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うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『生物から見た世界』ユクスキュル クリサート

 人間や動物は主体である。主体が知覚するものは知覚世界となり、主体が作用するものはすべて作用世界となる。この2つを合わせて「環世界」Umweltとなる。本書はこの環世界を紹介するものである。

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 動物主体は知覚と作用によって客体をつかむ。

 ――……動物主体はもっとも単純なものももっとも複雑なものもすべて、それぞれの環世界に同じように完全にはめこまれている。

 時間と空間は客観的に固定したものではなく、「主体がその環世界の時間を支配している」。

 ――生きた主体なしには空間も時間もありえないのである。

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 環世界とは諸動物から見た世界である。いま、われわれが見ているのは人間の環世界である。われわれの空間は内耳の三半規管が認識している。

 視空間は視界を、触空間は触覚の得る世界をいう。

 われわれの視空間は最遠平面(地平線のようなもの)で遮断されている。

 時間もまた主体の作り出すものである。

 形と運動は高等な知覚世界ではじめて登場するが、「動物の環世界では、静止した形と動いている形は2つのまったく独立した知覚標識であるだけでなく、運動は形なしに独立した知覚標識として現れることもある」。

 この本では、動物の行動は目的がなく、設計があるだけだと考えられている。設計は、遺伝子による形質、傾向とほぼ同じ意味のようだ。

 なじみの道、家と故郷の認識についても、環世界の視点から説明できる。また、探しているものが探索像をつくり、実際に見ているもの、すなわち知覚像を締め出してしまうことがある。この探索像は主観的な産物であり、体験が繰り返され形成されたものである。

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 天文学者の環世界と題して、地球から、宇宙空間まで飛びだした天文台と、望遠鏡を覗きこむ学者のすがたが表現されている。

 ――……この多様な環世界はすべて、あらゆる環世界に対して永遠に閉ざされたままのある1つのものによってはぐくまれ、支えられている。そのあるものによって生みだされたその世界すべての背後に、永遠に認識されえないままに隠されているのは、自然という主体なのである。

 

 

生物から見た世界 (岩波文庫)

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