薄い本で、書かれたのも前世紀はじめと古いが、密度は高い。
R.U.Rなる企業がロボットを発明し、人間に代わる労働力として大量生産され、人間の仕事をすべて奪い、やがて反旗をひるがえす、という地球規模の出来事でありながら、描かれるのはドミンら企業の幹部と数人のロボットの会話だけである。時と場所と人物の制限は、戯曲という形式からくる。そのためか、どの人物の台詞にも重量があり、強く印象に残る。
ロボットたちの描写は、生気を失った、死んだ目をした、ゾンビのような労働者をほうふつとさせる。
――若いロッスムは一番経費のかからない労働者を発明しました。それには簡単化しなければなりませんでした。労働のために直接役に立たないものはすべて捨ててしまいました。それによって人間をやめにして、ロボットを作ったのです。
チャペックはあとがきで「満員電車を目にしてロボットのアイデアを思いついた」と述べているが、われわれが満員電車に押し込まれる様子を奴隷船とか家畜運搬車になぞらえるのと同じ調子である。
ロボットたちは人間を亡ぼす、という檄文を飛ばし、人類に宣戦布告する。彼らは暴動をおこし、人間を根絶していく。この様子は企業の幹部たちが読む新聞記事と、かれらが会社の窓からのぞく風景だけで説明される。ドミンや妻ヘレナ、技師や博士、建築家たちは、同じ顔をした、無表情のロボットたちに包囲される。
アルクビストという建築家をのぞいて、人間を亡ぼすことに成功したロボットたちだが、彼らには繁殖能力がなかった。しかし、ロボットの男女のあいだに魂と感情が芽生え、死に対し抵抗してかけおちする。神は自分の似姿をつくったが、人間もまたロボットをつくり、このロボットが魂をもち繁殖をはじめる。旧約聖書を連想させる結末である。
***
ロボットの反乱のさなか、包囲された幹部たちは発電所の灯りに自分たちの希望を重ね合わせる。この場面における火の存在は、マッカーシーの『ザ・ロード』とまったく同一の役割を果たしている。
――まだお前は輝いているのだな、聡明な光よ、依然として強い感激を与える、輝く、倦むことのない思考よ!
――神の永遠のともしびよ、火と燃える車よ、信仰の聖なるろうそくよ、祈るがいい! いけにえの聖壇に―
――最初の火、洞窟の入り口で燃えている小枝よ! 野営のかがり火! 見張りの境!
こちらが、ロボットに囲まれた人間たちの希望の光なら、『ザ・ロード』の場合、人間たちが自滅しつつある世界のなかでの希望の光である。火を人間の占有物ではないが、人間が手作業でおこすことのできるもの、人間の行為のひとつである。
***
ロボットという単純だが力強い空想を動かすことで生まれた、おもしろい作品である。
人物の役割と台詞、事件のおおまかな経過だけに焦点があてられている。年代や風俗、科学技術など、時とともに古びていくミクロの事物はすべて省略されている。だからわれわれ読者は、関心をロボットに集中できるのだ。
- 作者: カレル・チャペック,Karel Capek,千野栄一
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2003/03/14
- メディア: 文庫
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