分化したと考えられる。
種……分類の最小単位であり、「たがいに交配しうる自然集団で、それはほかのそのような集団から生殖的に隔離されている」。
種の学名は、人間の姓名と同じように属と種の2語からなる。この分類は18世紀スウェーデンの学者リンネによって提唱された。
分類群……属、科、目、網、門、界
分類群が上位になればなるほど、その姿は不明瞭になっていく。脊椎動物亜門には魚から熊、カメまでが含まれる。その上の脊索動物門にはホヤ、ナメクジウオなども含まれるため、「一見したところ、まったく共通性がみられない動物の集合となってしまう」。
大きな分類群の不明瞭さは、進化の時間の流れをあらわしている。共通項は、長い時間をかけた進化の産物である。
リンネは18世紀中庸に『自然の体系』を著し、2語による命名法を提唱した。かれは自然体系においても、神の摂理と秩序が宿っていると考えた。
かれの著作では無脊椎動物はまだ未分化だったが、19世紀、フランスのラマルクらにより分類が進められた。
1859年、ダーウィンは『種の起源』を出版し、生物が長い時間をかけて自然淘汰によって種分化を起こすことを明らかにした。
その後、メンデルは遺伝学の基礎を築いた。
2 分類の課題と実際
動物分類は「形質」、つまり特徴や属性により分類される。個体ごとにみられるばらつきは「個体変異」とよばれる。身体の大きさや色、生殖器の違いが個体変異にあてはまる。
形態形質の変異は生物学にとって重要な問題である。
現在の種概念は「生物学的種biological species concept」といわれ、マイアによって提唱された。「種とは、たがいに交配しうる自然集団で……」という概念がこれにあたる。
分類は仮説検証を通して改変されていく。
バーコードプロジェクトとは……特定のDNAシークエンスデータを用いることで生物を分類するという世界規模の計画をいう。
3 系統と分類
ダーウィン以降、分類学では進化を反映した「自然分類」に取り組んでいる。しかし、われわれの情報は断片的である。既知の種に比べて未知の種ははるかに多い。
――海岸や海底の砂を手のひら一杯すくってくれば、線虫の新種が確実に含まれているといわれるほどである。
――自然分類とは、系統関係を反映した分類、すなわち、共通の祖先から派生した分類群を明らかにして、その構成員を一定の分類関係にしたがって示すことに他ならない。
分岐分類学では、比較的新しい形態(派生的形態)を元に群をつくる。
現在は、形態データとともに分子データ、つまりDNA情報が利用されている。
動物地理学も利用され、種の分布から進化の道筋を推測することが可能になった。
4 標本の役割
標本は分類学の基礎となるものである。論文や仮説の検証は標本によっておこなわれるため、標本は「科学的再現性を保証するために保存されなければならない」。
博物館は本来標本室と研究機能を備えていなければならない。標本のデータベース化が進んでおり、バードウォッチングやフィッシュウォッチングで撮影された写真も、日本においてデータベース化されている。
データの電子化は、分類だけでなく害虫防除体制の準備等にも役に立つ。
5 動物の名前
世界共通の動物の名前は学名である。学名を秩序あるものにするため、19世紀ごろ、最初の国際動物命名規約が制定された。
新種発表の際にはタイプ標本が明瞭に指定される。命名規約では「固定」と呼ぶ。新種のよりどころとなる客観的な基準は、このタイプ標本である。
命名の正統性は「早い者勝ち」の原則に基づく。
それでも命名規約は複雑なため、よく間違いがおこる。間違いの多い分野が属と亜属の命名である。
標準和名の悩み……「メクラウナギ」をパネル展示する際、名前をどうごまかすかに水族館職員は苦労してきた。
6 これからの動物分類学
研究動向等。
分類学者の数は不足しているため、準分類学者(パラタクソノミスト)や一般の愛好家の技能を上げるための講習等が試みられている。