うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『マックスウェルの悪魔』都筑卓司

 マクスウェルの悪魔とは物理法則に逆らったうごきをうながす存在である。

 この本では、物質の法則の、かんたんな説明からはじまって、熱力学の法則を解説し、また自然界のみならず、人間社会をも規定しているエントロピーについて解説する。数式や計算は省略されており、自分のような無学者でも読み進められるように書かれている。

 

 宇宙のおわりはどうなるか、時間とは何か、こうした問題は、すべて熱現象にかかわるものである。自然現象にも、社会現象にも、複雑化、多様性、平均的なものへの推移といった共通項がみられる。

「自然と社会の両者の根底は、まったくおなじ法則で支えられている」。

 それは「エントロピーは時々刻々に増大して」いくというものである。

 物理学はエネルギー変換のしくみを研究する。ふつう、機械といわれるものは、エネルギー変換装置のことをいう。エネルギーは、量だけでなく、質が問題となる。

 エルゴード仮説とは……「たくさんの粒子を含む体系が、ミクロ的な意味では次々に別の状態に変わっていくとき、系がどのような状態にもいずれは到達する」というものである。

 熱力学には2つの法則がある。

 第1法則は、エネルギー保存則であり、エネルギーの量はかたちが変わっても一定である。第2法則は「分子がよく混合する」というものである。別々のものはやがて混ざっていく。

 この2つの法則から、永久機関が存在しないことはあきらかである。無から有をつくりだす、第1種永久機関は、第1法則と矛盾するため存在しない。また、もっとも質の悪い熱エネルギーから、運動エネルギーを無尽蔵にとりだすことは、確率的に否定されている。

「物理法則は確率的な根拠でしか存在しえない」。

 力学的には問題なくとも、熱学的には矛盾する現象がある。なぜ時間が非可逆なのかはいまだ解明されていない。

 エントロピーとはでたらめさの度合いであり、これは増え続ける。人間の手による秩序だった整形は、確率的には、自然におこらないものであり、よって反エントロピーといえる。作者は、人間の社会活動のなかに、反エントロピーを増やすものがある、と考えている。建築や、工芸は、台風や風雨にはできないことであり、エントロピーの低い状態である。

 かたよりの小さい、エントロピーのきわめて大きいエネルギーは、質の悪いエネルギーである。

 ――人間のなかに、もし特別なものが巣食っているとしたら……それはマクスウェルの悪魔ではあるまいか。熱力学の第2法則とは、あくまで経験則である。

 ――……統計力学のかかえている大きな課題の一つである。粒子をまわれ右させるということは、そのまま時間という、大自然を支える舞台の、未来と過去との向きをひっくりかえしたことに相当している。空間については右も左も対象である。時間についてだけ、なぜそれをひっくり返すとおかしなことになるのだろうか。

 おなじように、素粒子論では、時間は前後対称だが、物性論では、時間は過去から未来へ一方的に移行する。

  ***

 世界のおわりについて……宇宙の熱的終焉とは、宇宙の熱がすべて尽きて、「物質密度と温度の一様化」がすすんだ状態をいう。このとき、宇宙の密度はまったくおなじなので、3次元的なふくらみ、つまり空間もなく、すべての自然現象について変化がないため、時間も存在しない。

 ――筆者には、科学が自然認識の足場として用いている空間とか時間とかいうもの自体、それほど絶対的なものだとはおもえない。天体あっての空間であり、非可逆現象あっての時間だと考えるのである。

 

 エントロピーを情報量と考えると、人間の社会についても、エントロピー増大の法則がはたらいているとみなすことができる。

 人間社会において、情報量は増大し、公務員の数は増え続け、政治についても、制度的な平等化、平均化がすすんでいる。

 情報による圧殺がすすみ、個人のあたまがパンクする。個人個人ではすぐれた反エントロピーを創造するが、集団になると、「エントロピーは増えるばかりである」。人間脳の情報処理能力には限界があるため、やがて人間は発狂してしまう。
「人間の最大の悦楽……麻薬の常用である」。

 社会活動の複雑化はエントロピー増大につながり、「個人……ひとりの存在は、いよいよひ弱なものになっていく」、「社会生活に忠実ならんと欲するものはノイローゼに」なる。

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 宇宙全体にはたらく、非可逆的な傾向について、おおまかに理解できる。教科書ではないので、系統だった科学の知識は身につかないが、科学の問題が興味深いことについては十分認識した。

 情報量の増大、複雑化、平均化という観点について知ることができる。

 

新装版 マックスウェルの悪魔―確率から物理学へ (ブルーバックス)

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