うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『阿片常用者の告白』ド・クインシー

 どのようにして阿片中毒者になったか、また阿片の服用についてを説明する本。

 著者のトマス・ド・クインシーは19世紀前半に活動したマンチェスター出身の評論家で、麻薬を扱う本書はボードレールベルリオーズにも影響を与えた。

 

 本書に登場する阿片チンキは当時使われていた阿片含有の咳止め、鎮痛剤である。

 大部分は著者の回想からなる。文体は古めかしく、読むのは疲れる。

 

 著者は商人の息子として生まれた。学校でギリシア語を習得したが、何か理由があり蒸発し、以後ロンドンで極貧生活を続ける。売春婦から援助を受け、仕事のツテを探す等、苦労をするうちに身体が衰弱し、肉体的苦痛から逃れるために阿片を服用する。

 その後、定期的に阿片を服用する常用者となった。

 

 苦痛と憂鬱、社会の底辺で生きる心労に満ちた生活が説明される。

 また、一般的に流布している阿片に関する誤解を解くため、阿片を次のように定義する。いわく、阿片は暗褐色であり、比較的高価であり、服用し続けると死に至る。この定義はほとんど何も言っていないと同じことだが、実際に使用したときの効果や、そのときの所見については長々と表現される。

 

 阿片は神の食べ物(アンブロジア)、万能薬である。

 ――今や幸福は一片で買え、胴着の衣嚢に入れて持ち運べる。……断っておけば、阿片と深く付き合う者で、いつまでも冗談を飛ばしている者は1人としていないのである。実のところ、阿片の喜びは真面目で荘重な性質のものであって、阿片服用者はその最高に幸せな状態にあっても、自らを「快活の人」として表現することは出来ない。最高に幸せな時でさえ、「沈思の人」にふさわしい話し方、考え方をするものなのである。

 阿片はアルコールとは異なり、知性と平静を呼び起こす。

 

 阿片服用の影響や、夢の記録が続く。しかし、『付録』では、阿片の副作用について書かれている。

 著者は服用をやめようとしたが、全身の苦痛、口の腫れ、不眠、風邪の症状に悩まされたという。

 ――阿片と私の身体の惨めさの末期段階との間に何らかの関係があるかどうか、それを疑う以上の理由からして――もっとも、阿片が身体を一層衰弱させ、一層狂わせ、それで何によらず悪影響を受けやすいものにした偶因であることだけは認めるが、――私は喜んで、この件について読者に語ることを一切、省略する。読者もそんなことは知らない方がいい。私とても、そんなことは自分の記憶から抹殺してしまえと、同じ伝で気楽にいえたら、どんなにいいかと思う。人間に可能な悲惨さの余りにも生々しい典型の姿を描いて、これから先の静穏な時間をかき乱す必要など、どこにあろうか!

 

 ということで、副作用、禁断症状に苦しむ様子については省略されてしまっている。
 阿片服用に伴う作用を書いてはいるが、その表現手段は古典的な言葉である。 

阿片常用者の告白 (岩波文庫)

阿片常用者の告白 (岩波文庫)

 

 

指と糸きれ

 電気のない部屋に
 黒い、
 ヌビア人の手。
 人間レンガのひび割れた
 稲妻文様から
 わたしの太陽光線と
 雨の空気が
 さしこんだ。

 
 古い幕舎にも
 その日の配給が
 なされた。

 
 わたしたちは、胃の壁に
 指でこすりつける程度の
 ほどこしを受け取った。

 
 口からは
 蟹の泡と、うそがあふれ出している。

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『たった一人の30年戦争』小野田寛郎

 新聞で連載されていた文章を集めたもの。
 作者は徴兵後、予備士官学校を卒業、中国語等の語学力を買われ中野学校二俣分校に入校しゲリコマ戦術を学ぶ。終戦間近にフィリピンのルバング島においてゲリラ戦の指導を命じられた。このときの命令が、絶対に玉砕せず、潜伏を続けよというものだったため、終戦後もジャングルにおいて「残置諜者」としての活動を続けることになった。

 なぜ終戦が信じられなかったかについては、次のとおり理由を述べている。
・投降をうながすビラや放送に疑わしい点があり、敵の工作ではないかと判断した。

・日本は満州に亡命政府をつくり、反撃の機会をうかがっていると予測していた。この見立てに沿うように、朝鮮戦争ベトナム戦争時に大量の米軍機が朝鮮、東南アジア方面に向かうのを確認した。
・投降を呼びかける一方で、フィリピンの警察隊との戦闘が続いていた。

  ***
 ジャングルでの生活が細かく書かれている。
・主食は牛で、乾燥させて保存食にした。植物を食べた。
・アリ、蚊、ムカデ、毒蛇、サソリ、ミツバチとの戦い。
・集落の畑から泥棒して食料を調達した。
・武器弾薬は蛇の住む断崖に隠し、30年間保管した。一定の期間で居住地を変え、敵に発見されないよう努めた。
・ジャングル生活の過程で感覚が研ぎ澄まされ、風上のにおいの変化で牛の頭数がわかるようになった。銃弾が見えるようになった、等。


  ***
 鈴木氏とかつての上官谷口少佐によってフィリピン軍に投降し、日本に帰国するが、1年たたずにブラジルに移住した。

  ***
 本書のなかで作者が表明する意見の中には、賛成できるものがある。
広島平和記念公園の慰霊碑「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」を見て、これはアメリカが書いたものか、それとも負けた戦争をしたことを過ちといっているのか、と質問した。
 ――……「軍事目標主義の原則」から逸脱した市民に対する無差別大量殺人は、私の浅薄な知識からいっても戦時国際法違反である。
・戦争と自然に共通するものがあるとすれば、それは危機に対する緊張感である。どれほど科学文明が発達しても、人間はいまだに雨さえコントロールできないのである。
・帰国後の検査入院中にタクシーに乗ったとき、運転手は最近の若者を批判するが、作者は反論する。
 ――私は「運転手さん、それは違うよ」と反論した。「戦前の人間が立派なら、負ける戦争なんかしなかったんじゃないですか」
   運転手さんがおこっていった。
   「あんたもダメおやじの1人だね。少しは小野田さんを見習ったらどうだ」

 

 小野田氏の著作活動を補佐した人物による回顧録もある(『幻想の英雄』)というので、そちらもあわせて読みたい


たった一人の30年戦争

たった一人の30年戦争

 

 

「トラフィック」

 制作:2000年

 監督:スティーブン・ソダーバーグ


 麻薬戦争に関わる3つの風景をまとめた映画。

・メキシコの麻薬組織と警察

・合衆国の麻薬対策本部長とその家族

・麻薬マフィアの家族と、マフィアを追う刑事たち

 刑事や判事の力が弱く、麻薬の蔓延や、巨大な組織には勝てない。しかし、映画では、個人のレベルにおいて希望が見られる。

 登場人物ごとに画面の色合いが使い分けられており、特にメキシコ部の黄色い彩色はよく合っている。

 

トラフィック [DVD]

トラフィック [DVD]